第24話
そんな思い出話を初めて聞かされ、私は呆気に取られる。
「じゃあ、ジーク様のお父様は……」
「安らかにとは言い難いけど、天に召されたよ」
なんともシリウスらしいお話だわ。あのひと、昔から子どもには甘くって、私と兄さんも随分と可愛がられちゃったもの。ジーク様も放っておけなかったんでしょうね。
ジーク様が礼拝堂の天井画を仰ぐ。
「その時、僕はふたつのことを学習したんだ。ひとつは、国民も貴族もたった一発の弾丸で死ぬってこと。豪華なドレスを着てようが、ボロをまとってようがね」
幼い頃の苛酷な経験こそが、ジーク様の死生観を形成していた。
王侯貴族には『民は死んでも自分は死なない』って思ってるひとが、未だにいるわ。大戦の間も情勢にまったく関心を示さず、ごくわずかだった安全を独占してる。
疎開を言い渡されて逆上、なんて話もあったもの。
そんな議員も結局、過半数が亡くなったわ。空襲でお屋敷を焼かれて黒焦げ、防空壕を潰されてぺちゃんこ、ってふうにね。
今の議員たちは『たまたま』生き残っただけに過ぎない。
それでも大戦はもう過去のものと決めつけて、血税の搾取に躍起だった。最近でも戦時中に徴収できなかった税を追加で、なんていう法案が臆面もなしに提出されたほど。
「それと、もうひとつは……怖がらなければ、割と大丈夫ってことかな」
隣の私を見詰め、ジーク様は愉快そうに微笑む。
「初めて君と会った時もそうだよ。殺し屋だからって怖がってちゃ、君に殺されるか、逃げられると思ってね。ふふふ」
「あの時は私も驚きました。まさか、メイドに勧誘されるなんて」
父親を銃殺され、また殺し屋の立ちまわりを目撃したことで、ある種の度胸を獲得しちゃったのね。私のご主人様に『恐怖』の二文字などなかった。
礼拝堂の鐘が鳴り響く。
「ところで……メインホールには何時までにって制限はなかったよね? オディール」
「はい。制限時間についての説明はありませんでした」
そう答えつつ私も首を傾げた。
主人と使用人の関係とか、あれだけ事細かにルールを設定してたにもかかわらず、この予選にはタイムリミットが設けられていない。それって、おかしくないかしら?
本戦が始まってからメインホールに到着したら、どうなるのよ。
私たちは進むにしても、途中で動けなくなるプレイヤーだって出てくるはずよ。ゲームのルールには詰めの甘いところがある。
……ひょっとして、兄さんがルールを考えたから?
「そろそろ行きませんか? ご主人様。棄権とみなされても面倒です」
「そうだね」
私とジーク様は腰をあげ、階段の続きをのぼっていった。
やがてゴールの扉が見えてくる。両脇で待ち構えてた骨のトーテムポールは、片方は私が魔剣クラウソラスで、もう片方をジーク様が火炎魔法で仕留めた。
「大分、上に来ちゃったなあ」
「メインホールを飛び越えたかもしれませんね。……あら?」
扉を開いて、私たちは目を見張る。
そこはアンティーク調のダンスホールだった。幽霊の楽隊が旋律を奏で、同じく幽霊の男女たちが、雅やかなダンスに興じていたの。
彼らの足は床を離れ、宙でも軽やかにステップを踏んだ。
幽霊なんて恐ろしいはずなのに、とても幻想的で……見惚れそうになる。
ジーク様のお世話でついていく社交界でも、そう。絵に描いたような紳士と淑女が、肩に触れ、背中を支え、優雅なダンスに酔いしれる――。
綺麗だと思った。
羨ましいとも、ちょっとだけ。
「オディール」
ふとジーク様が私に手を差し伸べ、囁いた。
「僕たちも踊らないか? それとも、殺し屋はダンスを知らないのかな」
魅力的なお誘いね。ジーク様と一緒にジャズの調べに乗って、踊ることができたら。
けど、メイドの私は無理のない笑みでかぶりを振った。
「いけませんよ。メイドなどと踊っては、ご主人様の恥ですので」
私はメイドで、ジーク様はご主人様。
だから彼もダンスの際に私を誘うことなんて、一度もなかった。
それに、メイドは『黙って見守る』のが仕事だものね。ご主人様がどこの誰とダンスをともにしようと、メイドは指示があるまで、じっと佇むもの。
ジーク様は立場のあるおかた、誰とも踊らないわけにはいかない。ましてやメイドの私なんて、選べるはずもなかった。
なのに、今夜のご主人様はメイドと踊りたがる。幽霊だらけのダンスホールで。
「いいじゃないか。これは僕の『命令』だよ、オディール」
「その言い方はずるいです」
ふたりきりの時は甘えさせろって契約だったっけ。
本当は嬉しいのを誤魔化しつつ、私は『渋々』とご主人様の手を取った。
「この曲は何度か聴いたことがあるよ。でもタイトルが思い出せない」
「ご存知ないのですか? 『白鳥の湖』の一節です」
オディールとジークフリートが踊るには、うってつけのメロディね。
でも……ジークフリートが一緒に踊るのは、白鳥のオデットだわ。黒鳥のオディールにはまんまと弄ばれ、ダンスパーティーの真最中に捨てられるの。
幽霊たちも儚いダンスに耽っていた。
死者の魂が集う地獄で、ご主人様とダンスの一時。
「上手いじゃないか、オディール」
「お褒めいただき恐悦です」
もしデスゲームで死んでしまっても……ジーク様とこうして、ずっと踊れたら。
あでやかなドレスじゃないのが、ちょっぴり悔しかった。
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