第18話
同時刻、クローディスは船員たちとともに『アンティノラ城』の内部を突き進む。
道に迷ううち、闘技場のようなエリアに出てしまった。狼男がこちらを見つけ、俊敏な動きで襲い掛かってくる。
「くうっ? そ、そう好きには……」
クルーの青年は剣で応戦するも、押しきられそうになった。
しかしクローディスが割って入り、事なきを得る。
「怪我はないか」
一国民に過ぎない青年は彼に手を取られ、唖然とした。
「はあ、はあ……クローディス殿下、なぜ僕のような者のために……?」
「こんな事態だぞ。仲間を見捨てられるものか」
「……!」
クローディス王子の一本気な言葉が、船員たちを奮い立たせる。
そのうえ、今しがた彼は『仲間』のために危険を承知で駆けつけてくれた。ほかの王侯貴族には考えれない実直さこそ、民の心を掴む。
「あと、俺に『殿下』はよせ」
「は、はい!」
かくしてクルーは誓った。
われわれの命に替えても、この素晴らしいかたをお守りしよう、と。
カレードウルフ共和国は今、クローディス第一王子を必要としている。共和国の明日のためにも、こんなところで彼を死なせてはならない。
またクローディスにとっても、彼らは信用に足り得た。胡散くさい貴族の連中と違い、安心して背中を預けることができる。
「お前たちは巻き込まれただけに過ぎん。エックスの狙いは俺のような有力者……ルールに抵触せずに脱出できる方法も、あるだろう」
「それよりクローディス様、テレーズ様の救出へ参りましょう」
「ああ! すまないが、お前たちの力も貸してくれ」
だからこそ、一芝居を打ってでも彼らを鼓舞し、味方につけた。
当面の目的は妹テレーズの奪還と、エックスを捕まえること。しかし今後の展開次第では、デスゲームとやらも使えるかもしれなかった。
ただでさえ自分には味方が少ない。議会の掌握など不可能に等しかった。
だが、このゲームで巧みに立ちまわり、マキューシオやジークフリートを蹴落とすことができるのなら、あるいは。自らが掲げる『国民主権』も、現実味を帯びてくる。
別に民主主義が正しいと信じているわけではなかった。
第一王子として生まれながら、王政が潰え、クローディスは行き場を失っている。王侯貴族には腫れもの扱いされるばかりだった。
その腹いせに、やつらの鼻を明かしてやりたいだけのこと。
そんな自分が少し滑稽にも思える。
「……ふっ。男のために尽くすオディールと、さして変わらんか……」
「クローディス様?」
「いや、なんでもない。急ぐぞ」
クローディスはにやりと口角を吊りあげた。
中身のない鎧がひとりでに動く。
さっき乗客を殺したのは、このリビングアーマーね。私はショートソードを捨て、魔剣クラウソラスを召喚する。
魔剣で一撃入れるだけで、リビングアーマーは壊れた玩具みたいに崩れ落ちた。
……どうってことないわね。
「ご苦労様。君がその剣で戦うところを久しぶりに見たよ、オディール」
「はい。この程度の敵なら、問題ありません」
いつでも抜けるように、私はクラウソラスを腰に差す。
ショートソードはどうしようかしら……。
「ご主人様も念のため、剣をお持ちになりますか?」
「知ってるだろ? 慣れないものは持ち歩かない主義だからね」
ジーク様は興味津々に魔導書を捲った。
確かに騎士でもないひとが剣を手にしても、たかが知れてる。このショートソードだって、素人の腕にはそれなりに重いでしょうしね。まだ盾なんかのほうが使えるかも。
魔導書に一通り目を通し、ご主人様はそれを閉じた。
「ちょっと失敗だったかな……この本の力をマキューシオに見せてしまったのは」
「彼のことですから多分、ロベルトあたりに持たせるものと思います」
私も気になってたのよ、それ。
あの武器庫にはありとあらゆる武具が揃ってた。盾や鎧もあった。
その中から『書物』なんて、普通は選んだりしないわ。生きるか死ぬかのゲームなんだもの、誰だって刃物を持っていきたがる。
