異端の呼び声2

 *



 ヒロキとマナブから夕食を受けとったシロウは、食事をかきこむと、食器を廊下に出した。こうしておけば、今夜はもう誰もシロウのところへ来ない。


(甘いんだよ。おれは修繕屋なんだぜ。こんなていどで閉じこめた気になるな)


 修繕屋——というか、裏の顔はそれを利用した泥棒だ。これまで捕まってこそいないが、住人と争いになって人を殺したこともある。自覚があるが、暴力に対するリミッターがあきらかに他人より低い。

 たぶん、シロウは異端者なのだ。亜種二世にしては年齢が高いから、成長過程のどこかで感染したのではないかと思う。子どものころ、路地裏で女にかみつかれた。女は怪我をしていた。肉をかみちぎられて失神した。たぶん、あれが亜種一世だったのだ。政府は必死に隠しているものの、異端は人から人へ感染うつる。そうでなければ説明がつかない。あのときの傷が、今はあとかたなく治っているのだから。


 そのあと、家族とうまくいかなくなった。暴力衝動を抑えられない。そのぶん、ケンカは強かった。高校中退で家をとびだして、カツアゲなどしながら生きていた。柄の悪い土建屋で修繕のテクニックを習ってからは強盗同然。気楽な一匹狼。守るものもない。


 だが、半年前、とつぜん守りたいものができてしまった。その日はいつものように、空き巣から強盗に仕事が変わった。男を一人、殺した。ずっと昔には特安だったというウワサの男だ。収容所から左遷されて以来、ずるずると零落れいらくし、裏社会で生きてきた男。金をたんまりとためているという評判だった。

 たしかに、金はあった。男を殺したことにも後悔はない。でも、部屋のすみに鎖でつながれて、うずくまる少女がいたことには困りはてた。十五、六歳だろうか。ユキナと言った。小さなころから、男に飼われていたのだという。

 このまま、ほうっておけば、少女の未来はこの三択だ。異端狩りに捕まる。飢え死にする。男の仲間に見つかり風俗に売られる。

 ほっといてもよかった。だが、すがりつくような目で見られると、なぜか、それができなかった。やめとけばいいのに、つれ帰って愛しあうようになった。


 ユキナとの暮らしは悪くなかった。シロウの稼ぎだけで二人が食えた。アパートに帰れば、いつでも自分専用の少女が待っているのは気分がよかった。何より、ユキナが笑うと、なんとなく心が落ちつく。こいつのためならなんでもしてやろう。そんな気になる。


 でも、幸福な暮らしは半年ともたなかった。異端狩りだ。シロウが盗みに手間どって帰りが遅くなってしまったから、心配したユキナが外へ出て特安に見つかったのだと、のちになってわかった。ユキナにはハッキリ異端の印があったのだ。異端の犬の青い首飾りが。

 大学に忍びこんで、ユキナの異端審問会の録画を見た。すでに一度、それを受けているユキナは、首輪をつけられただけで失禁した。泣き叫びながら、シロウの名を呼んでいた。


(ちくしょうッ。ユキ!)


 シロウにはどうにもできない。異端審問会を止めることはおろか、収容所に乗りこむことすら不可能だ。ただの泥棒が入りこめるほど、甘いセキュリティではない。軍隊に守られた要塞だ。

 だが、あきらめなかった。どうにかして、ユキナを助けたい。


(そうか。おれがヴァルハラ市民になればいい)


 市民になって金を稼げば、異端の少女を身請けできる。シロウがゲームに参加した理由はそれだ。ゲームにはリスクもあるが、シロウにはそんなものは見えていない。ただ、愛しい少女を救いたい一心だ。


 ユキナがおれを呼んでる。おれに助けを求めてる……。


 そう思っていた。でも、どうなんだろう。ここに来てわからなくなった。

 ヒロキを見たからだ。ヒロキはどんなめにあわされても反抗しない。泣きはするが、それだってまるで誘って甘えているかのような涙だ。食堂でのあの一件。シロウたちが、ヒロキに乱暴したあとでさえ、とくに責めるでもなく従順そのもの。

 あれが異端者なのか、と思う。何年も収容所で教育されると、誰でもああなってしまうらしい。反抗しないよう仕込まれるから、というだけではないだろう。収容所の贅沢な暮らしになれると、その生活に満足してしまうのだ。犯されることを代償に与えられる、何不自由ない生活。苦痛よりも、その生活から受ける恩恵のほうが大きい。

 あるいは、ユキナはもうシロウのもとへ帰りたいとは思っていないのかもしれない……。

 シロウはたしかめたかった。ユキナが今、ほんとのところ、どう思っているのか。もし、今でもシロウのもとへ帰りたいと願っているなら、どんな手段を使ってでも、この収容所から救いだそう。だがもしそうでなければ、そのときは……。


 方法がないわけではない。シロウはもはやゲームに勝つことは難しい。正攻法ではユキナに会えない。こんなときこそ、商売でつちかった技を使うのだ。シロウはゲーム開始当初から通風口には気づいていた。レイヤに指摘されるまでもない。自室の通風口のなかは部屋に入ってすぐに調べた。

 レイヤたちの部屋は横ならび一列だから、二部屋一組みで通風口が共通のようだ。しかし、シロウたちの部屋は、うしろの空室二部屋もあわせて、四部屋がダクトで通じている。

 ホヅミがそこまで察知していたかどうかはわからない。友人だったマナブが知らないところを見ると、おそらく気づいてなかったのだろう。ホヅミは通風口のなかを調べるほど酔狂ではなかったようだ。


 だから、これは今のところ、シロウだけが知る事実だ。朝食での口論のとき、反論しようと思えばできた。ホヅミの部屋に侵入できたのがシロウだけだという彼らの主張に。だが、思うところあって、この事実をふせた。今夜、ユキナを探しに行くために。

 シロウはベッドの上にある、通風口の金網をはずした。そこからダクトに入る。せまい通風口のなかを這って、自分の部屋まで帰った。オートロックのドアは、入るときにはIDカードが必要だ。が、中から外へは自由に出ていける。戻ってくるときのことも考えて、いちおう、ドアストッパーをかけておく。

 問題はここからだ。じつは、昨夜も異端収容所に侵入しようとさぐってみた。昨日は途中で別の方向に迷ってしまったらしい。変な研究所みたいなところに行ってしまった。収容所とは別棟らしいので、しかたなくひきかえした。

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