第7話
『あら、
煌びやかな女性たちに囲まれた
優しく微笑むと、花蓮の傍にいた小鹿と雪久に目を留めた。
『そちらの素敵な紳士たちはどなたです?紹介していただけますか?』
『ええ、そのつもりで。』
花蓮は煉陽明に二人を紹介すると彼は立ち上がり頭を下げた。
その立ち振る舞いに女性たちは少し動揺していたがその美しさは雪久にも
よくわかった。
『それで…
煉陽明の言葉に雪久は小鹿を見る。
小鹿はにこりと笑うと聞きなれない言葉で彼に話した。
それに続き煉陽明も答えると小鹿は頷く。
その場にいた者で彼らの話を聞き取れるものはいなかった。
二人は会話をし終えると握手をする。
小鹿は雪久の手に触れると顎をしゃくった。
花蓮をそのままにして壁のほうへと歩いていく。
そして人気がなくなると小さな声で言った。
『後で少し時間をもらった。』
『ああ…先生、外国語が出来たんですね。知りませんでしたが…。』
『昔ちょっとね。』
『ふうん、便利そうですね。少し勉強します。』
『フフ、雪久のその勤勉さが僕の誇りだ。』
『で…調査対象である彼について分かっているんですか?』
小鹿はふうと溜息をつくと壁にもたれた。
『まだだ、謎が多くてね。異国人というのもあるが…煉陽明に日奈木木綿子が
かかったことがあるとだけ情報があった。』
『なるほど。というか管轄外の調査になったから分からないということですか。』
『察しがいいな。日奈木木綿子は出国はしていないが、居場所が掴めない
となると
その後に続く言葉を想像して雪久は俯いた。可能性としてはありえる。
『でも考えても仕方ないので、時間まで僕は美女たちと戯れてくるよ。』
小鹿は雪久の肩をぽんと叩きパーティの群れの中へと入っていった。
雪久はそれを見送ってから会場の開け放たれたドアからテラスに出た。
テラスにも少し人気があるが、それぞれが熱い情事を交わしている。
ポケットから煙草を取り出すと火をつけ煙を吐く。
空は星が輝き月が煌々と照っている。
テラスの壁にもたれて指で煙草を持つと、左の暗がりから男の悲鳴が聞こえた。
カツカツとヒールが鳴り真っ赤なドレスの女が現れた。
異国のドレスで膝元で切れ込みが入り白い足がちらちらと見えている。
腰まである長い髪を片手で流すと何かはき捨てるように言った。
雪久はそれを見つめながら煙草を銜える。
女は雪久を一瞥するとすぐに会場へと入っていった。
暗がりでは男のうめき声が聞こえて心配になり顔を出した。
『大丈夫ですか?』
男は殴打されたのか頬に手を当てている。
『ああ、大丈夫。ちょっと声をかけただけなのに。』
男は服装を整えるとまた会場へと入っていった。
どうやら失敗したらしい。
視界の端に入り込む唇を貪りあう男女を見ると、こうしたパーティで成功者だけが
ああなれるようだ。
邪魔にならないように煙草を消すと会場へと戻った。
パーティは
指定された場所へと移動する。
ホテルの一室で煉陽明だけがそこにいた。
『すいません、お時間をいただきました。』
煉陽明はそう言うと二人を迎え入れて座るように促した。
『まずは飲み物を。』
彼はそう言って暖かいお茶をいれ机の上に置いた。
小鹿が口をつけると煉陽明は微笑む。
『それで…日奈木木綿子さんのことでしたか?』
『ええ、あなたにかかったと聞きまして。親族が心配しておられてね。』
『それはそうですね。ですが、残念ながら彼女はもう…。』
煉陽明はポケットから時計を取り出すと机に差し出した。
時計は古いもので女性物のように見える。
『こちらが遺品。彼女の最後を聞きたいですか?』
小鹿は時計を手にとってから頷いた。
『ふむ、出来ればあなたと会った時からお聞きしたい。』
『ああ、そうですね。わかりました。』
煉陽明と日奈木木綿子は街中で出会った、丁度車が事故を起こして
それに当たられたのが木綿子。
彼女の怪我を心配した煉陽明が手当てをしていたが歩けるようになるには難しく、
長く面倒を見ていた。
けれどその後風邪をこじらせて帰らない人になったと。
『ああ、木綿子さんは十年ほど失踪状態ですから…それほど長く
面倒を見られたと?』
『ええ。それに少し記憶障害もありましてね。彼女が覚えていたのは
