第42話 急転する事態、確執と疑惑
強制的に精霊の小路へ押し込まれ、そこを通り抜けた先。
よく見知ったザルツ村の入り口付近に、半ば放り出される格好で逃がされたリトスは、素早く周囲を見回して現在地を把握した途端、顔をくしゃりと歪ませた。
(プリム、なんて無茶な事を……!)
相変わらず、自分の事よりも人を優先しがちな幼馴染の事を思い、唇を噛む。
(ああくそ! 僕も僕だ! どうしてあの時、ちゃんとプリムの手を掴めなかったんだ! あの状況下でなら、プリムがああするんじゃないかなんて事、ちょっと考えれば分かったはずなのに!)
自分の不甲斐なさと至らなさ、そして、何においても守るべき大切な人に、逆に守られてしまった悔しさと情けなさで、頭がどうにかなりそうだ。
だが、だからといってこのままここで後悔の念に囚われ、ひとりグズグズしていた所で事態は何も変わらない。
リトスは道具袋の中からシンプルフォンを引っ張り出し、手早く登録された番号――カトルが持っているであろうシンプルフォンに電話をかける。
プリム曰く、『コール音』と言うらしい、小さくも独特の音が10回近く聴覚をくすぐったのち、カトルがこちらの呼び出しに応えて電話に出た。
《――はい、こちらカトルです》
「カトルさん! ……ごめん、しくじった。聞き込みをしてる最中、変な黒ずくめの連中に囲まれてしまって……プリムが、僕を逃がす為の囮に……!」
《……! そうでしたか。懸念していましたが、やはり君達の方にも来ましたか……》
「君達の方にも、って……。まさか、カトルさん達の所にも!?」
《はい。幸い私とデュオは、比較的早くに尾けられていると気付きましたので、路地などを使って撒いて、事なきを得ましたが……。それでリトス、君は今どこに?》
「……ザルツ村の入り口に。プリムが、精霊の小路を作る魔法石を起動させて、ここまで逃がしてくれたんだ……」
《成程。……リトス、あまり落ち込まないようにして下さい。プリムは恐らく、君の身の安全を図ろうという事だけでなく、今こうして使っているシンプルフォンを、連中に発見される訳にはいかないという考えから、そういった行動に出たのでしょう。
このシンプルフォンを荷物の中から見付けられてしまえば、今後リアルタイムでの情報共有が不可能になるばかりか、下手をすればプリムのスキルの事がバレてしまいかねません。それは、何においても避けねばならない事です》
「……うん。そうだね。そんな事になったら、プリムの身に余計な危険が及んでしまう。プリムのスキルに付随してる、『要らない物を消す力』も、自分で身に付けている物か、じかに触れてる物にしか効力を発揮しないって話だし……仕方なくこうしたんだよね。プリムは」
《ええ、そうに決まっています。プリムは小さな頃から聡い上に、なかなか抜け目のない子でしたからね。
決して、君を全く当てにしていないとか、足手纏いだと思っているとか、そういう事ではないはずですよ》
「……。カトルさんて、時々人が気にしてる事ズケズケ言うよね……」
リトスが恨みがましい声で言うと、シンプルフォンの向こうから『ははは、すみません』という言葉が返ってくる。
《けれど……そうですね。いい機会なのではっきり言わせてもらいましょうか。今私は、君がいつも内心で抱えている思い込みを、敢えて口に出して提示しただけです。君はこれまでの努力に反して、自己肯定感が低過ぎる。君が一人前の戦士である事は、プリムもきちんと理解しています。
そうでなければ、今回モアナ達を探しに行く話が出た時、君に一緒に来て欲しいとは言い出さなかったはずです。プリムは優しい子ですが、優しさだけで物事を判断して、線引きを間違うような愚を犯す子ではありません。
もし、本当に君を足手纏いだと、連れて行くのは危険だと判断したのなら、縛り上げてでも君を村に置いて行った事でしょう。……違いますか?》
「……。うん。そうだね。ありがとうカトルさん。……それで、話を戻すけど、今カトルさん達はどこにいるの?」
《私達は今、わけあって貴族街の一角にある、へリング公爵家の邸宅にお邪魔しています》
「――は? へっ、へリング公爵家? なんでまたそんな所に」
《いえ……それに関してはまだ。私達をお招き下さった公爵様が王城からお戻りになられていないので、私達も詳しい事情は現状分かっていません。
しかし、へリング家の家令殿が仰るには、モアナ達が行方不明になった件に、非常に関わりが深いと思われる話だそうです。
