第21話 意地っ張りなトカゲ

 時間が立ち、腹時計ではあれから2,3日が経過していた。


 敵もいない水も魔法で出すしかないで俺の体は骨と皮だけの姿になっていた。


「あー……水」


 見渡す限り大きな道が続き、壁のゴツゴツ具合も鍾乳石もまばらにある景色は、これまでもこの先も変わることはなかった。

 

 メインの食事は、壁に引っ付いてるクソ程不味い虫だ。(以降、虫と呼ぶ)

 カメムシのような見た目で、一口噛む度に煎餅のようなパリパリとした食感と共に、草を生で食べたような苦く臭い味が広がっていく。そしてあとからくる舌のピリ辛さと気持ち悪さに吐き気を催した。多分毒でも持っているのだろう。


 飲み込めそうにもなく、最初の方は何度も吐き出したが、そのうちなんとか耐えられ、ついに飲み込んだ。

 その後嗚咽を垂らしながら吐きそうになるのを耐える。

 だが我慢はできなかった。


「おぇーーーっ!」


 吐いてしまったときは壁を削って食べていた。

 栄養はもちろんない。だが壁も食べられるようなので食べている。


 流石に虫を何十匹と食べると、少しは体が慣れたが、その気持ち悪さと嗚咽はいつまでも変わらなかった。


 なぜこんなにつらいものを食べているのか?

 それは、食べるものがこれしかないから……ではなく、俺の心情と力にあった。


 ダンジョンなら敵がうじゃうじゃいるのを想像していたが、予想外に一匹たりともいなかった。辺りはしーんとし、嫌なほど自分の声が響いていた。


 それでも正確にはいないわけではなく、敵の気配を感知しながら近づくと、俺に怖じ気づいたのか気配が素早く遠のく。

 死なないためにそそくさと逃げているのだ。

 あちらは殺し合っているのに、こちらでは戦わないとか、仲間はずれかよ。


 〈辞典〉で調べると、魔力量によって敵の強さが計れる器官がモンスターのほとんどにあり、ダンジョンの魔物たちはそれを基準にして生き残っているという。だがら俺の強大な魔力に手も足も出ないとすぐ理解し、逃げるのだとか。


 トラップをしかけるも、なんと俺の触れたものでもわずかに魔力がついてしまうため、そのトラップには俺の魔力がたくさんつき、1日待っても何も引っ掛かることはなかった。

 興味本位で引っかかってくれるやつはいないのだろうか。犬みたいに。

 

 俺自身の魔力をどこかに隠す、とかした方が良いのかもしれない。

 何回か魔力操作の感覚で魔力を隠そうとしているのだが、その間ずっと軽いジョギングをしているようになり、とても疲れやすくなるのでなるべくなら控えたい。

 

 あっ、虫だ。


 俺はその虫を食べて今日もまた嗚咽した。




 持っている頑丈な杖をつきながら、どうしようかと俺は考えた。その杖は魔法の杖のようだが、先の宝石ももう効果がないようで、魔力を注いでも何も起こらなかった。


 お腹が減りすぎて、俺は「逃げるなんて卑怯だろぉ!」と目の前に広がる暗闇に向かってそう大声で愚痴った。だが、辺りから気配がより離れるだけだった。


 あまりの圧力に気絶してしまった!とかはないらしい。

 それか気絶すると気配が消えるとか?と辺りを探索しても何もなかった。


 現実は無情であることに絶望しながらも、俺は杖をつき、歩くしかなかった。



 その後洞窟をさまよっていると、やっと目の前にモンスターがあらわれた。


 大きく丸い目にとんがった瞳孔が特徴的な緑色のトカゲで、こちらを見ると舌なめずりをしてニイッと威嚇のように睨み付けながら笑ってきた。


「調子に乗ってんじゃねぇしゃあ!」

「いや乗ってねぇよ」

「しゃべ……まぁいいしゃあ!先手必勝しゃあ!」


 俺が話すとトカゲは冷や汗をかいていた。

 臨戦態勢に入ったトカゲは、予想より殺意がそんなにないように思えた。もしかして、こちらをおちょくって来ているのだろうか?エサとならずに戦ってそそくさと逃げるだけなのか?


 なんとなく、逃すわけには行かない。


 トカゲは「シィッ!」と息の音をさせると、曲がりながら走ってきた。

 そして俺に近づくたびにしっぽをゴツゴツとぶつけてくる。先端が尖った岩になっていて、それでいつも攻撃しているようだ。


「ハァ……ハァ……どうだ、早いだろ?」


 そして元の定位置に戻ると、肩で息をするほど疲れていながらも、その自慢をやめることはなかった。


 だが口ではいろいろと言っているが、体は正直なようで、たまに足の力が抜けて体制が崩れていた。たぶん実力を見せつけるためちょっと無理したのだろう。


 一方俺の体には傷一つなく、全く何も変わりなかった。


 俺は近づき、回復魔法をかけてやった。

 トカゲは逃げようと後退するが、やはり怪我で体がおかしく、走れなさそうだ。


「大丈夫か?」

「心配するな、これもいつもの事しゃ、って何しゃあ……?」

「俺は殺意のないやつは自分の手で殺さないっていう主義なんだ。」

「……正気か?それで生きて」

「俺は敵を増やしたくないんだ。」


 トカゲの言葉を切るように強めな口調で言った。それはトカゲにもちょっとは響いたようで、驚いて言葉もでないようだった。

 生きていけなくてもいい変な野郎だと認識されたのだろう。


 それでも俺は回復魔法をかけた。

 人間であることを表す証明にでもしたいのだろう。


「ふっ!馬鹿め!そんな」


 トカゲは回復するや否や、俺の事を攻撃してきたが、さっきと同じで俺は無傷だった。だがその後、それで諦めたのか、さっきのように息を乱しながら少し離れると、顔を突っ伏せて諦めたかのように体を広げた。

 降参の合図だろうか。


「……すみませんでした」

「あやまるのか。」

「お前は強いしゃあ、たぶん洞窟のなかで一番強い。俺様が保証するしゃあ」

「そうなのか……ありがとうな。心優しいトカゲさん」

「ちょ……あぁもう!調子出ないしゃぁ!もう!だけど次はこうは行かないしゃあ!またな!」


 そう言ってトカゲは泣きながら逃げ去っていった。


 なんだったんだろアイツ。


 洞窟のモンスターにはこんな生意気だったり、恐怖知らずなものばっかりなのだろうか。明確な殺意はなく、ただ戦うだけのモンスターばかりしかいない。


 なんか極悪人とか気兼ねなく殺せる生物いないのかな〜……ってこの洞窟にいるわけがないよな。


 もうそろそろ肉が食べたくなってきて、エデンの取ってきてくれたドラゴンのことを思い出す。だがそのドラゴンも家族がいて、己の心があり、死ぬときは嫌だと暴れる。


 ……エサはまだあの虫だけでいいか。

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