名前だけです…。』
『なるほど…けれど何故彼女の身元を照会しなかったんです?』
それに煉陽明の顔が少し曇った。
『…色々とありましてね。』
『ああ。恋に落ちたということですか?』
小鹿の問いに煉陽明は苦笑する。
『…ええ、素敵な方でしたからね。彼女もそのようでした。木綿子自身も
傍にいたいと希望したので私は返せませんでした。』
『ずっと日本に?』
『ええ、この近辺に家を借りてそこで療養させていました。…何もかも
間に合いませんでした。』
『そう。木綿子さんからはご家族の話は?』
『いいえ…彼女は覚えていませんから。それにあなたから話を聞いて
私が驚いているくらいですよ。』
煉陽明が笑うと小鹿は指を組んでまっすぐに彼を見た。
『それで…彼女は本当に死んでいるんですね?』
『…疑うのですか?』
『ええ、依頼主がいますので。真実であれば申し訳ないが。』
大きく溜息をつくと煉陽明は奥に向かって誰かを呼んだ。
それに答えると赤いドレスの女がやって来た。
テラスにいた女だ。
『シャオ、メイメイを呼んできておくれ。』
シャオと呼ばれた女は頷くとまた引っ込んで奥から小さな女の子を連れてきた。
まだ三歳ほどで指しゃぶりをしている。
煉陽明は幼子を抱き上げると笑う。
『正直に申し上げますよ。これはメイメイ、私と木綿子の娘です。メイメイを
産んで一年前に亡くなったんですよ。そこにいるシャオは木綿子の侍女でした。
疑うのなら聞いてもらってかまいません。私は席を外します。』
そう言って彼は奥へと引っ込んだ。
シャオは小鹿に微笑むと頷いた。
『ええと、シャオさん?』
『はい。』
『真実だけお話いただけるとありがたいが。』
小鹿の言葉に眉をぴくっと上げると頷く。
『なんなりと。』
シャオは小鹿の問いにすぐに答えた。
けれど木綿子の話になると涙ぐみ言葉に詰まった。
シャオは煉陽明の傍にずっといたわけではなく、木綿子が拾った娘だった。
それに恩義を感じていると彼女は語った。
『なるほどねえ…君のことは身元を照会すればわかりそうだね。辛い話を
させてしまった、ありがとう。悪かったね。』
『いいえ、木綿子は私の母のような人でしたから。あの…。』
シャオは少し焦った様子で顔を上げた。
『木綿子の遺骨はご遺族に返されてしまうんでしょうか?』
小鹿は少し黙ると俯いた。
『うん、そうなるかも知れないね。』
『そう…。』
苦痛にゆがむ顔に嘘はないように思えた。
帰宅する車の中で助手席に座る小鹿は手の中で煉陽明から渡された時計を
見つめていた。
ハンドルを握り雪久は横目でそれを確認する。
『瑪瑙さんにはどう報告をするんです?』
小鹿はシートにもたれこむと長く息を吐いた。
『うん…とりあえずシャオの身元照会をして、煉陽明の元で葬儀があったか
どうかの確認が必要だね。少し時間がかかるだろうが…。』
『そうですね、煉陽明はまだ日本には滞在すると言っていましたし。』
『うん、それはありがたいことだ。疑わしい部分はあるが煉陽明自身は
悪い人間には見えなかった。』
『ええ…。』
煉陽明の話が真実だとすれば愛する妻を亡くした彼の心痛はいかほどだろうか。
幼い娘と共に過ごす時間は愛しあった日々を思い出すには十分だろう。
それに…雪久はハンドルをぎゅっと握った。
『先生…俺は日奈木の家のことはわかりませんが、木綿子の夫は捜索願いを
出していたんでしょうか?』
小鹿は首を横に振る。
『いいや…彼女が失踪したのは十年前、彼女はまだ若かったから…。もしかしたら
そういった事情もあったのかも知れないね。』
『そう…ですか。瑪瑙さんからはどのように?』
『彼女からはまだ小さい頃だったから生きているなら会いたい、探して欲しいと。』
『そう…。』
小鹿はポケットから煙草を取り出すと銜えて火をつけた。
『でも確認が先だ。感傷にふけるのはそれからでも遅くはないだろう?』
『そうですね。』
『確認は僕がしておく。ああ…それと今日はありがとう。家の近くに
花屋がなくてね。』
小鹿は後部座席の大きな花束を見るとフフと笑う。
『いえ…今日くらいは役に立ちますよ。』
『ハハ、雪久はいつも役に立ってるよ。』
