第34話 精霊の迷い家・欺瞞の陥穽



 空は快晴、うららかな陽気に恵まれた昼下がり。

 村の中央に立てた電波塔の上から、双眼鏡で周囲を見渡すと、ザルツ山のふもとに近い場所、王都と北の関所を繋ぐ街道を占領するような恰好で、宿営地が作り上げられているのが見えた。

 人の数もかなり多い。2、3000なんてもんじゃないな、ありゃ。


 ていうか……めったくそ通行人の邪魔じゃね? あいつら。

 なに公共の道路を私用で塞いでんだよ。ここいら辺は森林も少なくて平坦な場所も結構多いんだから、もうちょい端っこ寄ったらどうなんだ、バカタレ共が。


 あと、まさかと思うけど、通りかかった人達から通行料とか巻き上げてないだろな。

 あのクソ王性格悪いから、そういう事も平気でやらかしそう。


 しかし、あそこにわざわざ宿営地を作ってるって事は、全軍で一気に山に雪崩れ込むつもりはないのかな。

 それはそれで面倒だ。


『――そりゃ、仕方ないんじゃないかい? 魔力感知で探った限り、あいつらの総数は軽く8000を超えてるようだからねえ。そんな数で一気に山に入ったりしたら、身動き取れなくなっちまうよ』


「……それもそっか。折角の数の有利が無意味になる……どころか、却ってマイナスに働いちゃうよね。あのクソ王も、悪知恵はよ~く働くみたいだし、そんな真似する訳ないか」


 念話で語りかけてくるレフさんに、私もため息交じりにそう答えた。


「んじゃ、こっからどうする? 私は、とりま開戦直後は、当初の予定通りでいいと思ってるんだけど。村の人達の、念の為の避難も終わってるし」


『そうだね。それで行こうか。どうせいずれ、戦闘員の多くは山に入り込んで来るだろうしね。そうだろ? モーリン』


『はい。レフコクリソス様のお力添えもございますゆえ、なんの問題もありませぬ。

 ――それよりプリム、そろそろそこから下りて来るのじゃ。万が一にも連中に見咎められたらどうする』


「はいはい。分かってます。今下りるわ。ていうかさ、レフさんもモーリンも、一体どういう料簡りょうけんで、わざわざあんな手の込んだ所作ったの? 色々横から口挟んで、意見出しまくった私が言うのもなんだけど……」


『それは勿論、我ら高位精霊の力というものを、これでもかと見せ付ける為じゃ!

 あやつらは、太古の知識の一端を手にした程度で、随分と調子に乗っておるようじゃからな!』


「あー、まあそうね。確かにそんな感じするわ。こっから眺めてるだけでも、どいつもこいつも余裕綽々な態度でいるのが丸分かりだし。――じゃ、今の所、これ以降の作戦には変更なしって事で確定ね」


『オッケー♪ ……お、連中も動き出したみたいだね。それじゃあ、張り切っておもてなししてやろうじゃないか。気張りなよ、モーリン!』


『心得ておりますのじゃ! ああ、それにしても、こうまで思い切り力を振るうのは一体いつ振りの事か。腕が鳴るのじゃ!』


『あはは! あんまり張り切り過ぎないようにしな』


 備え付けのはしごを使って電波塔を下りていく最中、そんなやり取りが頭の中に響き、私も釣られるように頬が緩んだ。



 一方その頃。

 ザルツ山へと入っていく為の、山道の入り口付近では、何十人もの従軍魔法使いが整然と立ち並び、各々魔力を練り高めていた。

 精霊封じの魔法を発動させる為だ。


 他の兵士達は従軍魔法使い達と、未だ結界に覆われ、時折陽炎のように周囲の空間をひずませる山道を、固唾を吞むような面持ちで見守っている。

 また、軍の後方では、シュレインがその様を無言で見据えていた。


 決して失敗の許されぬ、王の御前での力の行使とあってか、張り詰めるような緊張感が満ち満ちた空気の中、従軍魔法使い達は更に魔力を高めていく。

 個々が練り上げる魔力は体外へ放出されると同時に混じり合い、大きく膨れ上がると共に、精緻かつ巨大な魔法陣を形成する。


 そして、ややもせぬうちに完成した魔法陣は眩い光を放出し、発せられた光が山を瞬きの間に飲み込んだ。


 光が周囲を満たしたのはほんの一瞬。

 魔法陣と魔法陣が発する光が消え去ると、山道を塞いでいた結界もまた、跡形もなく消え去っていた。

 兵士達から割れんばかりの歓声が沸き起こり、シュレインもまた、満足気な笑みを浮かべる。


「ふん。実に呆気ないものだったな。いかに高位の精霊と言えど、所詮はたった一体だけの存在。優れた魔法の使い手が集結すれば、その力と存在を捻じ伏せる事も決して不可能ではないと、今この場で証明された訳だ」


