岡越結奈というひとは実在しません .pdf

██市立███高等学校 1年A組5番 片岡 俊介

                      (中略)

 僕は人とあまり交流を取らなくて、放課後は誰よりも早く教室を出ていって、かといってそのまま家に帰るわけでもなく、そのへんを彷徨くんです。同級生たちは五月蝿いし、友達も居ないし。両親はなかなか家に帰らないので。場所はその日によって違って、と言っても学校の敷地内で完結するのはするんですけど、例えば図書室で本を読んだり、意味もなく誰も居ない理科室の中を覗いたり。帰りのホームルームが終わったらすぐに荷物を片付けて、こう、逃げるようにして教室を出ていったんですよ。

 その日は別の階にある、2年生の教室の周りをうろうろとすることにしました。うちの学校は小高い場所に位置しているので結構眺めが良いんです。なので、あの辺で景色を見ていたら自然と時間は過ぎていくんですよね。基本的に先輩たちはもう帰っているか、部活に行ってるので、廊下に何をするでもなく居座っている怪しい後輩が居たとしても誰も気にしません。こっちも、いつもだったら全くの無関心なんですけど。その時は妙に中で話している先輩たちが気になって。いつも通り何人かが教室で楽しそうに談笑している。何もおかしくない、普段通りだったんですけど。何故か気になって、こっそり開いたドアの隙間から中を覗いてみたんです。

 教室の中では予想通り、何人かの先輩たちが、楽しそうに話していました。普通の光景でした。ただ、天上から吊り下げられた、大きな白い布の塊を除いて。それがそこにあるだけで異様だと思うんですけど、よく見てみると、先輩たちは話し合ってるんじゃなくて、布の塊と話していたんです。授業中に手を上げながら口々に教師に向かって質問を投げかける小学生みたいに。そうだ。質問していたんです。それで、何かもう気持ち悪くなって。走って自分の教室に帰りました。



██市立███高等学校 2年C組8番 川田 鈴

 私は昔から都市伝説とか学校の怪談とかが好きで、小学校の頃は話の合う友達が結構いたんですけど、学年が上がるにつれて私みたいなのって浮いてくるんです。でもそれが逆に、私と趣味の合う人をあぶり出してくれたというか。いつだったか、私が教室の隅で本を読んでたときに、書店の隅においてあるような、安っぽいオカルト雑誌だったんですけど、理央って子が話しかけてくれたんです。あっそれ私もよく読む〜、みたいな感じで。それから私達は段々と話す機会が増えて、親友って言ったら言いすぎかもしれませんけど、結構仲の良い友達って言えるくらいまでは関係は進展しました。理央は私と同じでオカルトとかホラーが好きで、でも私より明るくて社交的でした。だから理央のお陰で私もクラスに少しずつ馴染めてきて、友達と言える様な人たちも何人か出来てきた。ちょうどそのくらいの頃なんですけど。昼休み、直ぐにお弁当を食べ終わった男子たちがぎゃあぎゃあと騒ぎ立てながらグラウンドへ駆け出していったぐらいの時間。私と、もう一人特に仲の良い██ちゃんっていう子がいて、その子と他愛のない話をしていたら理央が急に話してきたんです。「私の小学校にさ」って。私達は少しぎょっとして、でもそんな私達の様子をまるで気づいていないかのように、うわ言のように「学校の七不思議があったんだけどさ。」と続けました。「6つ目までは別にどうってことない、よくある話だったんだよ。夜な夜な校庭を徘徊する金次郎像とか3階までしかない校舎にある、特定の手順でしか入れない4階とか。でも7つ目だけ違ったんだよ。」彼女曰く、それは所謂こっくりさんの様な儀式らしくて。彼女の小学校にあったらしい、大きなマネキンに白い布をかぶせる。その首部分を縄で縛り、顔部分に目と口を書いて吊るす。そしてそれに水をかけ、人形の足首を掴み、軽く引っ張りながら、質問したいことを頭の中で考える。そうしたら、それは答えてくれるそうです。私は少し戸惑いましたが、やっぱり彼女はそれに気づいていないかのように続けました。「それって別に小学校でやらなくていいんだよ。だからさ、」そうぶつぶつと呟く彼女の口は妙に、楽しげに歪んでいました。「それやろうよ。」私はあまり乗り気ではありませんでしたが、██ちゃんが面白そうだと言うので、儀式は決行されることになりました。