ですので、出来れば君にもこちらへ来て欲しい所なのですが……。ザルツ村まで戻っているとなると、すぐには難しいですね》
「うん……あ、いや、ちょっと今から家に戻って、王都で取った宿に精霊の小路を繋げてもらえるように、モーリン様に訊いて頼んでみるよ。
宿には今、僕達の……プリムの荷物が置きっぱなしになってるだろ? プリムの荷物の中には、プリムがモーリン様の力を借りて作った、魔法石や結界石が幾つか入ってるはずなんだ。その魔力を辿って出口に指定すれば、王都の宿にすぐ戻れるんじゃないかな。
でもまあ……それは僕の勝手な考えだし、きちんとモーリン様に訊いてみないと、本当にできるかどうかは分からな」
『それならできるぞえ』
「うわあっ!? も、モーリン様!?」
カトルとの通話に割り込むように、突如正面に現れたモーリンに驚き、リトスは反射で短い悲鳴を上げた。
『なんじゃ、相変わらず肝が小さいのう。そんな事だから、いつまで経ってもプリムに相手にされんのじゃぞ』
「放っておいて下さい! いや、そ、それより今は――」
『みなまで言うな。つい先ほどプリムから念話がきての、自分は機を見て脱出を図るゆえ、ひとまずお主を助けてやって欲しいと頼まれておる。
――この場を起点に、プリムがこさえた結界石がある地点にまで、精霊の小路を繋げればよいのじゃな?』
「は、はい! お願いします、モーリン様! ……カトルさん、今の聞こえた? そういう事だからちょっと待ってて!」
『……え、ええ。聞こえました。では、王都の宿に戻ったら、全員分の荷をまとめたのち、もう一度電話をかけてくれますか。宿に君を迎えに行ってもらえるよう、家令殿にお願いしますので』
「うん、分かった。できるだけ急ぐよ。宿の外に出ていた方がいいかな?」
『いえ。恐らくまだ件の黒ずくめ達は、私達や君を探し回っているでしょう。身の安全を確保しておく為にも、宿に取った君の部屋の中で待っていて下さい。
へリング公爵家の迎えだとすぐに分かるよう、4回ノックをして知らせるように加えてお願いしておきます』
「分かった」
リトスはカトルの言葉に深くうなづく。
プリムの事で逸る気持ちを、必死に抑え込みながら。
◇
モーリンの力で王都の宿にとんぼ返りしたリトスが、馬車で現れた公爵の使いによって案内されたへリング公爵家は、貴族街の中でも1等地の中心に近しい場所に、大層立派な邸宅を構えていた。
それこそ、王家の離宮と見まごうばかりの大きさに、思わず目を見開く。
出迎えてくれた家令の男性にできる限り丁寧な礼を述べ、案内された客間でデュオ、カトルと合流したのち、デュオ達と共に、その場で公爵の帰宅を待つ事となったリトスは内心で、6大公爵家も随分と勢力図が変わったんだな、とうそぶいた。
リトスの記憶によれば、へリング公爵家は過去に2度ほど、王家から降嫁した王女がいたという以外には、特筆すべき点がほとんどない家であり、6つの公爵家のうち、最も規模の小さな公爵家だったはずだ。
少なくとも、貴族街の1等地のど真ん中に、これほど規模の大きな邸宅を構えるだけの家格は、備えていなかったように思う。
それに――邸宅へ足を踏み入れる直前、玄関の中央に飾られた公爵家の家紋の左右斜め下に、銀の白百合の紋章が付け加えられているのを見た。
レカニス王国において、砒毒に反応する銀は『身命を賭した忠誠の証』とされ、白百合は『清廉と信頼』を意味する国家の花だ。
自家の家紋に、その2つを兼ね備えた紋章を戴く事を許されるのは、王家に認められた筆頭公爵家のみである。
(9年前は、ガイツハルス公爵家が筆頭公爵だった。けど、ザクロ風邪の騒ぎのせいで、ガイツハルス公爵家は家格を維持できなくなって降爵。そこから去年の末までは、ピエトラ公爵家が筆頭を務めていたはずだけど……また変わったのか。
こんなに気安く、何度も筆頭公爵家が移り変わるなんて、普通なら有り得ない事だ。もう他所の国からも、軽んじられ始めてるんじゃないかな、この国は……)
もはや自分には関わりのない事ではあるが、かつて王家の一員であった身としてはなんとも情けない話に思えて、リトスは小さくため息を零した。
折を見て現れる侍女達から、追加の紅茶や茶菓子などを頂きつつ、どれほどの時間を潰しただろうか。
使用人の案内で、各自が1回ずつ手洗いに立ってしばらく経った頃、ようやく公爵が邸宅へ戻って来た。
「こちらが望んでお招きしておきながら、随分とお待たせしてしまい、大変申し訳ありません。私がへリング公爵家現当主、フィリウスです」
