第9話 君の大切な思い出は? 記憶を鮮明にする薬
「思い出したいこと?」
僕――
「はい。実は、こんなお薬ができまして」
夏絵手の手に乗っているのは、ラムネみたいな白い粒が数えられるくらい入っている小瓶。
じーっと見つめていると、そばにいた
「見せて終わり? 説明はないんですか? うわー、意地悪だなぁ」
「そんな言い方をする後輩のほうが意地悪です」
ま、まあまあ。すぐ喧嘩しない。
夏絵手、それはどういう薬なの?
「これは『記憶を鮮明にする薬』です。1錠飲むと、幼い頃の記憶をリアルタイムで見ているように感じることが可能です。どんなに細かいことでも思い出すことができるのですよ。例えば、優くんなら――ママとの思い出。一言一句違わず、抑揚はそのまま、表情の動きも完璧ですよ」
え、ほんとに!?
お母さんの記憶はうっすらとしか残ってないけれど、笑った顔が大好きだったことはハッキリと覚えている。
もう一度、あの笑顔が見れるのかな……。
「……人のためになりそうな薬だな」
響が小さく笑った。
スンッと無表情になって「いつものとは違って」と付け加える。
「ね、ねえ夏絵手! その薬ちょうだい!」
「もちろん。……あ、そうだ。お薬と交換で、小さいころの優くんと後輩のことを教えてくれませんか?」
それなら、この薬で思い出してみようか。
僕は夏絵手から薬をもらうと、ゴクリと飲み込んだ。
「うわー!? 簡単に飲むなよ! 少しは疑え!」
「大丈夫だよ」
……そういえば小学生のころ――お兄ちゃんが死んで1年も経っていないとき。
僕は、響に助けてもらった。
*
「宮日くんはママがいないの?」
休み時間、流れでそんな話になった。
話し相手はクラスメイトの男女数人。
「変だよ」
「……変?」
変だなんて、初めて言われた。
でも、おかしいな。
僕もお母さん、いるんだけどな。
「お母さんいるよ」
「おうちにはいないんでしょ?」
「いない……」
「みんな、ママがおうちにいるんだよ」
「……」
いいなぁって、そんな気持ちにはならなかった。
なんで僕だけ、お母さんもお兄ちゃんも失わなければならないのか――そう思った。
みんなにはいるのに。
みんなは幸せに過ごしているのに。
僕は不平等を知った。
「――変じゃないもん!!」
教室の入口から聞こえた大声に僕らは驚いて、見ると響がいた。
僕のクラスメイトを睨みながら、もう一度言った。
「お母さんがいないの、変じゃないもん! 優は変じゃない!」
――その日から、響はいつも以上に僕のそばにいるようになった。
響が威嚇するからか、クラスメイトは僕に家族の話をしなくなった。
「優、何かあったら、ぼくに言ってね! ぜーったいね!」
「うん」
昔の響は、今よりずっと可愛げがあったっけ。
もちろん今も弟みたいで可愛いけど。
一生懸命、僕を守ろうとしてくれたんだ。
ある日のこと、響の口調がガラリと変わった。
「優、大丈夫だよ。これからも俺が隣にいるからな」
「ふふっ、ありがと!」
そのときは何も言わなかったけど、実は結構気になっていて、しばらく理由を考えていた。
今はこう思う。
響はきっと、僕を守るために強くあろうとしたんだろう、と。
*
「ね、響。なんで『俺』って言い始めたの?」
昔のことを思い出して、夏絵手に話す前に響に聞いた。
「んえ? んーっと…………なんでだろう?」
「なーんだ、覚えてないのかぁ。気になってたんだけど。昔の話をしている間に思い出して」
「わわ、昔の話! 優くん、はやく聞かせてください!」
「もちろん。じゃあねー、まずは響とお化け屋敷に行ったときの話から……」
「他のにしろよ!」
さっき思い出したことは、夏絵手にも内緒。
大切に、胸にしまっておきたいから。
僕だけが知ってる、響の優しいところ。
他の誰にも教えてあげない。
先輩、俺に試薬品を飲ませるのはやめてください! ねこしぐれ @nekoshigure0718
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