「はっはっはっ! まこと陛下の仰る通りでございますな! 我ら人間の英知の結晶を以てすれば、何者をも恐れるに能わず! 村の精霊とやらも陛下のお力に恐れをなし、自ら軍門に降る事でしょう!」


薄く微笑むシュレインに、王の護衛役を担う壮年の将軍が同調し、大口を開けて|呵々と笑う。


「では、これ以降の陣頭指揮は貴様ではなく私が執るが、異論はあるか?」


「いいえ! そのようなもの、進軍する以前より一切持ち合わせておりませぬ。

 此度の軍勢は、陛下の御為にのみ存在するべきものであり、兵達はみなその末端に至るまで、陛下の御名の元、陛下の手足となるべきもの。至極当然の道理にございますれば」


「よい心がけだ。此度の戦が終わり、王都へ帰還次第、貴様にはそれ相応の褒章をくれてやろう」


「ははぁっ! ありがたき幸せ!」


「うむ。――総員、山道へ侵入! 村が視界に入り次第、各自進軍前の取り決めに従って小隊を形成し、順次村へと突入せよ! 王の意思と命に逆らう痴れ者共に、レカニス王国の兵の勇猛さをとくと見せ付けてやれ!」


 佩いた鞘から剣を抜き放ち、それを高々と天に掲げて声を張り上げるシュレイン。

 その言葉に応え、兵士達が一斉に上げた吠えるような鬨の声が、周囲の空気をビリビリと震わせた。



 結界の消失を確認した軍勢が、続々と山道へ入り込んでいく。

 一応、戦闘時の連携を考えてか、数人単位の小隊で動いてるみたいだが、歩を進めるその足取りには、微塵の躊躇ちゅうちょも感じられない。

 その中には、すっかり勝利を確信しているらしいクソ王の姿も見受けられた。


 山を覆ってる結界も、実はあっちの精霊封じの魔法で抑え込まれて消失したんじゃなくて、頃合い見計らってモーリンに解除してもらっただけなんだけど……自分達の魔力の総量がモーリンの魔力を上回った、って、すっかり勘違いしてるみたいだ。

 思い込みって怖いね。


「あー……。みんなと一緒に山に入って来てるよ。王様。大人しく山のふもとで待ってればよかったのに」


 モニター前に置いた椅子に座り、クソ王達の動きを見物しているリトスが呆れ顔で呟き、その隣に座るシエルも「バカじゃねえの」と鼻を鳴らしている。

 ホントにね。見た感じ、将軍っぽい人も一緒に入って来てるみたいだし、これでこれ以降、めでたく指揮系統の大半が麻痺して使い物にならなくなると確定した訳だ。

 あーあ。マジで草。愉快過ぎて脳内大草原だよ。



 今私達がいるのは、はザルツ山の山頂にある特別待避所。村の住人も全員ここに来ています。

 でもって、モーリンとレフさんの助力を得て設置した、でっかい特殊なモニターを通して、クソ王達の侵攻を他人事よろしく見物してる状態だったりもする。


 実の所、あのクソ王が攻めてくるのが春の半ば頃だと判明して以降、私はトーマスさんやモーリンと相談の上、山頂に新たな避難所を開設し、そこに村の人達が身を寄せられる建築物を建て、避難生活に必要な物資などをしまっておいたのだ。


 だって、侵攻までの時間は余るほどあったし、私自身、ずーーっと結界石の内職ばっかしてたら、本気で神経が保たない感じだったから、是が非でも別の仕事がしたくって、ついね。


 なんにせよ、結果的に村の住人の避難所と、戦況の確認をリアルタイムで行える監視室を兼ねた、いい場所ができてよかったと思う。

 今村の外周は全域、精霊のまよに繋がる不可視の転送用結界で覆われてるので、私達住人でも村の中には出入りできなくなってるから。


 転送用結界は、精霊の小路の拡大発展版とも言うべきもので、内部へ入り込んだ者を指定の別空間へ、それと気づかぬまま放り込む為の結界の事を指す。そして精霊の迷い家とは、精霊の魔力によって構築された、特殊な幻覚空間の事だ。


