違和感を感じたときには遅く、私の首には手がかかっていた。指は首筋を撫ぜていく。

　おかしい。殺気も何も感じ取れない、ただ触れられているだけなのに呼吸ができない。身体も動かせない。手から刀が滑り落ちそうになるが、辛うじて力を込める。

　失礼、と手が離れるのと同時にるかくんに引っ張られる。刀を構えるるかくんの後ろで堰を切ったようになんとか呼吸を始める。その場に膝をつかずにはいられなかった。

「待って、手を出すな、下がれ。簡単に、殺される。」

　鞘で身体を支えて立ち上がる。るかくんを押しのけ男に問う。

「貴方、芥、でしょ。」

　男の腰には刀が二振り。触れられた手には入れ墨が入っていた。

　もし、男が殺気か剣気を放っているか抜刀していれば回避できた。

　私は自分の気配どりと耳に自信を持ちすぎていたのかもしれないが、るかくんの反応を見る限りそうでもなさそうだ。彼は男に刀を構えられていたから。伸びてくる素手から音なんてしないし。思いっ切り裏をかかれている気分だ。

「芥は‘人斬り‘の名でしょう。僕は八朔芥玄（はっさくかいげん）です。」

　丁寧な口調で名乗られはしたが、初めて耳にする名だった。容姿はほぼ情報どうりだ。

「なんで殺さなかったの。」

　八朔はまたも笑う。

「殺して欲しかったですか？」

　溜息をついた。

「放火したのも貴方？」

　こちらは否定された。放火犯を知っているかもしれないが、それを指示したのは自分ではないと少々訳の分からない表現をする。

「最近各地で人を斬ったのは？」

「ああそれは私ですね。」

　非常に神経を逆なでする回答の仕方だ。同じ思いか、るかくんもいい気分ではなさそうだ。

「理由は。」

　呆けた顔をされ、戸惑う。そんなにおかしなことを聞いただろうか。しかし、返答を聞きおかしいのは八朔であることが分かる。

「それってなんですか？」

　目を細め顔をしかめる。なんの意味もなく人を斬り町を燃やしているのか？そのまま問いかけると、そうだという。狂気。煙草を咥え火を灯す。

「一くんと朱現くん呼んできて。ここで殺す。」

　歩みを寄せる。この雰囲気にも慣れた。それに、八朔を野放しになんてできたものではない。少し嫌そうに八朔は応戦の姿勢をとったが、その姿は人影に遮られる。

「芥様。どうぞ、ここはお任せください。」

「…なにお前。お前、任せてもらえるほどできないでしょ。どけよ。」

　まずはこっち殺そう。相手は日本刀を構える。

　向こうからじりじりと距離を詰めてきたので、受け流しつつ攻撃を織り交ぜる用意をとる。単調な打ち込み合いになったところに、脇差を入れた。素早く光り喉元を刺す。そのまま横に薙ぎ、終わり。るかくんが近くにいるのは気になったが、躊躇は無かった。

　返り血を思いっきりかぶってしまった。赤く染まる刀身と白髪は朝日に照らされる。

「次。」

　煙草を踏み潰し、口元に飛んできた血を腕にこすりつける。両手の刀から軽く血を払い脇差はしまっておく。脇構えの姿勢をとったところで八朔が無造作に近寄ってきた。

「感動しましたよ。生まれて初めて人の名前を知りたいと思いました。ねえ、どうか、僕に教えてください。」

　刀なんてそこにないように前に立つ。瞬間、喉元を狙って斬ろうとするが、掴まれた手が動いてくれない。拘束の緩い左手を逃がし解いた簪を手に首に突き立てる。寸でのところで長さが足りないが一歩踏み込めば殺れる。

「うん、流石です。どうかずっと命を狙い続けて。その姿は誰よりも美しい。」

　背筋がざわつく。急に饒舌に話し始めた。内容が掴めない。

「…見世物で人斬ってるんじゃないんだけど。何に感動してんの？不愉快。」

　思うままに口に出すが、名前を教えてくれの一点張り。徐々に簪が首元に近づく。

　状況を変える、二つの人影が近づいてきていた。