第30話 グロンブーツという王国の崩壊、いとあし・その四★

【アレク王子視点】


「何故まだ分からない!」

「も、申し訳ございません! アレク王子」


 私は机を叩き、部下を叱責する。

 先日の小鬼ゴブリン討伐の際に、連れて行った討伐隊の一割の行方が分かっていないのだ。ギャロ達脱退の数を除いて、だ。

 勿論、死体を小鬼達に持ち去られた可能性もあるだろうが、一割は多すぎる。

 そして、城内ではこんな噂が流れ始めた。


『他国の間者が潜り込んでいたのではないか』


 にわかに信じがたいが、あり得ない話ではない。

 小鬼を使って、我々を嵌めようとしたのかもしれない。そういえば、数名の兵士が隊列を乱し、森の中へ入っていった。

 それを見て、私も思わず、指示をしてしまった。あれもきっと間者の策略に違いない。


「もしかしたら、ギャロ達も他国の間者だったのでは?」

「え? ギャロ達は逃げて行ったのですよね? 王子がそう仰いましたが……」

「あ。ああ、そうだ! 奴らはそうだったな! 勘違いをしていた!」


 危ない危ない。そう、ギャロ達は我々を置いて小鬼に怯え逃げて行った。そして、帰りづらくなったから、他国へ流れたのだろうと父上には報告した。

 奴らに助けられ、諭された上で国を抜けられたとあっては私の面子にかかわる。

 そんな事言えるか!

 部下たちにもキツく口止めはしておいた。

 しかし、人の口に戸はたてられぬ。それでも、私の失態を流そうとする者がいたので、首を刎ねた。王子の命令も守れぬ謀反人に与えられた末路を見せつけた。

 すると、兵を辞める者が続出した。腹は立てたが首を辞めるだけで刎ねる訳にはいかず、唇を噛みそれに耐えた。


「兵が足りないな……」

「ええ、今は先の小鬼討伐と、脱退により、かなり数が減少しており、次に小鬼の集団発生が発見されれば、打つ手がありません。王は、一先ず、傭兵をと考えているようです」


 傭兵か。金で動くような下賤な輩は好かないが背に腹は代えられないだろう。


「それにしても……冒険者ギルドは何をやっているんだ!」


 あれ以降も全く依頼を達成出来ておらず、グロンブーツ王国周辺の森や山は危険になりはじめ、様々な面でうまくいかなくなっている。


「それが……冒険者ギルドは、かなり縮小されているようでして」

「は? 依頼達成も出来ないのに、縮小?」

「はい……その、依頼自体の受付もかなり減らしており、王国に頼るように言っているらしく」


 馬鹿な! 冒険者ギルドは、国に代わって様々な依頼を受け、それで稼ぐ所だろうに、依頼自体を受けない? 愚かにもほどがある。


「グロンブーツ王国を舐めているのか? いや、そんな事をすれば、強国に逆らった事で他国からも信頼を失うはず。狂ったか?」

「王子……恐れながら、今のグロンブーツ王国はその程度と冒険者ギルド本部から思われているのではないかと」

「なんだと! そんな屈辱があってたまるか! 誇り高きグロンブーツ王国が冒険者ギルド如きに!? ふざけるな! 目にもの見せてくれる!」

「え? ど、どうなさるおつもりで?」

「他国と連携し、冒険者ギルド本部に抗議してやる! 馬鹿どもがどんな愚かな事をしているのか考えろと!」


 周辺国も従えて抗議に行けば、奴らも従わざるを得ないだろう。

 あの間者がどこの者かは気になるところだが、今は泳がせておいてやる。


「で、ですが」

「なんだ!?」

「使者を送ろうにも、今は魔物が多く、多額の金が必要となります。それを出すことができるかどうか」

「じゃあ、方法はないというのか!? 何か考えろ! 何のためにお前の頭はついている!」


 腹立たしい。ただただ、否定するだけなど無駄な時間だ。ち!

 無駄と言う言葉であの女を思い出してしまった。余計に苛立つ。


「あ……そうだ、そうでした! ディフォルツァ家です!」

「は?」

「ディフォルツァ家には確か特殊な連絡方法があったはずです! ギャロが……いえ! 私の知人がそう言っておりました! それで、色んな情報を集め、交渉を行っていたはずです!」


 ギャロからの情報か、忌々しい。だが、ヤツはディフォルツァ家を追放されたあの女とも親しくしていた。ディフォルツァ家の内情にも詳しいかもしれないな。

 よし、アリアにこの心労を癒してもらいたいし、ディフォルツァ家に向かうとするか。


「アレク王子! お待ちしておりましたぁああ!」


 ロレンツが、私が来た事が嬉しくてたまらないといった様子で飛び出してきた。

 アリアの方が良かったが、まあ、この忠誠心は城の者達にも見習わせたいものだ。


「久しいな、ロレンツ」

「ええ! ご無沙汰しております! 王子! アリアですな?」

「ああ、だが、その前に要件を済ませておこう。ロレンツ、ディフォルツァ家には特殊な連絡方法があり、それで情報収集や他国の商人とやりとりをしていたと聞いた。それを使って頼みたいことがある。これは王命だ」


 父上にも先に報告し、書をしたためてもらい持って来た。

 とっとと冒険者ギルドに分からせてやらねば気が済まない。

 だが、ロレンツの顔を見ると、気まずそうに視線を逸らされた。


「どうした? 確かな筋から聞いた話なんだが?」

「えー、あー、そう、ですね。それが、その連絡方法は、あの女が使っていたものらしく……」


ロレンツの様子と口ぶりで分かる。あの女か。


「ヴィオラが……?」

「ええ、しかも、情報はどのような形で漏れるか分からないのでと言われ、我々にもその手段は教えなかったのです」


 なんということだ! あの女、どこまで我々に迷惑を掛ければ気が済むのだ!


「ですので、もしよろしければ私が他国まで行ってまいりましょうか? ……それで、その代わりと言ってはなんですが、少し用立てていただけませんでしょうか?」

「は? お前にはかなりの額を融通してやったはずだが」

「そ、それが、少しばかり、商売が軌道に乗るまで時間がかかっており……」


 この言葉を何度聞いた事か。もしかして、失敗しているのか?

 くそ! コイツを信用して、金を手配したというのに!

 ただでさえ、金がないんだぞ!


「お前が他国と繋ぎを作れたならば出してやる! それが先だ! 父上に、王に、必ず朗報を持って帰ると約束してしまったのだぞ! なんとかしろ! 早急にだ!」

「いや、ですから、金がなければ……」


 ああ、苛々する! 何故、こんなにもうまくいかない!

 ただでさえ、苛々しているのに、あの女の名前が出てきて、そして、コイツの顔があの女と重なって倍苛々してきた。


「アレク王子! ようこそおいでくださいました! 今日は何を贈物でくださるのかしら?」


 は?

 何も考えていない能天気女がやってきた。能天気な上にあの女に、ヴィオラにそっくりな女が。贈物が何か、だと?


「ふざけるなああ!」

「きゃっ!」


 国の危機に、金の無心や贈り物がどうなど言っているなんてふざけているのか?

 私は、アリアを突き飛ばし、ロレンツにぶつけてやる。


「今がどういう状況か分かっていないのか!? お前らは情報を集めることも出来ていないのか!? 国の危機だと理解しろ!」


 そして、私は気づいた。

 そこで漸く青ざめた表情を浮かべた二人を見て、何もかもがもう手遅れなのではないかと。私は、何も分かっていなかったのではないかと。

 変に突き飛ばしたせいか、手首がずきずきと痛み始め、それが妙に頭に響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る