第11話
ジーク様は乗客らに深々と頭を下げた。
「手違いがあったようで、申し訳ございません。今夜はお休みくださいませ」
「う、うむ……ジークフリート様がそう仰るなら」
もちろん、私は油断なんてしない。リッチモンドが拳銃を抜いたことに気付いた。
「ちくしょうッ!」
「お下がりください、ご主人様」
反射的に私もスカートの下から銃を抜く。
ところが、リッチモンドは破れかぶれの絶叫ではなく『奇声』をあげたの。
「……ヒッ? あぐぅ、うが……あええぇえええっ?」
びくびくと痙攣し、白目を剥きながら泡を噴く。
どこからともなく陽気な声が響き渡った。
『さあ、いよいよゲームの始まりです! 生き残るのは誰でしょうか』
不意に船が傾き、全員が片方に寄る。
「うわあああっ?」
「きゃああ! た、助けて!」
お腹の中がひっくり返るような感覚がした。
(ジ、ジーク様を守らないと……!)
そこで意識が途切れる。
☆
緩やかに船が揺れてる――。
「うぅ……ん?」
目覚めた時、私たちはシアタールームでばらばらに倒れてた。
破裂したポップコーンみたいに。
傍ではジーク様も倒れてて、私は真っ青になる。
「ご、ご主人様! ご無事ですか? しっかりなさってください!」
「う? あ……オ、オディールかい?」
幸いにして、すぐに反応があったわ。ジーク様も目を開け、おもむろに身体を起こす。
マキューシオやクロウも起きあがって、痛そうに頭を押さえた。
「少し打ったみたいだよ。……さっきのは一体?」
「船が転覆した……わけではないようだな」
嵐なんて来てなかったはず。風も波も穏やかだった。
次第に乗客たちも目を覚ましていく。
「お、驚きましたなあ……お怪我はありませんか? ジークフリート様」
「僕は大丈夫です。みなさん、まずは落ち着いてください」
怪我人も特に見当たらないわね。照明が消えたりもせず、アンティノラ号の中は充分な明るさで満たされてた。
……ただ、シアタールームが少し変なの。
さっきまではなかったスクリーンが降ろされ、真っ白に照らされてる。
そしてオークションの参加者たちは苦悶の表情を浮かべていた。リッチモンドも意識こそあれ、ぜえぜえと息を切らせてる。
「はあっ、はあ……私は、何をされて……?」
みんなが混乱してた。正直なところ、私にもわけがわからない。
「ちょっと待って。どうしてクロウがここにいるのよ?」
私に指摘され、初めてクロウも目を丸くした。
「……? ブリッジにいたはずだぞ、俺は」
廊下には船員たちが転がってる。
大半の乗客もまだ廊下でごった返しになってた。ひとまずジーク様とマキューシオが誘導し、全員をシアタールームへ詰め込む。
船長たちが敬礼を取った。
「われわれは船内の様子を見て参りますので、しばらくのご辛抱を……」
「俺も行こう」
クロウも立ちあがり、彼らとともにシアタールームを出ていく。
(やっぱり変だわ。さっきとは全然、空気が……)
胸騒ぎがしてならなかった。
船の行き先が変わったような気もして……得体の知れない不安に駆られる。
「心配いらないよ、オディール。クローディスもすぐに戻ってくるさ」
そんな私の一方で、ジーク様は落ち着き払ってた。
「は、はい」
「もっとこっちにおいで」
お傍を離れるわけにいかず、アンティノラ号の安全確認はクロウたちに任せる。
だけど、いつまで経ってもクロウは戻ってこなかった。乗客も異変に気付き始め、ざわざわと恐怖の色を帯びていく。
「嫌だわ……なんだか、不気味な感じがしませんこと?」
「最新鋭の客船なのだよ? だ、大丈夫さ」
今度はマキューシオが立ちあがった。
「ただちにエンタープライズに連絡しましょう。ジークフリート様」
「ああ。頼むよ」
緊急事態ってやつね。クルーズを中断してでも、今は乗客の安全が最優先。
仮にここで下手を打ったら、主催者であるジーク様やマキューシオは信用を落とすことになった。ふたりとも、船長に責任転嫁するようなタイプでもないし。
私は声を潜め、ジーク様にだけ耳打ちする。
「何者かが今回のクルーズを妨害したくて、仕組んだのではありませんか?」
「ない……とは言いきれないね」
豪華客船アンティノラ号による一週間のクルーズは、共和国の復権を象徴して、大々的にアピールされてきた。とりわけ王侯貴族は参加のため躍起になったほど。
でも戦後間もない豪遊ぶりには、少なからず批判もあったわ。
並行して進められた経済政策も、恩恵があるのは相変わらず上流階級だけ。議会制など名ばかりで、また戦前の支配体制に戻るのか――なんてね。
クローディス王子が黒幕って可能性もある。
不意に耳障りな音がした。ジジジ……と、何かが熱を発してる。
それと同時にシアタールームの照明が消え、スクリーンに映像が浮かびあがったの。
『お目覚めのようですね。レディース・エンド・ジェントルメン!』
はっきりと『声』が聞こえた。これには乗客もみんな驚く。
「誰が喋ってるんだ? もしや……」
映画が音も出るようになったのは、つい最近よ? 戦前のフィルムは無音で、このシアタールームにしても音響の設備はないのに。
しかも、すごく鮮やかな映像だった。色もついて、『向こう』と繋がってるみたい。
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