第5話 無事に会社へ帰宅

 ──うん、お疲れ様、僕。

 今日も何事もなく、無事にリアルに帰って来れた。


 頭につけたVRゴーグルを外すと見慣れたオフィスの暗い風景へや

 明かりは青白い光のディスプレイだけで、暗がりに慣れた目を離すと、窓の外は星が散りばめられた夜空で、ここから生活の営みが次々と消えていくのが見える。


 ゲームを中断し、PCのモニターから表示された時刻は深夜1時。

 とっくの昔に終電を過ぎていた。


 ふと、窓辺から横のデスクに意識を向けると鶴賀浜つるがはまさんはもういなく、そのデスクにはブルーのメモ用紙の書き置きと白いコンビニのレジ袋が置かれている。


「うーん、今日もいい仕事したなー」


 今日と言っても、すでに日付けは変わっていたが、ようは気の持ちようだ。


 僕は黒い椅子の背もたれに体重を預け、大きくのびをした。

 仕事と言っても、ただゲームをプレイしただけだが、職業柄、レビューを書くゲームは仕事の部類だと自分に言い聞かせている。


 こうでもしないとクソゲーを楽しむ心境にもなれず、プレイするモチベーションも下がるからだ。 

 誰が楽しんでつまらないクソゲーで遊んで、うわべだけでも良さげな感想まで書かないといけないのか……その答えとは己が食っていくために選んだ、いや、すがった仕事だからだ。


 あれも駄目、これも駄目、色々と面倒だからと、苦手な仕事を人任せに……と嫌がっているようじゃ、将来性を考えて、ろくな人材になりかねない。

 会社が本当に欲しい人材は、人がやりたくない仕事でも率先してやる人物を求めているのだ。


 ……と何かの就活関連の雑誌に載っていた記事であり、

『なるほどね、それでいつまでたっても出世しないのか』と心を入れ替え、本の通りに実践してみたら、このように嫌な仕事を上司から押し付けられる、なんでも屋な役柄になっていて……。


 最近では仕事以外の雑用、掃除なども頼まれ、本来の仕事が追いつかず、こんな時間になっても帰れない日々。


 ねえ?

 ここの会社は5Sどころか、3Sもできないの? 会社の売り上げを上げたいなら身の回りから変えていかないと……と声を大にして叫びたくもなるが、近くに井戸に繋がるほら穴もないから心に溜め込むしかない。


 そのストレスは購買欲へと直結し、ストレスを発散させるため、お金が続くまで食欲や物欲を満たすことに。 

 これが噂の買って損する衝動買いというものである。


「……おおっ、中々の物が入ってるじゃんか」


 レジ袋の中には新商品の肉まみれカップ麺醤油味や、プレーン味のサラダチキン、梅おかかのおにぎり、ごぼうのマヨネーズサラダ和え、さらにデザートのチョコプリン。

 どれも実に美味しそうで僕の好物尽くしだし、何より栄養バランスも不思議ととれている。


「……って、夜食に千円以上って、どこぞのお嬢様の買い物だよ」


 レジ袋に入っていたレシートに目を通し、思わず苦笑いしてしまう。

 まあ、わざわざこんな夜中に買いに行ってくれた相手に無理強いしてもな。


 そう感謝しながらもヒヨコのアニメ柄が描かれたメモ紙に、黒マジックの丸字で書かれた女の子らしい伝言も読んでみる。


『お仕事お疲れ様です。

あなたの体を少しでもいたわれるように色々と選んでみました。

お口にあえば幸いです。

頑張るのもいいですが、あまり無理しないでね。

鶴賀浜より』


 うむ、見た目も美人で高嶺の花だし、本当に良くできた大和撫子な女性だな。

 もし、まだこの現場にいたら優しく押し倒して寄り切り……じゃない、とてもいい人だな。


 もう一回り、僕が年下だったら、この手紙の相手、鶴賀浜さんに告白してたかもな。

 この歳を過ぎると、どうにも色恋に対し、安全圏な守りに身を固めてしまい、歳も離れた若い女性と付き合いたいというリスクも高すぎて、一緒に愛を育むという恋愛願望さえも浮かんでこない。


 それよりも老後に向けた蓄えの方が重要だ。

 何でも年金とは別に二千万の貯金がないと、将来は苦しい生活になるらしいとか。


 待て待て、まだこの文面に続きがあるぞ?

