12月のある日のショート・ショート

菊池浅枝

ダズン・ローズ(12月12日)



 テレビからシューマンが流れてきた。昔、ピアノ教室に通っていたころによく弾いた曲だ。

 懐かしいなと思いながら、私はこたつに広げた折り紙を折っていく。縦に八、横に八の六十四分割。一つ折るのに三十分かかる折り紙を、明日までに三十個折らないといけない。

「この忙しい時期に、居候は何してるわけ?」

 一階の店舗で予約客をさばいていた博哉が、リビングのドアを開けるなり言った。ラズベリーのような甘い香りの赤バラと、モミを数本抱えている。「お、シューマン」とテレビを見て言った。

「会社の忘年会の準備」

 こっちも忙しいの、と私が口を尖らせると、博哉はふぅん、と軽く笑って抱えていた花をキッチンカウンターの花瓶に差した。指先で軽く位置を整えただけで余りものが華やかな花束に変身するのは、さすが花屋。

 さむ、と肩をすくめながらこたつに入ってきた博哉を私は労う。

「プロポーズの時期ですねぇ、お疲れ様」

「クリスマス付近は多いからな。バラの仕入れも増える増える」

「ダズン・ローズね。ダマスク系多そう」

 一階の、バイトの高校生がお客さんに明るく対応する声が聞こえてきた。テレビのピアノ演奏はお昼のバラエティ番組へと替わる。博哉は私の手元を見た。

「それ、バラ?」

「うん。グラデーション紙とか使うと綺麗でしょ。試作の香水披露も兼ねてるから、会場に本物の花は使わないの」

 今年できたばかりの香水メーカー、その開発部としては、ぴったりの趣向だろう。

「博哉もひとつ要る?」

 再就職してからも居候させてもらってるお礼、と私が冗談めかせて言うと、ふと、彼は考え込むように宙を仰いだ。え、やっぱり迷惑だった?

 一年前、勤めていた会社の倒産で職も家もなくして、路頭に迷っていた私に、「うちでご飯食べてくか」と言ってくれたのが、博哉だった。高校生の頃、同じピアノ教室に通っていただけの知り合いだったのに。

 あの頃は、彼が花屋になるとは思いもしなかった。昔は、私がつけてくる梔子だの金木犀だのの花の香りに、眉を顰めて「何の匂い、」といちゃもんをつけてきていたのに。

「……いや、いい。俺が贈る」

「え?」

 私は顔を上げた。

「咲喜が好きなバラ、十二本やるよ。何がいい?」

 返事も考えとけよ、とまで言われたら。

 私もさすがに、バラを折る手を止める。

「……中香以上のブルー香。種類は任せる。私が好きそうな香り、選んでよ」

「……」

 博哉は、昔みたいに渋面を作ったあと、分かったよ、とこたつを抜け出して階下に下りていった。せめて花選びに苦戦すればいい。

 私は軽く息をついて、会社用とは別にもう十二個、バラを折るべく、再び手を動かし始めた。

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