第14話
けどね、訓練されてる船のクルーはまだしも……。貴族や資産家なんていう類の人間には、期待できないことでしょ。
さらにクロウが痛いところを突く。
「いかがわしい競売に興じてたような連中もいるんだぞ。信用できるものか」
オークションの参加者たちは隅っこのほうで肩身を狭くしていた。リッチモンドの死体は真っ赤な血の池に沈む。
「そ、そうだ……こいつらが一緒では」
「子爵は銃を持ってたわ! もしかしたら、ほかにも……!」
全員で協力などという提案は、早くも実現が困難となった。ジーク様の安全を第一に考えるなら、私だって、ああいう手合いとは手を組みたくないもの。
しかしマキューシオもクロウ相手に引かなかった。
「このゲーム、本当は君が仕組んだんじゃないだろうね? クローディス」
暴論に見かねて、ジーク様が口を挟む。
「やめないか。クロウは妹を人質に取られてるんだよ?」
「……だからこそですよ、ジークフリート様」
それでもマキューシオは憚らず、どんどんトーンを上げた。
「妹を人質に取られたというのは、あくまでブラフ……私たちにはゲームを強要し、その間に自分だけ、テレーズ様と一緒に脱出する魂胆やもしれないのです」
乗客は一様にどよめく。
「まさかクローディス殿が……」
残念ながら、この場にクロウの味方はいなかった。
ただでさえ彼は国民主権を掲げ、王侯貴族から疎まれてる。これまた王子様だから、誰も無碍にはできないのよね。
そんな彼が今回のクルーズを利用して、議会の面々を罠に嵌めた――強引だけど辻褄は合うわ。マキューシオはしてやったりと追及の語気を強める。
「どうだい? クローディス」
でも、クロウは不敵にやにさがるだけ。
「……さあな」
否定せず、むしろ自ら疑惑を受け入れてしまった。
大きな背中を向け、一足先にシアタールームから出ていこうとする。
「クルーで根性のあるやつは、俺と来い。ここでこいつらと救助を待ったところで、道連れにされるのが関の山だぞ」
船員たちは躊躇いながらも、ほとんどがクロウに従った。
ただ、船長だけはここに残る。
「私には乗客を陸に帰すという義務がありますので」
「好きにしろ」
そうよ、船員は『乗客の命を預かってる』はずだった。それでも乗客を見捨てていくんだもの……クロウと一緒に何を見たのかしら?
「待ってくれ! クローディス」
ジーク様が私を連れ、廊下までクロウを追いかける。
クロウは一秒も無駄にしたくないと眉を顰めた。
「貴様まで俺に説教を垂れるつもりか? ジークフリート」
「まさか。僕らだって、今後の状況次第では君と同じことをやるさ」
「……ふっ。暢気な話だ」
声を小さくして、私たちは頑固な彼にある交渉を持ちかける。
「ねえ、クロウ。あなたはゲームに参加する気なんて、さらさらないんでしょ? だったら、私たちと『同盟』を組もうじゃないの」
「ほう……そう来たか」
参加者同士が手を組んでも、ルール違反にはならない。言い換えれば、それは協力・共闘を推奨してるってことだった。ジーク様が自信満々にはにかむ。
「このゲームは少数精鋭で行くのが手堅い。君もそう思うだろ? クローディス」
「同感だな」
あんな大勢で歩調を合わせてたって、すぐに足の引っ張りあいになるわ。おまけに不穏分子だって少なくないもの。
かといって、ひとり(一組)じゃ厳しいかもしれない。
それを察してるからこそ、クロウは私たちにだけ本心を明かしてくれた。
「俺はこいつらと一緒にヤツを捜す。テレーズがいたんだ、エックスとやらもアンティノラ号のどこかに隠れてる可能性が高いはず……」
「大きな船だものね」
「だが折を見て、メインホールのほうにも顔を出す。どうだ?」
「わかったよ。その時に情報交換と行こうじゃないか」
ひとまずクロウには単独でアンティノラ号を調べてもらうことに。その間、私とジーク様は乗客らと行動をともにしつつ、ゲームの展開を注視するってわけ。
ひとつだけクロウが私に確認を取った。
「オディール。あの仮面の男……お前の兄貴ではないのか?」
これは答えようがないわね。
「私にもわからないの。でも、やっぱりあれはロットバルト……だと思うわ」
「あいつの悪ふざけにしては、度が過ぎてるよ。まだ断定はできない」
クロウは前髪をかきあげながら、私に釘を刺した。
「妹のお前もジークフリートともども、じきに疑われる。ヘマだけはしてくれるなよ」
「ふふっ、あなたこそ。テレーズが心配だからって、焦らないで」
「……ふっ。そいつを言われては、な」
私たちは彼を見送り、シアタールームへ戻る。
「ジークフリート様、オディール! そ、その……彼は?」
なんだかんだでマキューシオも気を揉んでたのね。
「さっきは言いすぎたんじゃない? あなた」
「そうだね、つい……彼に煽られると、すぐヒートアップしてしまうんだ」
この状況だもの、無理もないか。リッチモンドの亡骸から距離を取ったうえで、乗客は怯えきってる。あの殺され方にしたって、普通じゃなかった。
見せしめ……ね。私たちをデスゲームへ誘うための。
再びマキューシオが音頭を取った。
「みなさん、とりあえずメインホールに移動しましょう。ご気分を悪くされましても、ここでは応急処置もできません」
貴族たちはちらっとリッチモンドの死体に目を向け、顔を背ける。
「う、うむ……ここの椅子では足も伸ばせんしな」
「水が飲みたいわ、私。喉がからからで……」
この状況が続くだけでも、メンタル面で音を上げそうね。
「誘導は頼めるかい? 船長」
「いえ、それは……とにかく一度、マキューシオ様もご覧になってください」
不安に駆られながらも、私たちはシアタールームをあとにした。
ところが、少し歩いた先で私とジーク様は立ち竦む。
「え……?」
「クローディスが言ってたのは、これか」
アンティノラ号の側面に出たはずが、船尾だったのよ。
しかも船の両サイドをなぞる通路がなかった。備え付けの双眼鏡を手に取り、ジーク様が真夜中の海と空をぐるっと見まわす。
群青色の星空には違和感があった。……お月様が足りないんだわ。
海は真っ黒に染まり、波の音だけが聞こえる。
「……あれは星じゃないぞ? オディール、君も見てごらん」
「了解です」
私も同じ双眼鏡で確認したところ、夜空には月のほか、夏の星座も見当たらなかった。星々は不規則に動き、まるで空の中を泳いでるみたい。
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