第1話 小さい僕

「君にはあの”少女”に行ってほしい」


天井に指をさして話す


そう語りかけるのは、デスクに座る一人のおじさん

総督と呼ばれるこの国のトップ

ゆで卵を彷彿とさせるような丸っこい禿頭に、下顎には若干の脂肪がついている

丸メガネが怪しげにひかり、レンズの隙間から行ってくれるよなとばかりに正面の男に圧を掛ける

背後の壁には、祖国の団結の象徴たる国旗が飾られている


指し示された天井には、まるで一人の白い少女が背中を眠っているかのような星、地球の唯一の衛星アルテミスの姿が描かれていた。



付け足してこれは極秘任務だ、と総督閣下から告げられた

総督の丸メガネが、困惑の顔を隠せない僕をうつしだしていた

真剣な表情で僕を見つめている


この問いに対し、僕の答えは一つしか残されていない。

YESしか…



総督が言い出した時点で、僕の答えは決まっていた

だが、総督がわざとそれを問いかけてきたのは、僕の決意を試すためだろう


現在、我が国はとある国と熾烈な宇宙競争をしている

どれだけ多くのロケットを宇宙に飛ばせるか

どれだけ遠くにロケットを飛ばせるか

どこまでの偉業を成せるか

それは国家と国家の威信をかけた戦争

巷では東西冷戦と言われた、冷たい空の下、両国の覇権を争う戦い

負けは認められない


それゆえに重いプレッシャーが、宇宙飛行士に降りかかる

最悪死ぬかもしれない

そんな重圧に耐えきってこそ、我が国の宇宙飛行士である

ゆえに、ここで求められる回答は


「もちろんです、閣下!!!」


僕は勢いよく、そして張りのある大きな声で返答した

総督は、ただコクっと頷いて一言


「よろしい」


そして、今に至るのである…



ーーーーーーーー



「ああ、もうダメだ。ダメダメだ。こんなダメ人間の僕に国家の命運を任せるなんてダメな国家だ!」


「おい、よせ同志フレチュフ。粛清されるぞ」


「もう、いいんだ。僕はこうして大義ある宇宙の先兵として捨てられるんだ。栄誉の死とか言って、失敗したら名前、姿形もろとも消えるんだ。どうしぇ、僕は失敗する。」


「そう悲観的になるなよ。お前がやろうとしている任務は、世の宇宙飛行士全員が憧れる任務だぞ。なんてたって、世界初の月面着陸なんだから、これほど名誉なことは例にない。お前ほど恵まれて人なんかこの世にいないんだゾ。分かったかショタ!」


「言ってくれるな同志ミカエル。これほど名誉ならなぜ僕の涙は止まらないのさ。」


「そりゃ、お前の目が不敬だからさ。」


軽口を言いあっているコイツは同僚ミカエル。

金髪碧眼に、口を三月形に微笑めばトレンドマークの白い歯がキラーンときらめく、腹立たしいほどイケメンな彼とは親友の仲だ。

こいつとは僅か一年の仲だが、宇宙飛行士育成学校の同期で、ともに遠心分離機で脳と体が分離する体験をしたり、放射線被爆体験をしたりと苦楽をともにした、まさに戦友と言っても差し支えない仲だ。


本音を言っても密告されないほど仲がいい、というこの国のことわざがピッタリなほどにだ。

だからこそ、多少の不敬なことでも話せる。


「総督閣下はまったく人を見る目がない。もし僕が総督だったら今回の危険な任務はミカエルに任せてたよ。なんてたって、失敗しても全男性のためになったというこ大義が存在するからね。」