月明かりの中、小鹿邸に到着すると玄関ドアが開き
『おかえりなさい。』
小鹿は花束を持つと沙耶に差し出した。
『沙耶、お誕生日おめでとう、ごめんね遅くまで留守にしてしまって。』
その様子を車の運転席で見ていた雪久は嬉しそうな沙耶に微笑む。
『じゃあ、俺はこれで。』
二人に見送られて雪久は車を発進させた。
情報が上がるまでには少し時間がかかった。
特に葬儀については日本の業者ではなかったらしく、全てがわかったのは数日前だ。
雪久はその間、小鹿からの仕事をこなし空いた時間に外国語の勉強をしていた。
古書店で教科書やら探している時にシャオに出会い、彼女の厚意で日常会話を
教わっていた。
今日はシャオが来る日で家の中で珠がそわそわしていた。
今日はもういいよ、と言ってもシャオに会いたいらしく珠は掃除しながら
玄関をちらちら見張っている。
シャオは時間通りに現れて玄関扉を開いた。
『こんにちは。』
雪久が返事する前に珠が飛び出て赤い顔をして微笑む。
『いらっしゃいませ。』
シャオはおかしそうに噴出すと靴を脱ぐ。
彼女が居間に入ると珠は急ぎお茶を入れに台所へ飛んでいった。
『悪いね、…君が好きみたいで。』
二人で席に着くとシャオは口元に手を当てて笑った。
『ううん、かまわない。妹みたいで可愛い。』
珠がお茶とお菓子をもって現れるとシャオは珠に微笑んだ。
『ありがとう、珠。』
珠はそれに胸に手を当てると嬉しそうに微笑み、部屋の端に座った。
数時間してシャオが時計を見上げて頷く。
『今日で終わりか…もう随分上達したんじゃないかな?』
『そうか…それならシャオのお陰だ。ありがとう。』
『いいや、雪久の勘がいいんだよ。発音もいいし、難しい言葉なしなら
大丈夫そうだ。』
シャオは笑うと立ち上がった。
ポケットを探り部屋の隅にいる珠の前に立つと手を差し出した。
『シャオさん?』
きょとんとした珠にシャオは手を開く。
その手の中には小さな鈴があった。
それを珠の手に握らせる。
『今日でここに来るのは最後だから。お守りにね。神社の前に出てた屋台で
買ったんだ。珠にあげる。』
『いえ、そんな!』
『珠に似てたから買ったんだ。可愛らしい赤い鈴。』
困った顔の珠に雪久は頷く。
『貰っておきなさい。シャオがくれるというのなら。』
『よろしいんですか?』
珠の言葉にシャオは微笑み頷いた。
『もちろんだ、今日までお茶をありがとう。こんなに親切にしてもらったのは
二度目だから。ありがとう。』
珠はくしゃくしゃに笑うと泣き出しそうに俯いた。
『ありがとうございます。シャオさん。』
シャオはハハっと笑うと珠を抱きしめた。
珠の涙と別れ、雪久はシャオを送って街中まで来ていた。
この辺りからシャオの住む家はもう少しあるが、ここでいいと彼女は笑う。
『今日までありがとう。シャオがいなかったらもっと大変だった。』
『いいよ、そんなこと。それより木綿子のことだけど…。』
シャオは少し伺うような顔をした。
『昨日、先生が木綿子を帰しに行くって話してた。その辺のこと
聞いてもいいかな?』
『ああ。』
そういえば小鹿からの連絡ではその辺りを詰めるとは聞いていたが。
『まだその辺は聞いてないんだ、悪いがわからない。』
『…そうか。なあ、雪久。もし木綿子を送る時は私たちは一緒に行っても
いいんだろうか?メイメイのお母さんでもあるし。』
『それはわからない。日奈木の方にも聞かないと。』
『そうか。』
シャオは俯いて拳を握る。
『雪久に言ってもしょうがないが…メイメイは今でも木綿子の傍で寝ている。
取り上げると泣くから…どうやって説明したらいいんだろうな。』
雪久の脳裏に指しゃぶりしていた幼子が浮かんだ。
『まだわからない子供にどうやって…。』
シャオは唇を噛むと目をぎゅっと瞑ってからにこりと笑って見せた。
『ごめん。こんなこと言っても仕方ないのに。』
『いや、そんなことはない。家まで送ろうか?』
『ううん、ここでいいよ。独りで帰れるから。じゃあ、またな。』
『ああ、また。』
長い髪をさらりと揺らしてシャオは帰っていった。
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