37 レクス・マギア
なんというか、キズナはとぼけきっている。アーテルとイブが恐怖すら覚えるほどに、この半サキュバス少女はとぼけている。元々の性格なのかもしれないが、それにしたってKOM学園の首席と次席が息切れを起こすほどの手慣れ相手なのに、キズナはいとも簡単に攻略してしまった。
「なにしてるんですか? ふたりとも。クイーンベッドがあるとは思えませんけど、安心して眠れる場所くらいは──」
キズナの言葉を遮ったのは、彼女の私服のポケットにいつの間にか入れられていた無線機からの反応だった。おそらく、あの嫌味な少女ルーシがいれたのだろうと、キズナは通信機を手に持つ。
「なんすか」
『キズナ、ひとつ良いこと教えてやるよ』
「なにを? 結論から言ってよ」
『オマエやアーテルが〝カイザ・マギア〟だと思っていた現象の正体だ』
『思ってた? いや、あれが〝カイザ・マギア〟なんじゃないの?』
アーテルとイブが仲直りする直前、ふたりは犬猿の仲であった。その理由の真相はキズナにも知り得ないことだが、肝心なのはふたりが激突しかけたとき、キズナが使った魔術である。
あのとき、キズナは確かに〝カイザ・マギア〟を使ったはずだ。そしてイブを気絶させ、問題の収束を図ったら連邦政府に目をつけられ、国家最強の魔術師集団〝セブン・スターズ〟の予備生を倒せ、なんて無理難題を押し付けられた。
と、信じていたキズナだったため、彼女は首をかしげる。
『近くにアーテルやイブはいるか?』
「いないけど、もうこっちへ来ちゃう」
『なら、端的に言うぞ。オマエの使った術式は〝レクス・マギア〟だ』
「はあ?」間の抜けた声を漏らす。
『訳すと、王の魔法。王は近くにいる者の力を鼓舞して高め、同時に敵とみなした相手を支配する。たとえば、恐怖の感情を与えるとか、な』
「へえ」
『気の抜けたヤツだ』ルーシはケラケラと笑い、『それと、もうひとつ。オマエらが進む場所はロスト・エンジェルス領土内でもっとも危険な場所だぞ。私だったら、アーテルとイブを気にして別の道を選ぶかね』
「ああ、そう」
『ま、人生は自由度の塊だ。のるかそるかは自分らで決めろ。んじゃ、オーバー』
通信機が切れた。キズナは翻弄されている気分になり、珍しく舌打ちしかけた。
が、近づいてきたアーテルとイブの前でそんな姿は見せられない。彼女は吐きかけた舌打ちを呑み込んだ。
「ねえ、お二方」
「なにかしら?」
「な、なに?」
「ルーシいわく、ここから先はとても危険らしい。なにが潜んでるかは教えてくれなかったけど」
「だ、だったら、別の道を行く?」
「そっちのほうが良いと思うな。僕は」
「キズナとアーテルがそう言うのなら、従うわ」
とはいえ、真逆の道が安全で安心なわけもない。というか、なぜルーシはこのタイミングで〝カイザ・マギア〟と〝レクス・マギア〟の違いを伝えてきたのだろうか。別に話すタイミングなんていくらでもあったはずなのに。
と、思慮を巡らせていれば、
「──イブちゃん!?」
アーテルが目を見開き、らしくもなく声を荒げた。
白い髪の白い少女、イブが何者かの攻撃によってその場に倒れたのだ。
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