「おいおい、そんなことしたら帰りを待ってるハニー達が泣いちゃうじゃないか。」


「く、爆発すればいいのに…」


「今回の任務、お前が爆発しないように祈っておくよ」


そう笑いながら、ミカエルはエールが満杯に入ったジョッキを一気にあおる。

こいつ、僕が酒気厳禁なのを知ってか見せびらかすようにエールを飲んできやがる。


「」



仲間の制止も振り切って、勢いのままジンを一気飲みする





「……れをやったら脱出ポットが、って聞いてますか?」


あ、ヤバい

整備士の説明を無視していた


「…プレッシャーを感じて集中できないのは分かりますが、ちゃんと説明を聞かないと死にますからね。」


コックピットのガラス越しからそう脅して、顔を膨らます女整備士

彼女の顔には女性らしい化粧が一切ついていない

代わりにすすと油汚れがついていて、彼女の褐色肌には、女よりも整備士を優先してきた証として刻み込まれていた


他の人から見て、僕の顔は一体どうなっているのだろうか

青白い肌に、おそらく目の下にはクマがある不健康的な人物に見られるだろう

健康的な褐色肌を持つ女整備士と、不健康な僕は対照的な存在



こうなった原因は全て、”あの命令”のせいだ

心の中で、あの総督を呪う

スチールウールのような薄い髪に、丸眼鏡しか顔面の特徴がないあの総督を…



僕にとっては気が乗らない命令

もし、これが本当に宇宙に行きたい人だったら、喜んでその命令を受けていただろう

しかし、僕にとって宇宙飛行士というのは、宇宙に行くという夢を叶えるための職業ではなく、なんとなく宇宙飛行士になったら人から見下されずに済む、隠れ蓑程度のものなのだ


昔から僕は小さかった

クラスの女子よりも背が低かった僕はいじめの対象だった

そのストレスをぶつけるように、僕は勉学に打ち込んだ

いつか見返して、偉くなったら見下されずにすむと思っていた


幸い、国一番の大学に入学することができた

そこで学んだのが宇宙工学

選んだ理由は、なんとなく字面がカッコイイ

そんなこんなで過ごしているうちに、宇宙飛行士になってしまった



今でも背が低いことは変わらない

僕のニックネームは”ショタ”で、低いことをネタにされているのは昔と変わらない

というか、今の方が女性方からもいじめられて酷いかもしれない

最近だと昔より耐性がついたから、そんなことには動じなくなった



閑話休題


そんなやる気のない僕が、”少女”に行くという栄誉のある仕事を承っていいのか

他の宇宙飛行士に対しての申し訳なさ、罪悪感で心がいっぱいだ

断ればいいじゃないか、と思われる方がいるかもしれないが、そんなことをやったらこの国では殺される

殺されようとも意見を言える度胸は僕にはない

だからこそ、いじめられていたし、そんななあなあな姿勢が宇宙飛行士になったともいえるのだが…



グダグダと考えている暇にも、時は進む

整備士から最終点検完了の知らせが届く

いつの間にか、発射準備は完了していたのだ

あとは、司令部の発射許可とカウントダウンを待つだけとなった


司令部から連絡が来る


”発射段階に至った、あとの質問は?”


反射的に”なし”と答える


”心残りのあるものは?”


これも反射的に”なし”


”最後に言い残すことは?”

これも反射的に”なし”

というか、その質問って死を目前とした人に送る質問のそれじゃないか

あまりにも不謹慎だし、突っ込みどころが多すぎる

俺はまだ死にたくないんだ


ふと、家族のことを思い出す

田園風景の中に一つある家、その玄関には父母の優しい顔が、そしてバケット一杯にジャガイモを積んではこちらに振り返り、めいいっぱいの笑顔を見せる妹の姿が…

別に自分は死んでも構わない

が、故郷くにに残した家族とかわいいかわいい妹を残して死ぬのは惜しい


出発目前にして悩むことが多すぎる


まだ友人に最後の別れを告げてもいない


司令部が変なことを質問するから途端に心配になってきた

ああ、死なないように死なないように

俺は胸ポケットから女神の十字架を取り出して祈りだす


皮肉にも、その祈っている女神に会いに行くのだ

エンジンの音が鳴り響く


3…、2…、1… 発射!


その言葉を合図として、僕は地球を旅立った



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