第4話
昼下がり裏庭に人影があった。
見慣れた後ろ姿──叔父の朱雨だった。
私は二階の自室の窓からその様子を静かに見つめていた。
スコップを手に紫陽花の根元を丁寧に掘っている。
土の入れ替えだろうか
いや、花はもう咲いているのに
それに掘るのはあの場所──“朱の花”が咲く一番色の濃い一画だった。
叔父は、誰かを埋めているのか
それとも……何かを掘り返しているのか
視界の端で風が花弁を揺らした。
私は窓をそっと閉じて深く息を吐いた。
その夜、再び夢を見た
いや、もはや夢と現実の境が曖昧になり始めていた。
赤い紫陽花が咲き乱れる庭
その中心に、女性が立っている
赤いワンピース、濡れた髪、口元には微笑
「わたし、咲かされたの」
女は静かにそう言った
「ここで咲くことになってたの。わたしは“朱の花”になるって、決められてた」
私は声を出せなかった
目だけが女を見つめていた
「この庭は、血で咲いてる。
その血が、あの人を元気にするの」
目覚めた時、私はベッドの上で震えていた。
朝食の席、叔母はにこやかだった。
「昨日ね、新しい肥料を入れたのよ。あの子が元気に咲くように」
「……“あの子”?」
「紫陽花よ。“朱の花”。今年は特にきれいに咲いてくれて嬉しいわ」
私は思わず、叔父を見た
叔父の手は一瞬止まり、だがすぐにスープを口に運んだ。
私はもう、確信していた。
あの赤い紫陽花の下には、人が埋まっている。
それも一人ではない
毎年、ひときわ濃く咲く“朱の花”
それは、犠牲の上に咲かされてきた──咲かされた花なのだ。
午後、私は一人でこっそり町の図書館に出かけた。
図書室の端にある新聞アーカイブ
地元欄に目を通し、震える指でページをめくっていく。
──それは想像以上だった
ここ10年の間に、近隣で行方不明になった女性が、5人
どれも単独行動中の失踪。発見されずに未解決。
そして、全員が20代から30代の女性
驚くほど共通していたのは、「最後にこの地区に来ていた」という情報だった。
私は震える手で記事を閉じた。
図書館を出ると、空は曇っていた
6月の匂い
梅雨の気配
紫陽花の季節が、もうそこまで来ていた。
家に戻ると、叔母が玄関で私を迎えた。
「……どこ行ってたの?急に出かけて」
「ちょっと、図書館に……」
「あら、本でも借りたの?」
「うん、少しだけ」
私はとっさにカバンを隠すようにして応えた。
叔母の目が、一瞬だけ鋭くなった気がした。
夕方、叔父がぽつりと私に言った。
「……今夜、少し早めに寝たほうがいい。体調が悪いなら、無理はしないように」
その言葉の意味は分からなかった,
けれど、それはまるで、“何かが起こる”と伝えているようだった。
私は頷いて、部屋に戻ったけれどその夜は眠れなかった
でも──眠ってはいけない気がした。
深夜、私は部屋の明かりを消してそっとカーテンの隙間から庭を見た。
赤い紫陽花の中に、二つの影が動いていた。
叔父と叔母だった。
スコップを持ち、何かを運んでいる。
それは、人のような形をしていた。
私の全身から血の気が引いた。
“今年の朱の花”は、まだ咲ききっていない。
そして、咲くには──新たな何かが必要なのだ。
紫陽花は、枯れない
紫陽花は、しがみつく
この家で何を咲かせられようとしているのだろう。
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