第13話「人殺し」3
私達は急ぐ旅でもないので、上級昇格のお祝いをしたのでした。一晩中楽しい思いをしました。お酒のせいもあるのか、久しぶりに楽しく笑えた気がしました。
このまま楽しく、ずっとみんなで冒険していけるんだ。
深夜、みんな部屋で酔い潰れていましたが水が飲みたくなり目が冷めました。ガイマンさんを踏みつけてしまいましたが、微動だにしないことが面白いです。
「ん…?なんだろう」
二階の窓から街をふと見てみると、月明かりで周囲を蠢く影が見えたのです。
「満月…魔物が出てもおかしくないですね」
満月の夜は魔力が世に溢れます。そうすると下等な魔物が生まれることがあるのです。そうなれば聖職者の出番です。いくら下等な魔物とはいえ、対応できない者から見れば危険な存在です。
「よし!上級冒険者として、聖職者として未然に防がなきゃ」
私はちょっと調子に乗って意気揚々と街へ出たのです。妙な影の動きは宿の裏に向かったようです。
「足跡…人?」
明らかな複数人の靴跡です。すると、宿の裏口をこじ開けようとしている5人組がいたのです。
(盗賊っ!?)
腰には鞘もない刃が出たままのナイフ、短刀、水筒に見える筒はおそらく毒。対人戦闘なんて経験のない私には無理です。そっと引き下がり、衛兵を呼ぼうとしたのですが、
「うぐっ!?」
後ろから急に首を絞められたのです。もう一人いたのです。
「おいおい、目当ての一人が外にいるとは。お前ら、油断しすぎだ」
「お、一番小さい女じゃねえか。回復役のガキだな?」
助けを呼ぶにも首を絞められていては無理です。私は緊張と恐怖で全身が震えていました。
「おっとと、殺しちゃいけねえ。聖職者は高く売れる。」
「げほっげほっ…お、お金ですか!お金なら金貨が!」
私は懐の金貨が入った袋を取り出そうとすると、全員がせせら笑っているのです。すぐに口に縄を巻かれました。
「金貨はどうせもらうし、お前も売って金がさらに手に入る。ここではいらねえよ」
恐怖におびえつつも、冷静に盗賊を観察します。小綺麗な服装の割には生地に厚みがあるのは切られてもいくらか防御するための何かが仕込まれているはず。私を見つけてすでに全員が撤退しようとしている手際の良さから手配が出ているほどの盗賊でしょう。きっと今この盗賊達が一番避けたいことは…。
(もふた!)
私は右腕から闇のウルフを召喚しました。いっきに飛び出したもふたは私の縄を食いちぎり、周囲の盗賊を弾き飛ばしました。不意打ちと想定外の増援が最適解のはず。
「うお!?召喚獣かっ。ガキの聖職者のくせにずいぶん魔法が得意なんだな。だが、対策はしてある。」
後方で弾き飛ばされた男が魔術を唱えると、鎖が飛んできたのです。拘束魔法は基本ですが、金属製の魔法は瞬時に出すには相当な魔力量と訓練が必要です。明らかに対人経験が尋常ではない。闇のもふたも魔力性の鎖には捕まるようで、私も再び捉えられてしまったのです。やはり、私の血も消費する。
「だ…れ…か!…こえ…が!?」
大声を出そうとした瞬間、私の喉は枯れていたのです。口に縄をされた時、同時に魔法をかけていたのでしょう。完全に魔法や相手の抵抗に対策をしています。もう、私には一つしか手段がない…。
「よし、そのまま縛った状態で連れてこい。森に隠した馬車へ行くぞ。」
街を出た盗賊達は森の中へ入ると、隠していた馬車まで歩いていきました。魔法使いの盗賊に背負われたアンジェリカが暴れないことに、全員が不審に思い始めました。
「おいガキ…余計なことはするなよ。あの状況で落ち着いて反撃するお前のことだ。何か企んでいるんだろ」
「………」
