第35話 ジンジャという場所に生まれたダンジョン、いとさうざうし・その五

 キュウビと名乗る黒狐様と向かい合い私は今の状況を確認しようと口を開きます。


「まず、今キュウビ様はどちらにいらっしゃるのですか?」

「妾は、サクラの国にある千本鳥居で、眠っておる」

「眠っている?」

「……そうじゃ。愚かなる者たちが妾を眠りにつかせたのだ」

「なるほど、封印されたと」

「ね、眠っておるのじゃ!」


 キュウビ様が魔力を放ち威嚇して来られます。

 が、なんだか狐の姿がかわいく見えてきました。


「まあ、その話は置いといて。では、この黒狐様は?」

「う、うむ、妾の力の一部、まあ、分身体じゃな。クロと名付けておる。各地に散らばる百本鳥居にこやつらを置いて、妾の元へ来れる強きものを探しておったのだ」

「では、私達を試していたのは……」

「そういうわけじゃな。さて、では、強き者よ! 妾を助けに参れ!」

「お断りします」

「なぁあんでじゃああああ!?」


 キュウビ様はとても驚いた表情をされています。 

 いや、だって、


「助けに行くメリットはございますか?」

「め、め、めりっと……利があるかということか? 全く、人間と言うのは欲深い」

「欲深い事は否定しませんが、 私も今はツルバミの国にお世話になっている身なのでおいそれと行くわけには……」

「うぅむ、そうじゃ、そのクロの魔力をお前に貸し与えよう! それでツルバミの役に立てるであろう?」

「もう一声!」

「もういやじゃあああ! なんじゃ、こいつ! 妾のことをなんじゃとおもっとるんじゃ!」


 キュウビ様がジタバタと暴れ始めます。

 そうは言われても、サクラの国は隣国とはいえ、時間もかかれば費用も必要となります。

 そこに行くには、それなりの準備も必要でしょうし。


「あ、あの~」


 私が悩んでいるとリンカさんがおずおずとやって来られます。

 そして、遠慮がちに口を開くと、


「あの、貴方様がキュウビ様で間違いないのですよね?」


 その言葉に反応したキュウビ様がぴたりと止まり、寝転がったままリンカさん、そして、その後ろのゴウラさんを見ながら応えます。


「そうじゃが? 何か用か? 鬼人族の娘」

「は! あの! キュウビ様は、我らの英雄シュカ様と共に戦ったお方だと聞き、このような形とは言え、お会いできて光栄でございます」


 リンカさん達が跪くと、キュウビ様は嬉しそうに顔を綻ばせ、尻尾をふりふりと振り回しました。


「ふっ、そんなかしこまらずとも良い。そなたらは、シュカの子孫じゃろう? ならば、仲間のようなものじゃ」

「い、いえ! そんな恐れ多い!」

「うむうむ、そなたらは礼儀というものを分かっておる。シュカは生意気な小娘であったが、子供らはしっかりと育ったようじゃな。……それに比べ、シュカの魔力を持つ、お主は……」


 じとーっとした目でキュウビ様がこちらを見てきます。


「というより、私から見れば、随分と余裕そうなので、助けに行く必要性が分からないのですが」

「ば、馬鹿者! 妾が力を逃し、眠りに入っているからこそ、魔力が奪われぬのじゃ! もし、強引に封印が解かれ、あの黒き桜に魔力を吸われれば、この大地は大変な事に……!」

「……ちょっと、お待ちください。今、なんと仰いました?」


 私は思わず、キュウビ様に詰め寄ります。

 すると、キュウビ様はきょとんとした顔を浮かべ、 そして、言いました。


 ―黒き桜と。


「はあ、どうやら行く理由が出来てしまったようですね」

「なに!? 本当か!?」

「はい。それでお伺いしたいのですが、出来るだけ私達はキュウビ様を助けるために準備を整えたいのですが、その封印はすぐにでも破れそうな状態なのですか?」

「はん! 馬鹿にするでない! そう簡単には破れぬ! なんせあやつが作ったものじゃからな! だが、最近大地の流れがおかしくなりつつある。それが三月前くらいからであろうか。もし、これが何かしらの術であるならば、一年かけての大掛かりな術の可能性がある。一年流れを巡らせて強く大きくしている可能性がな」


