第31話 身近に潜むサーバーの本体

『ズドォォォーン!』


 僕の放った水鉄砲が少し離れていたタイタンに直撃する。

 すると水をかぶったタイタンが体の節々から蒸気を出し、体のあちこちから軋む音がする。


「……なっ、ガイア」

「ど……、どういうつもりなの?」


 まるで電気系統がショートし、狼煙のようなものを上げるタイタン。

 その途端、僕と敵対していた女の子は泥人形のようになり、その場で形が少し崩れ、有無も言わずにボロボロの姿となった。


「やっぱりお前が本体かタイタン……。

いや、メインサーバーさんよ」

「ガ、ガイアいきなり何言って?」

「キミとは奇妙な出会いから始まったよな」

「なっ、ふざけるなよ!」


 背中越しのタイタンが怒った顔だけを向けて、震える指先をこちらに向ける。

 僕が睨んだ通り、あの女の子は注意をそらす囮だった。

 女の子にしたのも経験豊富ゲーマーな僕に無意識に力を出させないため。

 本気の力を出す前に僕自体をこの世界から消す。

 そう、真に戦うべき相手はタイタンだったのだ。


「この電脳空間で争う理由もないのにガキたちにイジメられていた時から、怪しいと睨んでいたけどさ」

「うん、ボクにも色々あってね」

「そんなキミの自立した性格でイジられるのが逆に不思議でね。普通の小学生なら神と思わせるような設定が普通だろう?」


 拳を強く握り、タイタンが黙って地面を見下ろす。

 僕の名推理に諦めたのか……。

 いや、態度からして、そんな弱々しいタイプの男じゃない。


「この妾を無視して他所の者と会話をするとは!」

「一心同体が何を言ってるのさ」


 今日の僕は冴えている。

 どうやら勘とやらが当たっていたようだ。   


 体中が細かく割れた女の子がコードを槍の形にして僕の頭上に飛びかかってくる。

 それが逆に命取りな行動だとも知らずに……。


『ズドーン!』

「ぎゃあああぁー!?」


 空中で無防備な女の子に水鉄砲の水を当てると胴体の部分に大きな穴が空いた。

 血液と命をつなげる運動源、その心臓の箇所が消し飛んで、無事で済む生き物はいない。


「なあタイタンよ。お前がトンデモナクエスト10の創立者なんだろ。だからこの空間にも現れた」


 僕は糸の切れた人形となった女の子を樹木の幹に寝かせ、新たな敵となったタイタンに鋭く尖ったナイフの切っ先を輝かす。


「いくらクソゲーでも自分が生み出した我が子は可愛いと思うのが心情……ゲームライターな僕も分からないでもないさ」


 僕はナイフを構え、すり足で移動しながら、タイタンとの距離を詰める。

 水鉄砲は実弾と一緒で距離が近いほど攻撃力が増す。

 さっきの女の子を一撃で仕留めたのは、この力をプラスし、カウンターとして相殺したからだ。


「う、うるさいな。ボクの何が分かるっていうのさ。そうやって面白がって自己満足を得たいだけなんでしょ!」

「そう、その会話も不自然なんだ」


 タイタンに語彙力とは何かと伝えようとする。

 相手が本当の幼子だったらと思うと、何てイタい相手と出会ってしまったんだと。

 もしそうだったらと後悔ばかりが募る……。


「小学生とは思えない言葉遣いに難しい言葉の駆け引き。さらに文学小説を読んでいるなんて……」

「ボクが読んでるのはライトノベルだよ?」

「そのライトノベルは主に癒やしを求めた社会人が読むものなんだけどね」

「うぐっ……」


 図星だったのか、口籠ってしまうタイタン。


「キ、キミなんかにボクの苦労が分かってたまるかー!」

『ビュー、ビューン!』


 投げやりになったタイタンがあの女の子のように服の袖口から無数の配線コードを僕に飛ばす。

 僕はナイフを投げて進行方向をずらし、フォークで絡め取る。

 残念ながら、相手の主導権が移っても、二番煎じのタネなど僕には通用しないよ。


「本当に愚かだよ。タイタン……」

「今後の作品がクソゲーにならないよう、出来ることなら話し合いで解決したかったよ……なあ、タイタン……」


 僕は食卓セットを異空間にしまって、そのアイテムボックスから一際大きい剣、シャイニーズリセットソードを出して、エネルギーを溜める。