「リーダー、こいつ喉を魔法で潰してるから話せないよ」
「あ、そうか」
男が荷馬車の布を開くと、私の心臓は跳ね上がりました。中には街にいたであろう子どもが数人、捉えられて眠っているのです。
「2日だけ我慢しろよ。そうしたら飼い主様のところにつくからな」
私が助けなければ。この子達はどこかに奴隷として売られてしまう。私が…やらなければ。そう考えた瞬間、視界がぐらりと揺れたのでした。
「ん?おい、どうした。なんだよ、白目向いて気絶してやが…」
刹那、アンジェリカの右腕から闇が溢れ出たのです。まるでダムが決壊したかのような膨大な闇が、盗賊達だけでなく周囲ごと飲み込んでいくのです。
「なっ、なんだこいつ!?浄化だ!浄化しろ!」
「だめだリーダー!魔法が出せない!?」
思わずアンジェリカを投げ捨て、馬車に乗り込もうとする盗賊達。しかし、馬はすでに命を吸われ、死んでいるのです。
「ひぃいいい!?」
全員がその場から逃げようとすると、闇が足にまとわりつき、微動だにできないのです。そして投げ捨てられたアンジェリカがゆるりと立ち上がり、のらりくらりと歩み寄ってきたのでした。その目は、白目も無く、ただただ黒く染まっている。それを見てしまった盗賊達は、声も出せないほど恐怖を覚えたのです。身体はまるで凍ったようでした。
「ア…お…コロ…せい、しょくシャ…ぎび」
「た…たすけ」
アンジェリカはまず、動けなくなった一人の顔に右手を添えた。その瞬間、右手から闇が溢れ全身を包んでいくのです。
「いぎやあああああ!?あ”あ”!?いやだああ!?いだいいいだいいいいい!」
数秒で闇が晴れると、そこにはもう男の姿はありませんでした。また、アンジェリカは無感情にのらりくらりと次に迫っていくのです。
「つ…ぎつぎ…ノンだ……」
四人、闇で飲み込んだあと最後に残ったのはリーダーの男でした。全員の悲鳴を最後まで聞いていた男は失禁し、涙や鼻水を垂れ流しています。
「へ…ふへへ…これが死か…。あっ、いやだっ…しにたくなあ”あ”あ”あ”!?」
最後の悲鳴が消えたあと、馬車の周りは静寂だけが残っていた。
そして日が昇った頃。
「おい、おい起きろアンジェリカ!」
「う…ううん」
私は目が覚めると、ルーカス達に抱き起されていました。周りは衛兵さん達が取り囲んでいました。
「あれ…私…盗賊に攫われそうになって……あれ?」
記憶がごっそりと抜け落ちている。私はなぜ助かったのだろう…。
「アンジェリカ、貴女だけでも無事でよかった…。」
「……え?」
ファスカの言葉に、耳を疑いました。ガイマンさんは、唇をかみしめています。ルーカスは苦い顔をしている。私は皆の腕を振りほどき、衛兵さん達が囲む荷馬車に無理矢理飛び乗りました。
「そんな…そんなっ」
中にいた子ども達は全員、手を組まされ顔を布で隠されているのです。
「な…なんで…」
アンジェリカが腰を抜かして膝から崩れ落ちると、後ろから衛兵の隊長らしき人物が重く声をかけた。
「盗賊達はこの子達を殺したあと…逃げたようだ。君は戦ってくれたんだろう?現場の跡で分かる。よく…たった一人で勇敢に戦ってくれた。」
「奴ら、気配消しの魔法を使えるパーティだったらしい。俺達が気づかぬ間に、よく頑張ったな…。俺は衛兵として恥ずかしい。」
私は起き上がる力もなく、絶望していました。
なにが…上級として…なにが回復役として…なにが聖職者としてでしょう。
結局誰も助けられなかった。宿を出る時にみんなに声をかければこんなことには…いや。
私に力があれば…。
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