世界を守って死んだ(事になっている)最強騎士は自分の影響力を知らない

城之内

第一章 獣人族の英雄編

プロローグ①




 遥か天空に浮かぶ大地に、禍々しく突き立つ魔王の居城で。


 世界の命運をかけた戦いは三日三晩続いた。


 英雄譚を飾る最後の結末。

 本来なら正義が――人類側が魔に打ち勝つと未来で大々的に広めたかった。


 しかし現実はそう甘くない。


 物語ではない、本物の歴史として語られるこの闘争。


 残念ながら必ずしも勝てるとは言い難い状況になってしまったと黒衣の騎士、アレン・ノーシュは悟った。


『――残りは貴様だけだ、黒曜の騎士よ』


 眼前に君臨するのは正真正銘の怪物。

 無数の目玉がついた山羊の顔に、身体は黒い体毛に覆われた獣のような巨体。


 悪魔のような翼は背から二対生え、尻尾の先には竜頭がついた化け物。

 第三十二代魔王【邪眼王ガイヴィス】と名乗った彼こそが五年続いた人魔大戦の元凶。


 魔大陸に生息する十三の魔人種族を平定した彼の野心は留まるところを知らず、人類国家の領土を狙って人界大陸に攻め込んだ。

 

 田畑を焼き尽くし、街は蹂躙され、民を拉致し、自らの力を高めるためにその魂を貪り喰らった。


 彼のせいで、人類連合の三割が死滅する凄まじい被害を及ぼした。

 ただ人類側にも希望はある。


 人類に認定される六種族を代表する最強の英雄達。

 彼らの活躍によって、魔王の腹心たる八体の魔将は討伐され、魔族の軍勢を退ける事に成功。


 天空に浮かぶ不気味な魔窟、敵の本拠地である邪眼城に勢いそのまま英雄達が乗り込んだ。


 しかし、快進撃はそこまでだった。


 希望の光だった六名の英雄。

 その人類種族が結集した世界が誇る最強の騎士達、【世界騎士団ワールド・ナイツ】の面々は現在、魔王の眼前で黒衣の騎士を残して倒れ伏していた。


『……後ろを振り返るが良い、アレン・ノーシュ。情けない仲間たちの姿に失望を隠せなかろう? 英雄と呼ばれようと所詮人間。我の前では虫けらと同じだ。【世界騎士団ワールドナイツ】よ、貴様らは何も救えず、無駄死にで終わる運命なのだ』


