【BL】住吉台アリゲイターパーク

宇部 松清

第1話 祖父の死と、俺に残されたもの

 早くに両親を亡くした俺の唯一の家族である祖父が亡くなった。祖父の藤次郎とうじろうは、とんでもないホラ吹きだった。


 いや、ホラ吹きだとが正しい。


 だってまさか全部本当のことだとは思わなかったから。


「じいちゃんは日本中に家を持っててな、それを人に貸すだけでお金がガッポガッポと入ってくるんだ」


 そんなことを言うくせに、どう考えたって『お金がガッポガッポ入ってくる』ような人には見えなかった。どちらかと言えば世捨て人みたいな、そんな恰好をいつもしていた。出て来る飯も質素だったし、買い物だって激安スーパーだ。流行りのゲームをひとつ買ってもらうのにもどれだけの労働を課せられたか。


「若い頃は世界中を旅したもんだ。現地人と仲良くなってアマゾンの奥深くを探検したり、ヒマラヤを登ったりしたんだぞ。いまだって身体さえ動きゃあ、宇宙にだって行くつもりなんだがなぁ」


 というのは多少信じたけど、それにしたって恰好がぼろぼろだから信憑性があるってだけで、まさかそんなアマゾンだのヒマラヤだのなんて行けるわけがないと思ってた。ましてや宇宙とか馬鹿だろ。せいぜい日本縦断ヒッチハイクの旅とか、そんなところだと。


 中でも抜群にありえないと思ったのが、これだ。


「こないだのアメリカ旅行の時にワニの王様を助けたんだ。あいつは大層ワシに感謝してな、そのうち必ず恩を返すって言ってたから、あいつが来るまで死ねん」


 そんなことを病室のベッドの上で言うのである。誰がどう見たって『末期』とわかるような、骨と皮の状態で。きっとそれが支えなのだろう。死の間際でいよいよボケたのかもしれないけど、それでも良かった。ワニの王とか、そんな荒唐無稽な支えでも良かった。それで一日でも長く生きられるなら。置いて行かないでくれよ、じいちゃん。


 だけれども、駄目だった。

 ギリギリまでワニの王がどうだとか言って、それで、本当の最期の瞬間には、一言、


「ワシのワニ達を頼む」


 それを残して、じいちゃんは逝った。


 いや、ワニの王じゃなかったのか? 『達』ってなんだよ! 土壇場で急に増やすなよ!


 とにもかくにもその言葉と、『ワニの王』とかいう謎すぎる単語、そして、実はホラじゃなかったらしい、日本中にある恐ろしい数の不動産をそっくりそのまま俺に託して、じいちゃんは逝った。


 遺産の相続だ何だについては、さすが抜け目のないジジイである、ちゃんと遺言書を用意してあったし、自分が死んだらまず何をどうすべきか、誰に連絡をすれば良いのかなど、事細かに指示があった。だからまぁ大変ではあったけど、それだけだった。人間、次にやることがわかっていれば、疲労は最低限で済む。


 それで、ある程度落ち着いた頃に、連絡が来た。じいちゃんが亡くなってから三ヶ月後くらいだっただろうか。


「すみません、有賀ありが螢太けいた様、でお間違えないです? ええと、藤次郎様のお孫様の――」


 お世話になってる弁護士さんではなかった。まずそもそも番号が違ったし。年配の男性のようではあったけど、声の感じだけでは正確な年齢まではわからない。それでもまぁ温和そうな声だった。


「そうです、けど。あの」


 どちら様ですか?

 と尋ねると、彼は、良かった、と言ってからこう続けた。


「こちら、『住吉台すみよしだいアリゲイターパーク』でございます。私は、藤次郎様が不在の間を任されている鈴木と申します」

「アリゲイター……パーク?」


 アリゲイターってあれだろ、ワニ、だよな?

 あれ? ワニってクロコダイルじゃなかったっけ?


 混乱している俺に向かって鈴木さんは、この度はご愁傷様でした、と苦しそうな声を出した。痛み入ります、と機械的に返す。


「生前、藤次郎様から、自分にもしものことがあったら、このタイミングで螢太様に連絡するようにと言付かっておりまして。その、諸々の手続きが落ち着くのがこれくらいじゃないか、ということで」

「あぁ、まぁ確かに」

「それでですね、螢太様が相続された中にこの『住吉台アリゲイターパーク』もあったはずなんです、が……」

「え――……っと、恥ずかしながら、その」


 いやもう正直全然覚えてない。

 というか、忙しすぎてここ数日の記憶がない。

 えっ、何、そんな謎の施設も相続したの、俺?


「いえいえ、あの、全然大丈夫ですよ。あの、これはもう藤次郎様の趣味の施設といいますか」

「そうなんですか? あの、すみません。えっと、そこは、その、あの――……ワニ園、ってことであってます? そういう認識で?」

「大丈夫です大丈夫です。アリゲイター科のみのワニ園です。観賞用ではなく、保護施設ですね」

「アリゲイター科?」

「そうです。ワニはクロコダイル科とアリゲイター科、それからガビアル科に分かれるんですけど、ウチにいるのはそのアリゲイター科のアメリカアリゲイターのみでして、残念ながらヨウスコウアリゲイターの方は――」

「えっ、ちょ、なんかもうアリゲイターがゲシュタルト崩壊しそうです。ええと、とにかくその特定のワニしかいないってことはわかりました」


 あのジジイ! どんだけワニが好きなんだよ! しかもアリゲイター縛りとか! 成る程「ワニ達」の謎は解けたわ! このワニ園のワニ達のことなんだな?! そうなんだな、ジジイ?!

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