(2)
ではさっそく番組のユニフォームであるジャージに着替えていただきました。長時間外にいますから、帽子の方もキチンとご用意してございます。
「……自転車でなんて無理よ。しかもこれ、私がいつも乗ってる自転車なんだけど、前にバイト先の新聞屋さんが古くなったから捨てるって言ってたのを譲ってもらったものなの。電動アシストはおろか、ギアチェンジだって付いてないの。取柄と言えば頑丈なことくらいよ」
大丈夫ですよ。ほら、スマホのナビを見てください。ナビ通りで行けばここから約5時間。一見長いようですが、今から出発すれば昼過ぎには着いてしまうんです。
「……本当ね」
ですので向こうに着いたら、漁港ですのでおいしい海鮮料理でも食べてゆっくりしましょうよ。そして満を持してクイズにご回答いただく、こういうプランはいかがでしょう?
「あら? そう聞くと悪くない気がしてきたわ」
そうでしょうそうでしょう。こちらも茜崎さんのこと、ちゃんと考えてますよ? ささ、それではさっそく………スタートですっ!
~ am 7:30 千代田区 集英社本社前 スタート ~
それでは、この白山通りを南へ進み、そのまま皇居を左に沿って進んでください。ちゃんと左車線の自転車通行帯を走ってくださいね。
「おーけー」
どうですか茜崎さん? この晴天の朝を自転車で走るご気分は。
「清々しいわ。まだ始まったばかりってのもあるんだろうけど、こんなに天気がいいんだもの。あ、ほら。皇居のまわりをジョギングしてる人も結構いるわ」
やはり皇居の周囲は走るにはちょうどいいんでしょうね。
「そうでしょうね、気持ちいいもの」
~ am 7:48 内堀通り左折 国道1号線直進中 ~
おや? どうしました茜崎さん?
「その……実はね」
?
「先日私、友達とキャンプに行ってきたの」
キャンプお好きなんですか?
「初めてよ。たまたま誘われたから。それで一泊二日で行ってきたのね。それが予想以上に楽しかったの」
よかったじゃないですか。
「それが、その……ついはしゃぎすぎちゃって……その………」
?
「右肩……痛めちゃったのね」
それは茜崎さん……。
「もうほとんど治ってたの。治ってたんだけど今、心なしかその右肩に違和感が……。きっとこの緩やかーな上り坂が、少しずつ私の体にダメージを与えてるんだと思うわ。もうつらい」
まだ始まったばかりですけど?
「この右肩の違和感が今後どう私の体に影響を及ぼすか心配だわ。……あ、コンビニ。あのもうやんカレーの向かいにあるコンビニで水買いましょう」
~ am 8:06 水2リットル購入 残り75キロ地点 いまだ坂道 ~
この先1・4キロ先にある三田二丁目という交差点を右に曲がってください。……あの、茜崎さん? 大丈夫ですか?
「日差しがうっとうしい……」
~ am 8:12 港区 三田二丁目 右折。桜田通りを進行中 ~
「あー……もうキテルわ」
肩揉んでますけど、痛いんですか?
「痛いわよ。激痛ではないんだけど、右肩の深い芯の部分を針で軽く突くような痛みがあるわ。あー……さっきのコンビニで湿布も買えばよかった」
茜崎さん……。
「でもこの番組って映像はないから、きっとこのつらさは伝わらないでしょうね。はあ……」
~ am 8:26 コンビニ発見 ~
売ってませんでしたね、湿布。
「そうね」
やっぱりああいうのは、薬局じゃないと売ってないんじゃないですか?
「……かも……しれないわね」
で、結局そのまま再スタートしてますけど。そして、まだまだ上り坂ですけど。
「………そう、ね」
意外と息が上がってませんね。結構体力には自信がおありで?
「そんなわけないでしょう。この番組って活字動画媒体なんでしょう? ただでさえ絵がないってのに、出演者が息切らしてハアハアばっかり言ってたら、読んでくれてる人に申し訳ないでしょう?」
――――っ。……さすがプロですね。わたくし、感服いたしました。
「それほどでもないわ。読んでくれてる人がいてこその私なんだもの。ただ、映像もないのにこんなことして本当に面白いかどうかはいまだに疑問だけど」
さっきから後ろからくる自転車に抜かれまくってますね。
「なんで……あの人たちは……この坂、すいすい……上れるのよ……」
だってあっちはロードバイクですから。茜崎さんもあーいうの買えばいいのに。
「……………(イラッ)」
~ am 8:36 品川区 五反田 残り70キロ地点 国道一号線 いまだ直進中 ~
ようやく下り坂ですね、茜崎さん。
「~~~♪ き~もち~~~♪」
スタートしてから約一時間経過。三崎漁港まで残り約70キロ。
「……あれ? 確かスタート地点から目的地まで79キロじゃなかった?」
そうですよ。ですから一時間で約9キロ進みましたね。
「それって……遅いんじゃない?」
遅いですよ。
「(イラッ)…………心折れそう………あっ⁉」
どうしました?
