第20話 勇気の魔法

 突然のクレーム客に目を付けられ、傷心したアルミを追いかけ、厨房の奥へ向かった俺。


 優しい両親に慰められたとはいえ、大人の男に怒鳴られる恐怖は確かにアルミを傷付けた。


「私も、もっと勇気が出せるようにならないと……」


 アルミは涙を流し、そう本音を呟いた。


 そんな彼女の言葉を耳にした俺は、自分に課した禁を破り、口を開いた。


「謝る必要なんてないぞ、アルミ」


「えっ、だ、誰か居るの⁉」


「ここだ、俺だよ、ナゴ助」


「嘘、ネコが、喋った……?」


 声の主に気付いたアルミは、目を見開いて俺に視線を向けた。


 まあ普通なら猫が喋るワケがないから、驚いても無理はないけれど。


 だが喋ってしまった以上、もう後戻りはできない。俺は話を続けた。


「まあ最初は驚くよな。リーベも最初はそんな風に驚いてたなぁ」


「じゃあ、リーベちゃんはナゴ助ちゃんが喋れること……」


「当然知ってる。それに魔法を教えてんのも、リーベの師匠であるのも本当だ」


 この際だから、俺は全部を曝け出した。今までにない、大盤振る舞いで。


 しかしアルミは情報過多になったようで、口を開けてフリーズしていた。


「……まあとりあえず、俺が喋れることはアルミと俺だけの秘密だ」


「う、うん。ヒミツ、ね?」


 アルミは言って、口元で人差し指を立てた。「ヒミツ」のジェスチャーだ。


 少し沈黙が挟まって、アルミは「それで」と首を傾げた。


「それで、どうして私の前で喋ったの……?」


「困ってる奴がいたら、放っておけないんだ。それにあんな顔されたら……」


 そこまで呟いて、言葉の続きを呑み込んだ。


 今更だけれど、泣いていることを指摘するのは悪い気がした。実際俺も、泣いてることを言われたら嫌だしな。


「まあ、完全完璧に解決してやるとは言い切れねえけど、気が済むまで相談相手になるぜ?」


「ほ、本当? いいの?」


「この際だ、遠慮はナシだ」


 そう言って、俺はアルミの言葉に耳を傾ける。


 するとアルミは肯いて、一息吐いてから悩み事を話した。


「……実はね、最近お店に迷惑な人が来るようになったの」


「さっきの大人げなく騒いでたオッサンみたいなのか?」


「そう。みかじめ料を払えとかって言って、急にお店に押しかけてきて……」


 みかじめ料か。思った以上に厄介なゴロツキに目を付けられてしまったみたいだ。


「でも、パパとママは断ったの。見ず知らずの怖い人達に、お金を払うのは違うって」


 アルミの言う通り。筋モン相手に脅されて金を渡せば最後、金が尽きるまで搾取され続ける。


 両親の判断は最適と言っていい。けれど、


「ただ、それからというもの……さっきみたいに、変な人が来ては嫌がらせをしてくるようになって……」


 途切れ途切れになりながらも、アルミは言葉を紡ぐ。


「本当なら、私たちが追い払わなきゃいけないのに。私は……つい謝っちゃって……追い払う勇気が出せないの」


 アルミはスカートの布を力強く握りしめ、


「私がもっと、強くならなきゃいけないのに……」


 そう言って、アルミは唇を噛み締めた。


 ……なるほどな、大体の事情は分かった。


 要は、自分がもっと強ければ両親に迷惑をかけずにすむのにと、そう悩んでいるワケだ。


 どこまでも、両親思いのいい子じゃないか。


「……家族のために何とかしようって思う気持ちは凄いことだし、全員が全員マネできるようなもんじゃあねえ」


 少し間を開けて、俺は答える。


「けどアルミ、必要以上に気張って自分を追い込むのは良くない。出来ない自分を余計に追い込んで、逆に塞ぎ込んじまう」


「ナゴ助ちゃん……」


 かつての俺もそうだった。周りと比較されて、どれだけ努力をしても褒められなくて、その度に自分を責めていた。


 けれど自分を責めて追い込んだ所で、そう簡単に強くなれるワケじゃあない。


 逆に焦りが強くなって、何も手が付けられなくなって、結局ダメになっていく。


「だからさ、時には何も考えず気楽に行こうって気持ちが、今のアルミには必要だと思うんだ」


「気楽に行こうって、気持ち……?」


「リーベにはその気楽な気持ちがある。だから、リーベは落ちこぼれだと馬鹿にされても、健気に『魔法を使えるようになりたい』ってひたむきに努力できる。ソイツを応援したくて、俺はリーベの師匠になった」