 この刀身にはプログラミングの言語が固められており、触れる敵の情報(プログラミング)を破壊するという僕が作ったオリジナルの剣でもある。

 それはすなわち斬った相手の動きをフリーズさせ、その部位を消滅させるという恐ろしい武器でもあるのだ。


「うるさいっ、海の藻屑となれ!」

『ビュン、ビュ、ビュゥゥーン!』


 左右で捻れたコードが中央で合わさり、大波のように僕に襲いかかる。

 だからこの紐の攻撃は見抜いたから、やっても意味ないって。


「そうか。大人になれば生き方を変えられないともいうが、キミも立派な大人だったんだな」


 柔軟な考えを持った子供は大きくなるにつれて、経験してきた考えで将来の人生を決定づけられる。

 その経験が高学歴のステータスで大手企業に勤務できたり、荒稼ぎで好きなことをするプロのスポーツ選手などと有望な人物が発掘スカウトできたりする。

 だからこそ恵まれなかった大人は自分の子供に勉学やスポーツなど、色んな経験を積ませるのだ。


「さよなら創設者」


 僕は精一杯溜めたソードを天に掲げ、そのままタイタンの体を頭からたたっ斬る。


『ドコッォォォーン!』


 周りが数列で描かれたプログラミングの爆風で吹き荒れ、この異世界の大地が閃光と共に激しく揺れた──。


****


「……んっ、眩しい」


 ──次に目が覚めた時は眩しい太陽ではなく、肉眼でもしっかりと見える白い蛍光灯だった。


「あっ、嘘でしょ……」

「……あれ、鶴賀浜つるがはまさん?」

「良かった。意識が戻って……」


 僕の両手を握り締めた鶴賀浜さんが大粒の涙を溢す。

 彼女がこんなに取り乱すなんて僕は何をしたんだろう。


如月きさらぎ君、ちょ、ちょっと待ってて、看護師さん呼んでくるから」


 看護師と耳にしたあたり、ここは病院なのか。

 僕は少し固めのベッドに寝かされて……腕には点滴が付けられている。

 何かの重たい病気の治療中か……でも集中治療室でもないし、そのわりには人工呼吸器すらもないし、治療法が簡素過ぎる。

 昔TVで観た、もう回復不可能で安らかに人生を終える、延命治療に似ているというか……。


「何なんだ……一体」

「うーん、あれ……?」

「クッ……。起き上がることすらも出来ないのかよ……」


 僕は点滴が外れないよう、ゆっくりと体を動かすが、点滴から鉛でも注入してるかのように身動きがとれない。


「そりゃそうよ。あなたは一ヶ月も寝たきりだったのだから」


 鶴賀浜さんに呼ばれた若いギャル系の看護師さんが驚いた表情でやって来て、僕の体を少し動かし、布団をかけなおす。

 寝たきりで筋力が落ち、自力では寝返りが出来ないから、こうしてたまに来て、手を加えるという感じらしい。


「僕はどうしてこんな場所に……」

「それはな。トンデモナクエスト10からの強制ログアウトにより、脳のシナプスに異常をきたしたんだよ」


 そんな灰色の病室に鮮やかな色が付いたかのように、懐かしい男の声がする。


「あっ、鷹見たかみ先輩……」

「良かった。先輩も無事だったんですね」

「ああ、如月君のお陰で助かったよ。ありがとう」


 鷹見先輩がお見舞いのお菓子をテーブルに置いて、さっさと立ち去ろうとする。


 窓の外は真っ暗な星の海だ。

 先輩がそっけないのは面会時間がとうに過ぎているからだろう。


「さあ行こうか、鶴賀浜さん。俺らには片付けないといけない書類がわんさかある。如月君の分もあるしな」

「はい。今日も残業ですね。それじゃあ、如月君」

「うん。バイバイ」


 いや、ただ仕事に追われていただけか。

 単なる優しさでもなく、この時間帯にしか来れなかったのだろう。 

 僕への気遣いじゃなく仕事優先の先輩に対して、ちょっと苛立ちを覚える。

 そのまま二人は僕に手を振り、静かに部屋を後にする。


「──何かやけに嬉しそうだな、鶴賀浜君。何か良いことでもあったのかい?」

「ウフフッ。はいっ。

良いことは常に転がってるものですよ」

「そうか。俺にとっては接待のゴルフのようなもんか……」


 僕は二人のやり取りを聞きながら、眠気に誘われるかのように、まぶたをゆっくりと閉じた──。

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