 凄まじい密度と濃度の魔力によって構築された精霊の迷い家は、その内部に取り込んだ者の五感をも強烈に刺激するという。それこそ、触れるはずのないものに触れたり、香りのないものから香りを感じたりするらしい。


 実際には、精霊の魔力に浸食された脳や神経などが、『触ってる』とか『匂いがする』とかって、誤認してるだけらしいけど。

 それは丁度、私達が夏の頃にレフさんの力を借りようと足を運んだ、精霊の生まれる地・ユークエンデと同じような場所だとレフさんは言っていた。


 うん。確かに今思えば、あそこは変な場所だった。

 いきなり目の前に道が現れたり、周囲がゴージャスな宝石空間になってたり。

 ニコニコ笑うレフさんから、『ユークエンデの内部にある宝石の森、あれはね、あたしが人間を惑わす為に構築した精霊の迷い家なんだよ』、と後になって聞かされて、だいぶ驚いたものだったが。


 まあ、てな訳で――

 今現在、クソ王達が意気揚々と進み、今まさに入り込もうとしているのはザルツ村じゃない。


 モーリンとレフさんが、優にひと月以上に亘ってノリノリで力を合わせ、これでもかと練り上げた魔力と、私のアドバイス並びに監修という名の口出しによって作り上げられた、ワクワクドキドキなゲームが満載の、数階層にまで拡張された超巨大クソゲーテーマパークでございます。


 ソシャゲの定番・パズルゲームやクイズ、アスレチックと格ゲーなんかも取り入れてあるから、傍から見てる分にはまあまあ面白いんじゃないかな。

 ただし、基本的に精霊は負の感情を下敷きにした流血や落命を嫌う為、マジで命を張るようなゲームは組み込んでいない。


 また、永久に人を閉じ込めておける結界なんかも作れないそうなので、内部でライフが尽きてゲームオーバーになった奴は、ランダムに空間を繋げた別の場所へ、適当にポイされる仕様になっております。予めご了承下さい。


 さあ、現代日本のゲームに全く縁のないクソ王共は、果たして内部に仕掛けられたゲームをクリアし、精霊の迷い家を突破できるのか!?


 早速お菓子とか摘まみつつ、連中のザマを安全圏から楽しく見物させて頂くとしよう。

 精々命の危険がない場所で、そうと気付かず喚いて頭抱えて、必死こいてもがきまくるがいいわ。



「――見えました。あそこが、標的のいるザルツ村です」


「ふん、あれが『村』とはな。もはや単なる、粗末なテントが並んだ荒れ地であろう」


「ははっ、それも致し方ない事かと。国境警備隊を退けた精霊の力を以てしても、焼き払われた住居を元に戻すなど不可能だったのでしょう」


「愚か者に相応しい住居だな」


 前方に広がる、テントばかりが並ぶ村内の様子を見たシュレインと護衛役の将軍は、揃って醜く口の端を吊り上げた。

 目の前の光景は、実際には転送用結界の表層に映し出された、ただの幻影にしか過ぎないのだが、そうと判別のつかないシュレイン達は、ただ村の惨状をせせら笑う。


 既に自分達が、精霊の掌の上で踊らされている状態にあるとは、一切気付かないまま。


「まあいい。さっさと内部に突入して、隠れ潜んでいる者共を引きずり出して片付けるぞ。ただし……」


「ご安心下さい。8歳以下の子供と、精霊の巫女であるという赤毛の若い娘だけは、決して殺さず陛下の御前へ引っ立てよと、全ての兵達に対し、出兵の前後に繰り返し下知しております。

 陛下のご命令を聞きそびれるような愚か者など、我が軍には一兵たりとも存在しておりませぬ」


「ならばいい。――総員、臨戦態勢を整えよ!我に続け!」


 王の号令に一層勢いづいた兵達は、その言葉通りに抜剣し、王に続いて村の中へと雪崩れ込んだが――途端に周囲の変化に気付き、戸惑い、足を止めた。

 村に突入したシュレインと将軍、兵士達の周囲に広がるのは、そこかしこに粗末なテントが並ぶ惨めな村などではない。


 彼らを待ち受けていたのは、果てすら分からぬほどどこまでも続く白い空間と、大小様々な大きさの、半透明の立方体で構築された壁と足場。

 そして。

 握り拳大のおびただしいカラフルな飴玉が、巨大なガラス板の内側に整然と並べられているという、意味不明な光景だった。

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