第八十三話:『歴史』が動く時~検証㉚~
※※ 83 ※※
「……何だかパッとしない曇天ね。明日当たり本当に雪が降るかも」
言いつつ、灼は庭に面した大窓越しに空を見上げた。闇の中を突風が
「明日の天気は、曇りのち雨みたいだが……学校帰りに降られると嫌だな」
ソファーの真ん中で
「そうだ。あたし、お菓子を作ったんだ。持ってくるね」
灼が制服のスカートを
「はい、どうぞ。イタリアではコーヒーに浸したり、ジェラートに添えたりして食べるけど……ミルクティーにもきっと合うと思うわ」
「……これは、何というお菓子なんだ?」
「ビスコッティ・カントゥッチというイタリアの焼き菓子よ。ビスコッティはイタリア語で『ビスケット』という意味だわ。まあ、食べてみて」
灼は弾んだ声で勧めるとテーブルに頬杖を着いて充実の
「……では、いただきます」
ビスケットと聞いて『サクッ』としたイメージで歯を立てたが、思いのほか食感は固く『ガリッ』と
「味も素朴で……あまり甘くないな。アーモンドとピスタチオが入ってるのかな、
ボリボリと口と頬を動かし、ミルクティーを飲む。確かにこれは
「トスカーナ地方の伝統菓子よ。『カントゥッチ』は食べる時の音、『小さな歌』――『カントッチ』が語源だと言われてるわ。作り方はシンプルで
説明の半分も理解できない俺はせめて食べる行為で評価しようと、また一口
「なあ……灼。以前に作ってくれたイタリアの煮込み料理。あれもトスカーナ地方だったよな?」
ごくごくとミルクティーを飲み干した俺のカップと自分のカップを持ち、灼はキッチンへ向かう。
「ああ、『カッチュッコ』ね。良く覚えてたわね。パパがイタリアに駐在してた時、トスカーナ州のフィレンツェにいたのよ。隣に住んでた
つい忘れがちになってしまうが灼は帰国子女だ。いったい何ヶ国語喋れるのだろう、と
「これで、『
「そうだな」
俺はバリバリと食べてたビスコッティ・カントゥッチを
「日本史上、保元の乱から承久の乱までの数十年間は荘園制度の崩壊から封建制度へと移行するターニングポイントだ。それだけに多くの人々が政治闘争に
新たにもう一皿、ビスコッティ・カントゥッチを持ってきた灼が笑って訊く。
「保元の乱以前も藤原家は何度も同族で政治闘争に明け暮れてたわ。今回に限って穏やかではないけど、どういう意味?」
さっそく手を出して
「
だが今回の永万二年<1166>僅か二十四歳で藤原
この出来事で最初に動いたのは後白河院だ。三歳の六条天皇が政治的な後ろ盾を失ったことを利用して、平家に停止させられてた院政を無理矢理に復活させる。さらに基実の子・
「そうなると、平家は黙ってないわよね」
ミルクティーにビスコッティ・カントゥッチを浸して、灼は満面の笑みでパリッと
「ああ。藤原
灼は人差し指を唇に添え、考える仕草を見せる。
「平家が藤原摂関家を取り込んでしまったということね。そうすると……平家✕後白河院、あるいは
思考の途中にある質問を俺は
「そうだ。ここから始まる藤原摂関家の荘園争奪戦で、少しずつ平家と後白河院との摩擦が生まれる。しかし摂関家についてはこれだけでは収まらなかった。藤原
これにより平家が支援する藤原氏長者『近衛家』、後白河院が
「ここから『五摂家』の前身が始まるのね。でもこの年仁安元年<1166>
苦笑を混ぜて少し笑う灼に俺はことさら強く頷いて見せる。
「仁安元年<1166>近衛
翌年、清盛は
灼は不機嫌な色で鼻を鳴らす。
「平家で独り占めってわけね。そりゃあ、あちこちから不平や不満も出るわ。小侍従はどう出たの?」
「この年は
ありのままの事実を告げるように言う俺は、ミルクティーにビスコッティ・カントゥッチを浸して口に入れた。この何とも言えない固さとミルクティーが
「幼い時より
長寛三年<1165>二条天皇が崩御したことで帝位に昇るかと思いきや、平
俺はミルクティーを
「小侍従は十二歳になった
また
灼は驚きを持って受け止め、急に前のめりに
「
「……その可能性はあったと見るべきだろう」
詰め寄られた分だけ
「灼」
「なに?」
お互いの顔が近すぎる。灼もそれに気づいたのか立ち上がり腰に手を当て、ぷいと顔を
「この『ビスコッ――……何とか』は、まだあるのか?」
俺の追加注文に灼は困った半分、笑い半分の表情を見せて嘆息する。
「あんた、食べ過ぎよッ。それ以上、食べたら夕飯入らなくなるわ」
諫める言葉にも
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