 上機嫌に語る魔王の顔面に貼り付いた無数の眼が細まり、口角が醜悪に吊り上がる。


「――無駄死に?」


 歯を剥き出しにしてこちらを嘲笑うガイヴィスの姿に、アレンもまた笑い返した。


「どの口が言う。俺達がつけた傷はそう浅くない。俺の仲間達の奮闘は無駄じゃない。お前の命を確実に削っている」


 得意げに告げたアレンの瞳にガイヴィスの姿が映る。屈強な魔王の身体に大小様々な無数の傷が刻まれ、紫色の体液が流れ続けていた。


『……ふん、全てかすり傷よ』


 ガイヴィスは堂々と胸を張る。だが痛々しさは消せない。

 三日に渡る英雄達の死闘は決して無駄ではないのだ。


「皆、よく頑張った。後は俺に任せろ」


 纏う黒のマントを靡かせ、最後に残った最強の英雄アレン・ノーシュは、剣を握る左手とは逆の手。右手で腰のベルトに差していた短杖を抜き放った。


「ここからは俺一人でも十分だ」


 その杖は緊急脱出用に渡された神聖皇国の秘宝。

 複数人を別の場所へと転移させる魔法の杖をアレンは自分以外の仲間達に向けた。


 儚げに口角を上げる黒衣の騎士の横顔を見て、死屍累々の英雄達が口を震わせた。


「……待って、ユーファを一人にしないで……アレン……!」


 純白のマントの下に深緑のケープを纏う翡翠の髪をツインテールに結んだ少女。


 額からの出血が激しい妖精エルフ族の英雄ユーファリア・オベイロンはうつ伏せの体勢のまま虚ろな瞳で一人残ったアレンに手を伸ばした。


「アレン……俺ハ……残ルッ……マダ、オ前ト戦エルッ……」


 身長四メートルを優に超える巨体。

 巨人族の英雄ガヴリ―ルは片膝を地につきながら、失った左腕から零れ出る血を右手で強引に押さえている。


「……一人では無茶だ……今立ち上がる……だからもう少しだけ……」


 スタイルの良さが際立つ紅の長髪を一つ結びにした長身の美女は瞳を潤ませながら、手に持つ刀を杖代わりによろよろと立ち上がった。


 髪色と同じ特徴的な民族衣装を着ているが、傷が多く服とも言えない布切れと化している。


 闘女アマゾネス族の英雄ラヴィリア・シギドは満足に動けない身体に苛立ち、唇を噛み締めた。


「……アレン君……君がその杖を使ったら……一生、僕は君を恨むッ」


 丸眼鏡をかけた十二歳程に見える童顔の少年が血のついた口元を拭う。

 小人族の英雄ノーゼス・メギストスは腹に空いた風穴を無視して、アレンに向かって強い口調で叫んだ。


「――嫌だッ、アレン……! あんたを犠牲に生き残っても……オレは何も嬉しくなんかねえッ!?」


 自慢の両足が折れ、芋虫のように這ってアレンの元へ進む。

 黒衣の騎士を師と慕う全身を銀色の鎧に包んだ獣人族の英雄レオハルトが懇願する。


 しかし、必死の形相で言葉を紡ぐ仲間達には耳を貸さず、前を向いたアレンが杖を床に突き刺した。

 杖の先端にある銀色に輝く宝石から天使の翼が生え、眩い光が放たれる。


 その暖かな光はアレン以外の英雄達の身体を包み込んでいく。


「――ガイヴィスだけは死んでも倒す。だから安心してくれ」


 別れを覚悟したアレンに、仲間達から口々に非難の言葉が飛ぶ。


『……自分を犠牲に死地から仲間だけでも逃がすか、自己犠牲の化身よ。だが我から逃げられると思っているのか⁉』


 ガイヴィスは漆黒の翼を羽ばたかせ、巨体を宙に浮かせながら両手を天へと掲げた。

 

 激闘の余波で既にガイヴィスの居城は跡形もなく崩壊している。とっくに天井などない。


 おかげで空を覆わんばかりに現れた巨大な漆黒の魔法陣が良く見えた。


『――暗黒呪法〈終炎ノ恒星〉』


 唱えた瞬間、魔法陣が一際輝き稲光を帯び始める。そして激しいスパークと共に魔法陣から現れたのは魔王城を優に超える大きさの獄炎の球体――いわば黒い太陽だった。


 星そのものすら消し飛ばせそうな黒炎の塊。


 アレンの背後で、地を這ったまま種族を代表する英雄達が硬直した。


 ある者は呆然と空を見上げた。

 ある者は憎々し気に魔王を睨んだ。

 ある者は一人立つ黒衣の騎士の背中に手を伸ばした。

 ある者は口惜し気に力なく膝を折った。

 ある者は――。


『これで終わりだ』


 世界の終焉を予感させる光景に、アレンは剣一本で挑む。


「――終わるのはお前の方だ、邪眼王ガイヴィス」


 『黒曜の騎士』と人々から謳われる英雄はいつだって冷静沈着だ。

 魔王最大の呪法を目の前にしても微塵も顔色を変えず、落ち着き払っている。


 彼は利き手に握る己の愛剣に向けて呟いた。


「黒き太陽を打ち破る力を」


 その瞬間、剣が震えた。


 瞬く間に紫紺の雷を纏い、燐光を放つ刀身。


「アレンッ、ダメ、その力を使っちゃ……!」


 アレンが持つ紫剣の特性を知っているユーファリアが瞳に涙を浮かべて叫んだ。


 世界各地に散らばる古代の魔道具――【古代遺具アーティファクト】の一種。


 その中で特に強大な力を持つ七つの兵器【大罪兵装】の内の一つに数えられる魔剣【雷殲剣アスモデウス】。

 その強大な力と引き換えに、あの剣は使用者の寿命を代償に貰うのだ。


 つまりアレンは魔王に対抗する為、己の命すら薪にするつもりだという事。

 漆黒の太陽に向かって騎士が地を蹴った。


 マントをはためかせながら空気を階段のように蹴り飛ばし、流星の速度で天へと駆け上がる。


『……アスモデウスか。我らが崇める神の力を奪い、我がもののように扱うとは万死に値する』


 ガイヴィスは己の剛腕を振り、黒き太陽を【世界騎士団ワールドナイツ】に向かって落とす。


「無茶だ、アレンッ!?」


 遥かな空にあっても、黒き太陽の熱は肌を焼く。大地を溶かす。


 それほどの高温。

 たまらず闘女族の英雄ラヴィリアが叫ぶが、アレンは一直線に太陽目掛けて突っ込み、両手で握った愛剣を大上段から振り下ろした。


 最強の英雄の一刀と魔王の最大威力の呪法が激突。傍目から見れば蟻が竜に挑むような圧倒的質量と規模の差。


 しかし、


「す、凄いッ……」


「……アレン……!」


 英雄達の瞳に映ったのは、凄まじい轟音と共に落下する黒い太陽を剣一本で堰き止める黒衣の騎士の姿だった。


「――時間は稼げた」


 瞬間、転移の杖の効果が発動する。


『忌々しい、黒曜の騎士よッ!』


 魔王が吠え、


「――皆、この世界を頼む」


 英雄は炎の中で小さく笑った。


「「アレンッ、待っ――」」


 英雄達が最後に見たのは、黒衣の騎士が暗黒に飲まれまいと奮闘するその勇姿だった。




 

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