 ホームルームも終わり、各々部活に出たり、帰ったりと教室を出ていったのを見計らい、私達の教室は家庭科室に近いので、そこからマネキンを一体運び込んで理央ちゃんがもってきた大きな白い布で包みました。そしてその首を親指くらいの太さの縄で縛り、今はもう使われていない吊り下げ式のテレビ台に結びつけました。そして最後には机に登って二個の点と一本の曲線で構成された簡素な顔を描きました。

 躊躇している私をよそ目に██ちゃんは我先にとマネキンの足首を掴み、最初の質問を投げかけました。明日の天気とか聞いていたと思います。何も起こらないじゃないかと拍子抜けしていると、不意に██ちゃんが大声を上げました。

 「すごいよ理央ちゃん!明日は雨が降るって!」と。そんなことを言っていたはずです。そんな██ちゃんを見ながら、理央はにやにやと笑っていました。その後も██ちゃんは質問を繰り返していました。最初は来月の中間テストの答えだの、同級生の△△くんが好きな人は誰かだの、そういった他愛のない質問ばかりだったのですが。

 でも、しばらくして違和感を感じ始めました。なにか不穏な、死につながるような単語が入ってくるようになったんです。どうってことのない質問の中に、それこそ近所に住むおばあさんの命日とか、嫌われ者の体育教師の死因とか、そういうものが交じるようになって。時間が経つに連れてそれは増えていき、最終的に普通の、穏やかな内容の質問は聞こえてこなくなりました。「✕✕ちゃんの葬式で△△くんは泣いていましたか?去年の春に私が踏み潰した芋虫は幽霊になって私のところに来ますか?」しばらく瞬きしていない██ちゃんの目は、ぬらぬらと変な光沢があって。「✕〇さんの死体を最初に見つけるのは誰ですか?△✕くんはきちんと埋葬されるでしょうか?」そうやって厭な質問を繰り返す██ちゃんは質問者というよりクイズ番組か何かの出題者のようでした。

「じゃあ」気づけば陽光が赤みを帯び、ひぐらしが鳴き始めていました。██ちゃんは間を開けることなく浴びせかけていた質問をそこで初めて区切って、一呼吸おいて『私はいつ、どうやって死ぬんでしょうか?』そういって。

 少しの沈黙の後、彼女は恍惚とした笑みを浮かべたまま、その表情からは想像もつかないような抑揚のない声でただ一言「そうですか」とつぶやきました。そしてとぼとぼと教室のドアに向かって俯きながら歩いていったんですが。あと一歩で教室の外というところで彼女は私の方を向いて『その後あなたたちも同じになるって』と、にたにたと笑いながら、でも少し残念そうに呟きました。

 ██ちゃんと連絡がつかなくなったのはその次の日からです。



██市立███高等学校 2年C組25番 横田 理央

 儀式の事は鈴から聞いてるんですね。あの日あの儀式をやろうって提案したのは私です。3人でマネキンに布被せて、百均で買ってきた縄で吊るして。いつ見回りの先生に見つかるかわかったものじゃないので戦々恐々としてましたけど、楽しかったです。ただ、やっていくうちに██ちゃんが変な感じになっちゃって。最初はふざけてるのかと思っていたんですけど。だったらあんな、白い歯を見せて笑いながら、あんな、楽しそうにすることないじゃないですか。そのあと██ちゃんいなくなっちゃって。おかしいじゃないですか。だって全部でたらめなのに。嘘なんですよ。そもそもうちの小学校に七不思議なんてありませんでしたし、儀式も前に本で見たのを参考にそれっぽいのをでっち上げただけで。

 あの子は何を聞いて、何と話していたんでしょうか。


 これらのインタビューが行われた1週間後、この3人は行方がわからなくなりました。

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腐笑 白玉まめお @Omame00

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