「今、青看板にチラッと見えたんだけど、このまま行けば横浜って書いてあったわ」
そうですけど?
「ごめんなさい。私地理がまったく弱いんだけど、そもそも目的地ってどこにあるの?」
神奈川県ですよ。
「神奈川県っ⁉ 東京じゃないのっ⁉」
そりゃそうですよ。え? 知らなかったんですか? 最初にナビ見せたじゃないですか。
「時間と距離しか見てなかったわ。うわーそうかー、県またいじゃうのかー」
まだまだ先は遠いですね。がんb―――
「ギブアップ」
いやいやいや。
「無理に決まってるわよ! あーもー何がジャンボ餃子よ! 何がぶうさんよ!」
ラーメン屋さんの看板に八つ当たりしないでください。
「あ、パトカーっ! 助けてっ! 私を助けてっ!」
~ am 9:08 大田区 池上 残り64キロ地点 ~
「なんというか、右肩の筋が裏返っているかのような感覚と痛みを感じるわ……」
茜崎さん……。
「あー……頑張れ、私。………この頑張れはラストスパートの頑張れじゃない? 早い早い。まだ二時間も経ってないんだから。まだまだ序盤よ。でも、すでにお尻にも違和感が……」
抉るように肩揉んでますね。
「専門家はどう言うかはわからないけど、解決策がわからない以上私にはこうするしかないのよ。もーほんっと肩の筋肉だか筋だかが炎症してるってのがわかる痛みね」
それは大変ですよ。この先にマクドナルドがありますから、そこでいったん休憩しましょう。
~ am 9:11 国道一号線沿いのマクドナルドで休憩 ~
「(じゅるじゅるじゅる~)………生き返るわ。水はこまめに飲んでるけど、やっぱり染みるわね。辛口ジンジャー」
茜崎さん。その一緒にベンチに座ってる方は……。
「ドナルド様よ。私の恋人」
いやいやいや。
「もうここから離れたくない。ずっとドナルド様の硬い腕に抱かれていたいわ」
硬いって、作り物ですから。
「うるさいわね。離れたくないって言ったら離れたくないのよ」
あと少ししたら行きますよ。
「勝手に行けばいいじゃない。私はもうここから立ち上がる気はないから。肩も痛いしお尻も痛いし、最悪よ」
~ am 9:25 休憩終了 ~
それでは再スタート。よろしくお願いします。
「…………………………」
茜崎さん。
「……わかってるわよ。あーでも、やっぱり休憩したらだいぶ肩が楽になったわ。道も今は平地だし、もう少し頑張れそう」
頑張ってください。わたくしも及ばずながら、精いっぱい応援していますので。
「ありがとう。それにしても日差しキツイわね帽子がなかったら熱中症になってるわよ」
水分もこまめに補給してくださいね。あと国道ゆえに車通りも多いですから、それにも気を配ってくださいね。
「………たぶん、誰一人この私がこの自転車で79キロ走るなんて思ってないでしょうね。せいぜいコンビニ行くくらいに思ってるんでしょうね。私だってそう思うわ」
わたくしもそう思います。
「えーへーそー……。そう思うってことは、あなた自身もこの企画がおかしいってことには気付いてるってことよね?」
もちろんですよ。しかし、だからこそ挑戦していただきたい。茜崎さんに、この一見無謀とも言え―――
「ちょっと! 今無謀って言ったの⁉ あなたいったい何てこと私にさせようとしてるのよ!」
ほらほら茜崎さん。危ないですよ? 国道だから車通りが激しいんですから。
「わかってるわよ!」
~ am 9:38 九時から営業している薬局を発見 ~
ようやく湿布買えましたね。肩はどうですか?
「あー……(右肩を回す)そうねー」
ずっと限界だ限界だ言ってましたけど。
「あまり湿布とか貼ったことがないからわからないけど、貼った個所がヒリヒリするんだけど、このヒリヒリ感が肩の痛みを打ち消してくれてる気がするわ。がんばれそう」
それはなによりです。
「あっ! 看板! 多摩川って書いてあるわ!」
おお。ということは橋を渡ればついに神奈川県ですよ!
【つづく】
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応援を頂いたので、続きを投稿しました。ありがとです。
そして、ここまで読んでくれてありがとうございます。茜崎さんもきっと喜んでます。
ちなみに、ルートに関してはグーグルナビで、集英社から三崎漁港で調べれば、実際に通った道が出ると思います。実際それ見て行ったからね。
更新はもちろん不定期だよ♡
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