Death Game Clewes (デスゲーム・クルーズ)
飛知和美里
第1話 #1
世界中を混迷と混沌に陥れた、くろがねの世界大戦。
七年にも及ぶ消耗戦はようやく終息を迎え、新しい時代が始まった。ひとびとは鉄の兵器を頑なに拒絶し、恒久の平和を模索しつつある。
豪華客船が港を発つのも、実に久しぶりのことだった。シャルルドゴール家が資財を投じた遊覧船、その名をアンティノラ号。
全長は優に二百メートルを超え、最大級の通り名を欲しいままにしている。
甲板にはプール、内部には社交場とカジノ。ありとあらゆる娯楽を積んで、アンティノラ号は穏やかな波に揺られる。
戦争は終わった。
豊かな日々を再び謳歌する時が来た。
まさしくアンティノラ号は新時代の象徴であって、共和国の重役らも招待に応じ、馳せ参じる。アンティノラという名の、本当の意味も知らずに――。
メイドの朝は早い。
それは陸の屋敷でも、海の上でも変わらなかった。私――オディールはいつもの給仕服に着替えて、姿見の前で長ったらしい髪をまとめる。
完全に『名前負け』してるのは、わかってた。
オディールというのは『白鳥の湖』に登場する魔女のこと。オデット姫に扮して、王子をたぶらかし、嘲笑ったりする女よ。
そんな大作の登場人物と名前が同じだなんて、赤っ恥もいいところ。
でも『オデット』じゃなかっただけ、ましかしら? ほかに『ジゼル』や『キトリ』なんて女の子を見かけると、少し同情する。
不意に足元が揺らいだ。
「……はあ」
またご主人様が船酔いでもしていたら……面倒くさいわね。
私は今、豪華客船アンティノラ号のスイートルームに泊まっている。たかが侍女、スタッフ用の簡易寝台で充分だったはずなんだけど、それはご主人様が許さなかった。
おぉ、オディール! 僕に恥をかかせるつもりかい?
たったひとりの従者である君を粗末に扱っては、上流貴族の名折れだ!
……なんてふうにね。朝一から溜息も出ちゃうわけ。
当然、私は一介のメイドだもの。ご主人様の命令には逆らえない。髪を伸ばすのも、フリルだらけのエプロンドレスを着るのも、ご主人様のご意向だから。
今朝も隣の部屋を訪れ、まずはノックで反応を待つ。
「ご主人様。……朝ですよ、ジーク様!」
返事がないのも毎度のことね。
これまた『白鳥の湖』の王子様と同じ名前でいらっしゃる、私のご主人様。ジークフリートことジーク様は血圧が低いのか、朝が弱い。
そもそも規律なんてものとは無縁だから、起きる気もないのよ。
「はあ……まったくもう」
二度目の溜息とともに、私は合鍵で彼のスイートルームにお邪魔する。
さながら豪邸のような一室の大きなベッドで、私のご主人様は寝息を立てていた。お気に入りの抱き枕(タメにゃんっていうキャラクターね)をぎゅうっと抱き締めて。
窓のカーテンは昨夜に私が閉じたままね。
それを全開にして、グータラなご主人様に眩しい朝日を浴びせる。
「うぅ~ん……? マリアン、カーテンを閉めてくれないか」
「……」
「っと、間違えた。サラ、愛してるから……」
「…………」
マリアンなんてメイドも、サラなんてメイドも、いないんだけど。ジーク様は抱き枕に頬擦りしながら、うっとりと夢の続きを見たがる。
その隙だらけのオデコに、私は自前の拳銃を添えてやった。
「殺されたくなかったら、起きてください。ご主人様」
「……ハイ」
寝惚けたふりをしてたらしいジーク様が、のそのそと身体を起こす。
そして開口一番、この献身的なメイドに文句をつけてきた。
「あのねえ……ご主人様がほかの女の名前を口にしてるんだよ? そんな時は驚くとか、嫉妬に焦がれるとか……もっとこう、生々しい展開があってもいいじゃないか」
このひとの悪ふざけには付き合いきれないわね。
「朝食をお持ちしますので、それまでにお着替えくださいませ」
わざとらしく丁寧にお願い申しあげると、ジーク様は眉を顰める。
「オディール、君というやつは……あっ? ストッキングは穿くなと、あれほど!」
「ジークフリート様の従者たる者、肌を見せるわけには参りませんゆえ」
ご主人様とメイドの朝は不毛な言い争いで始まった。
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