ところが、ジーク様が選んだのは『魔法が使える本』だったの。
マキューシオの槍という選択は間違ってない。けど、魔導書とどちらのほうが有用か、言うまでもないでしょ。
「……まあいいか。デスゲームは始まったばかりだ」
ジーク様は今、はっきりと口にした。
デスゲームと。
「お逃げになる気はないのですね。うふふっ」
「君こそ。要は船が港に着くまで、生き残ればいいんだろう?」
大戦の末期にあの古城で出会ってから、私たちはずっと一緒にいる。
終戦までは空襲から逃げることもあったわ。このデスゲームだって同じこと。それにジーク様にとって、これは大きなチャンスになるかもしれない。
今のところ、ジーク様は共和国議会でほかの誰よりも先んじていた。ライバルのマキューシオにも差をつけ、議会をリードしてる。
でも、まだまだ『掌握』するほどじゃなかった。
ジーク様の貴族主義は有力者に歓迎される一方で、異物が混入しやすいのよ。例のオークションの参加者だってそうだわ。
腹黒い者、保身しか頭にない者……数だけは多いせいで、足手まといになる。
そんな彼らを一網打尽にして、有能な忠臣で議席を固める――このデスゲームにはそれだけの利用価値があった。
「共和国の豪華客船で大事件……世間は大騒ぎするかな?」
「一過性のものでしょう。みんな、すぐに飽きます」
「君もわかってきたじゃないか。まあ、誤魔化す方便はあとで考えるとして……」
私とジーク様は頷きあって、腹を決める。
この悪趣味なゲームに勝つこと。そのためなら、手段は選ばない。
「隙を見て、クローディスとマキューシオも殺しましょうか? ご主人様」
私の言葉に躊躇なんてなかった。
ふたりとも『お友達』だけど、ご主人様にとっては大きな障害となる。とりわけマキューシオは共和国議会において最大のライバルだもの。
クローディスのほうも油断できなかった。カリスマ溢れる彼のもとで、共和国の民が一丸となったら、議会は機能不全に陥る。
まだ終戦からたったの二年よ。どの国家であれ、安定には程遠い。
けれども、私のご主人様はかぶりを振った。
「だめだよ、オディール。僕と約束したはずだ。もう誰も殺さない、と」
「申し訳ございませんでした」
私は殺し屋じゃなくって、一介のメイドだものね。情報収集や護衛はしても、殺人だけは彼に禁止されていた。
「さて……場所を変えようか。見つからないうちに」
アンティノラ号……じゃなかったわね。アンティノラ城は迷宮の様相を呈しつつある。道は無数に枝分かれして、上下ともに階段も見つかった。
「なるべくメインのルートを外れて、時期を待とう。オディール」
「畏まりました」
マキューシオたちがいなくなったのは好都合ね。
私たちは姿を隠しつつ、次のチャンスを狙えるってわけ。
「しばらくは荒れるだろうね……数も減るさ」
むしろ、ほかの乗客と行動をともにするほうが危険よ。じきにパニックも起きるわ。
ただ……気掛かりなのは、クローディスとマキューシオ。あのふたりも今回のゲームに乗じて、大それた行動に出る可能性が高いから。
船員たちはクロウにたぶらかされた、と考えるべきね。
エックスの言動に惑わされて、メインホールへ直行しても、苛烈な競争に巻き込まれるだけ。行動を始めるのは、ある程度『頭数』が減ってからが利口でしょ。
「この城に興味もあることだし。さあおいで、オディール」
「はい、ご主人様」
ショートソードを捨て、私はジーク様と手を繋ぐ。
私たちはここで剣を残し、行方不明に――マキューシオまで騙せるとは思わないけど。大多数の『プレイヤー』から距離を取って、ゲームの成り行きを見守ることに。
面白くなってきたじゃないの。
……なんてふうに思っちゃうから、殺し屋なのよね、私。
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