 キュウビ様の言う『あやつ』も気になりましたが、どうやら何かしらの術で名を言えないようになっているようです。恐らく、私の血に関わる、あの声の主だと思いますが、一先ず置いておきましょう。


「であれば、九か月がギリギリ、ですね」


 遅れてやってきたさや様もリンカさんから話を聞き、頷いていらっしゃいます。


「ツルバミの都に戻り、兄上たちにも協力を仰ぎましょう。黒桜が関わっているならば、動き出しているかも」

「そう、ですね。ですが、国同士の問題となればおいそれとは……」


 国同士、いえ、立場のあるもの同士では、場合によっては戦争となる。

 それは、私が十分に分かっています。

 そして、もし、サクラの国、その主たちが黒桜と関わっているならば、警戒を強めるだけの可能性も。


「まあ、ゲンブ様には相談いたしましょう。恐らく、旅人、冒険者として行かざるを得ない気はしますが」

「おお! 来てくれるか!? そうかそうか! では、金髪碧眼の娘よ、名をなんと言ったかな?」

「ヴィオラと申します」

「うむ。ヴィオラよ。お主に妾から仮の名を授けよう」


 キュウビ様はそう言って私を見つめてきます。


「仮の名?」

「うむ。お主の為に、もう一つ名を授けよう。今は知らぬが、古き時代、陰陽師同士の戦いでは名を知られることは負けに等しかった。妾を狙うような者達に、そう言った術に精通しているものがいないとは限らぬ。強大な力は、時に自分に向く恐ろしき刃となりえる。五行陰陽術とは流れの術。うまく流れを作れぬ時、邪魔された時その濁流に巻き込めれるのは術者自身じゃ」


 なるほど。呪いに近いものがこちらにも存在するのでしょう。

 確かに、五行陰陽術は、文字や言葉そういったものに重きを置かれているやもしれません。

 言葉もまた流れ、繋がり、結びつき、力となるもの。


「かしこまりました。ありがたく頂戴いたしましょう」

「うむ……名を掴む。しばし、待て」


 その瞬間、どこかに落ちて行くような浮かぶような感覚に襲われ、私は気付けば、暗闇に、いえ、星の海に浮かんでいたのです。

 星々は瞬き、そして輝き、雨のように光が降り注いでいました。


 そして、その光の雨の先には一人の少女の姿がありました。

 長い銀髪に白い着物を着た美しい姿の少女。ただ、その瞳は紅く妖しく輝いておりました。


「ようこそ、妾達の世界へ。お主たちの言う神社は、神の宿、神の世界を繋ぐ場所。まだお主には光にしか見えぬであろうが、神たちはお主を歓迎しているようじゃ。誰もがお主に名や加護を与えたがっておる。流石、あやつの子。……ふむ、良い名を思いついた。これをやろう」


 その手に持つ扇は真っ赤で、ゆらりと揺らめくと、小さな星を私にとばして来られたのです。


 それを受け取った瞬間、身体の中に星の海が流れ込んできたような感覚に襲われます。


 そして、再び、百本鳥居ダンジョンの頂上、ジンジャの中、キュウビ様の目の前に立っていました。

 キュウビ様の赤い目が私を射貫くように見つめています。

 私はその視線に背筋を伸ばして応えます。

 そして、キュウビ様は口を開きました。


― 菫。


 その名を聞いた瞬間、胸の奥が熱くなり、何かが弾けるような感覚を覚えます。

 そして、それと同時に私の中に知識が流れ込んでくる。

 そして、私は感じます。自分の中に流れている力を。

 目の前のキュウビ様から私に流れが。


「スミレ……それが私のもう一つの名」


 キュウビ様は満足そうに頷き、そして、


「そう、お主はヴィオラであり、スミレ。金髪碧眼ノ陰陽師よ、妖狐の女王、キュウビが依頼する! 黒き桜を、お主の手で、妾が与えた力で、枯らしておくれ」

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