客室に姿を現してすぐ、リトス達に対して丁寧な謝罪を述べたのは、リトスと同じ、白銀色の髪とサファイアブルーの目を持つ、20代前半とおぼしき美青年だった。面立ちもどことなくリトスと似ている。
数代前の御代まで、王はみな金髪だったが、歴代の王の中には白銀の髪を持つ者も多数いる。
詰まる所、現当主の容姿は、へリング公爵家に多少なりとも王家の血が入っている証左なのだと思われた。
「こちらこそ、平民の身でありながら、貴族家の邸宅へ足を踏み入れる事をお許し頂いたばかりか、このようなもてなしまで頂きました事、光栄に存じます」
フィリウスの言葉に応えるように、リトス達の中で最も年長であり弁の立つカトルが、一同を代表してフィリウスへ謝意を述べる。
ただし、名を名乗るなど、自身の情報を口にする発言はしない。
この国の身分制度では、身分の低い者が自分から身分の高い者に話しかける事は基本的に許されておらず、また、問われてもいない名を名乗る事もまた、厚かましい振る舞いとして
「いいえ、どうかお気になさらず。時に、皆様方のお名前を伺ってもよろしいでしょうか」
「失礼致しました。私はザルツ村の住民で、カトルと申します。
右隣の者は同郷の友人デュオ、その隣はリトスと申します。しばしの間、お見知りおき頂ければ幸いです」
「カトル殿にデュオ殿、そしてリトス殿ですね。平民と仰られる割に、皆さんは貴族に対する礼節をよく弁えておいでだ。
――さて、顔を合わせて早々ではありますが、早速本題に入らせて頂きたく思います。どうぞお掛け下さい」
おおよそ定型文に沿った挨拶を済ませ、フィリウスから着席を勧められた一同が、その言葉通りソファに座り直すと、フィリウスはリトス達へ真っ直ぐに視線を向けたまま、傍らに控えていた侍女や護衛と思われる騎士に退室を命じる。
初対面の平民を室内へ招いたばかりか、護衛にまで席を外させるというのは、上位貴族家の当主として、この上なく異例な振る舞いだと言えた。
「単刀直入に申し上げます。現在王都では国王が私欲の赴くまま、見目のいい若い女性を自らの元へ連行させています。また、現王の郷里にて近年発見された、銀鉱山へ送り込む労働力を欲して、若い男性を搔き集めさせているとも聞き及びます。
女性も男性も、その多くは平民を狙いとしているようですが、中には下位貴族の令嬢も幾分混じっていると思われる、と報告書にはありました」
リトス達は、フィリウスの口からもたらされた話に愕然とし、息を呑む。
「それは……。国王が主導する、臣民のかどわかし、という事でしょうか。そして……私達の探し人や友人も、その被害に遭ったと……」
「はい。残念ながら、そのように考えるのが妥当でしょう。……女性にせよ男性にせよ、法に則った手続きを経る事も、正当な手段を取る事もなく、不当にかどわかされた者達ばかり。
被害に遭った自覚がある平民達の多くは、はした金と引き換えに娘を連れ去られ、泣き寝入りしている状態です」
乾いた声で問いかけるカトルに、フィリウスが苦々しい顔でうなづき、言葉を続ける。
「私を含め、陛下に対して無体な振る舞いをやめるよう、奏上する貴族も多々おりますが……それ以上に、自身の娘を積極的に送り付け、褒賞を受け取る痴れ者の方が多く出ている始末。
挙句、その褒賞の支払いに充てられているのが、増税によって民から毟り取った血税だというのですから、目も当てられません。しかも……5日前から私の妻も、姿が見えなくなっているのです。
無論、妻が陛下にかどわかされたという証拠はありません。ありませんが……あのクソ……もとい、あの方は、夜会や茶会で登城するたび、私のクローディアに、それはそれは分かりやすく秋波を送って、散々色目を使いやがっておいででしたので……この上なく怪しい存在でもあるのです」
フィリウスの顔から表情が消え、膝の上で組んでいた両手の甲に分かりやすく青筋が浮く。
口の端が引きつり、言葉遣いも端々が乱れている。
「……コホン。私が調べた所によりますと、皆さんザルツ村の方々は精霊の加護を受け、独善的な先王の侵攻から、無傷で村を守り通した実績をお持ちとの事。つきましては、此度の事件の調査及び解決に、是非ともお力添えを頂きたいのです。
色よい返事を頂けるなら、皆さんのご友人達の捜索にも、当家の力を惜しみなくお貸しすると確約致します。いかがでしょうか」
盛大に引きつりかけた顔を意地で引き締め、改めて真っ直ぐリトス達を見据えてくるフィリウス。
リトス達は、思わず顔を見合わせた。
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