 僕は少しばかり期待しながらも続きの文を目で追う。


『……あと、この買い物したお金は明日全額請求致しますのでよろしくー』


 ほらな、美味しい話には裏があるものさ。     

 老後もだけど、女の子と接するにも色々とお金が必要なんだよ。

 今の安月給じゃ、恋人はおろか、一人で生活するので手一杯だ。


 ──さてと、そんな三十代による結婚適齢期を過ぎたおっさんの心の声はさておき、先ほどのクソゲーの情報を集めるために小休止を兼ねて、手元のスマホをいじることにした。


 なになに、トンデモナクエスト10は今までのシリーズと違い、よりプレイヤーに緊張感を持ってもらうため、VRゲーム上級者でもスリルのある設定にしているか。


 その一つがゲーム開始前の職業選択の項目であり、見習い勇者や、薄っぺら戦士、遊び人魔法使いなどという一風変わった職種も選べるようになっている……。


 ふむ、つまりあの勇者見習いって上級者向けの職だったと……。

 イメージがストイックでカッコいいからって安易に選ぶもんじゃなかったな。

 

 ……かと言ってゲームの最初からのアバター決めのやり直し行為等は、会社では時間のロスと信頼性に繋がるから禁止行為だし……おっと、長々と考えてる時間はないぞ、次の文にいかないと。


 フムフム、これらの特殊な職業はプレイヤー選択時で自由に装備品を選べても、それらは目で楽しむだけで、システム上でロックがかけられており、アバターが出来た時には、システム側のAIが選んだ装備に強制的に変更されるか……。


 要するに時短クリアして、すぐに手放すのを防ぐため、プレイヤーのメンタルをとことん潰すのが目的……とまでは記載されてはいないが、大方クソゲーでよくあるバグの仕業だろう。


 装備品が貧弱な物にすり替わってしまうのも遊び心じゃなく、ゲームのスペックが足りなくなったので、ただ単に飾りっけのない装備アイテムをプログラムで最弱化させた。


 でもそれだとゲームバランスが崩れるため、シャッフルでおまけの武器やアイテムを初スタート時に一点追加することで決定したらしい。

 そんな些細ささいなことをしても十分に崩れてると思うが……。


 だが完成させたシステムを再チェックする余裕もなく、発売に間に合わせるために急いで納品した結果、ああなったと……。

 そう考えると納得がいく……はずがない。


 ちなみにこれらの職業にして初プレイをするとスタートの町『レイクジュエリー』から少し離れた迷いの湖『アンビバレントレイク

』からの出だしとなり、さらには召喚術ができるメタルオークというレアモンスターがいたりと、上級者プレイヤーでも攻略が難しい設定となっているとか。


 クソゲーな上にこの上なく無理ゲーでスタート時の難易度も高めときた。

 こんなクソな作りなんて専門のゲームライターじゃないと、とてもじゃないが、やっていけねえよ!


「おいおい、如月きさらぎ君、まだ帰ってなかったのか?」

「えっ、鷹見たかみ先輩? もう家に帰ったんじゃなかったんですか?」


 大まかなマニュアルに目を通し、スマホを睨みつけながら、早速、初見の記事でも書こうかとPCのキーボードを叩いていると、あの苦手部類の鷹見先輩がニョキッと姿を現す。


「ああ、家には一度帰ったよ。女房と子供の寝顔を見に。ついでにここの休憩室のシャワーも浴びてきた」

「泊まる気満々の返しですね」

「はははっ。上司にも色々と理由があるんだよ」


 鷹見先輩の自宅はこの会社から歩いて5分の距離にある。

 その理由か、社員の緊急時にはいつでも駆けつける緊急時の対応もしており、今回は部下の僕を助けに来たらしい。

 この会社のシャワー室を借りたのは家でのガスと光熱費の節約かな?


「如月君、今日はもういいから休憩室で休みなよ。この時間帯は誰もいないし、布団も敷いてるから」

「ありがとうございます。でも一度もモンスターを倒してないし、肝心のレビューが……」

「そんなん明日でも出来るって。人間、体が資本なんだ。今は体を休めなよ」

「あっ、はいっ」


 今まで知らなかった。

 あれほど問題行動をしていた鷹見先輩が、実は面倒見の良い後輩思いだったなんて。


 人は見かけによらないんだな……。

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