 どれだけ馬鹿にされようと、果てしない時間がかかろうと、リーベはいつもお気楽でいる。


「けど、気楽すぎてすぐドジ踏んだりすんのは、ちょっと考えものだけどな」


 そう付け加えながら、俺はアルミの方を向いた。


「別に焦る必要はないし、困ったら周りの強い人を頼ればいい。ウチのマスターなら、多分飛んで駆けつけて、ゴロツキなんてあっという間に蹴り倒すさ」


「あー、カルファさんならやってくれそう」


 うんうんと大きく肯いて、アルミはクスッと笑みを溢した。


「それでだ、勇気を出す魔法を教えよう」


「勇気の魔法って、私魔法使えないよ?」


「心配ない。魔法って言っても魔力は使わないし、誰にもできる簡単な魔法だ」


 そう言って、俺なりの勇気の出し方を教える。


 効果が出るかは人それぞれだけれど、勇気を出すには何かしらの“起爆剤”が必要だと俺は思う。


 その方法は――


「深呼吸だ。勇気を出すべき時に思いっきり息を吸い込んで、思いっきり吐き出すんだ」


 緊張の場面で深呼吸をすることは、気持ちを落ち着かせることにも繋がる。


 特に大きな問題や悩みに立ち向かう時に深呼吸すると、不思議に落ち着くものだ。


 自然とスイッチが入り、勇気が湧いてくる。


 そういう作用があると俺は解釈している。


「深呼吸……?」


「ああ。騙されたと思ってやってみろ」


 これで「騙された」と言われたら、それはそれで困るけど。


 アルミは立ち上がって、早速胸いっぱいに息を吸い込んだ。


 そして、肺に溜まった息を吐き出す。


「スー、ハーッ」


「どうだ? 少し気は楽になったか?」


 恐る恐る訊いてみる。するとアルミは満面の笑みを浮かべて、


「うん……うん……! 何だか気持ちがスッキリしてきたかも!」


「その調子だ、これで解決したって感じか?」


「まだ分からないけど……次はやってみる!」


 俺が心配する必要も無いくらいに、アルミはいい笑顔で言う。


 さっきまで泣いていたのが嘘みたいに、眩しい笑顔だ。


「ありがとうね、ナゴ助ちゃん。私のために、こんな素敵な魔法まで教えてくれて。やっぱりナゴ助ちゃんは師匠だね」


「ま、まあな。この際だ、アルミも俺の弟子になるか?」


「それいいかも、私も頑張れば魔法使えるかな?」


「きっと使えるようになるさ。そこは、自分の努力次第だけどな」


 などと師匠らしいことを言っていると、


「ナゴ助~! 帰って来たよ~!」


 厨房の外からリーベの声が聞こえてきた。どうやら買い出しを終えて帰って来たらしい。


「おっと、噂をすれば愛弟子が帰ってきた」


「それじゃあ、もう帰っちゃうの?」


「そうなるな。俺達、元々カルファから買い出し頼まれてたし」


「そっか。それじゃあ私もお見送りするから、一緒に行こ、先生?」


 言うとアルミは俺の体を持ち上げて、厨房から出る。


「……いや待て、先生?」


「うん。私に魔法を教えてくれたし、相談して解決まで導いてくれたから、ナゴ助先生。ダメ?」


 ナゴ助先生、か。師匠と大差ないとはいえ、こんな俺が先生と呼ばれていいものか?


 学校の教師みたいな、そんな立派な猫じゃあないぞ、俺?


 けれどアルミの言葉に嘘はない。正直に俺を尊敬して、俺を慕ってくれている。


 それに彼女から注がれる期待と憧れに満ちたキラキラした眼差しが、俺を熱く照らしている。


「……まあ、好きなように呼んでいいぜ。リーベからも師匠って呼ばれてるし」


 かくして俺はアルミの先生になったワケだが、彼女も一緒になって魔法の修行をするのはまた別の話になるだろう。


「あ、ナゴ助! それにアルミちゃんも、2人ともこんなに仲良かったっけ?」


「まあ、ちょっとね。それよりナゴ助先生、待ちくたびれて欠伸までしてたよ~?」


 オイオイ、盛るな。欠伸なんていつしたよ!


 それを聞いたリーベは「相変わらずだなぁ」と鈴を鳴らすように笑い、俺を受け取った。


「ん? ナゴ助、先生?」


「実はちょっと、先生に色々と相談に乗ってもらって」


 ニシシ、といたずらに笑いながら、アルミは口元で人差し指を立てた。


 その仕草で察したのか、リーベがこちらを見下ろした。


「もしかしてナゴ助……?」


「そういうこと。でも、コレは私とリーベちゃんと、ナゴ助先生だけの秘密。でしょ、先生」


 そう言って、アルミが笑いかけてくる。


 改めて先生と呼ばれると、なんだか気恥ずかしくなってくるな。


 けれどこういうのも悪くはない。新しい猫生、これくらい穏やかでのんびりした生活の方が、生きやすい。


「それじゃあアルミちゃん、今日はパフェご馳走してくれてありがとうね」


「いいえ、私も2人に助けられたもん。また来てね~」


 そう挨拶を交し、俺達は店を後にした……はずだった。


「邪魔するぜ」


 リーベがウエスタンドアに手をかけると同時に、外側から強い力で押し出された。


 強い衝撃に俺達は押し飛ばされ、リーベは尻餅をつく。


「あ……あ……」


 先程まであった笑顔が消え、アルミの顔が段々と青く染まっていく。


 まさか……。


 嫌な予感がした俺は、リーベ達を守るように立ち塞がる。


 やはり、案の定、押しかけてきたのは“奴ら”だった。


「やぁやぁ、先月ぶりだねぇお嬢さん方。生憎だが今日でここは店終いだぜ?」


 クレーマーの大親分、その一味が現われた!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る