第20話 隠された史実

 数十分後、イリハと美法がやっと城から出てきた。

 希望と絶望に交互に襲われながら待っていた俺は疲れ切っていたが、イリハたちの様子も変だった。

 イリハは思いつめた顔をして、俺に気付いていない。美法も眉根を寄せて不機嫌そうにしている。


「二人とも、お疲れ。どうしたんだ、そんな難しそうな顔をして?」


 俺はなるべく明るく振る舞った。イリハはそこでようやく俺に気付き、何かを言おうとしたが言葉が出てこない様子だった。

 美法が、俺の耳元に口を寄せた。


「少し、厄介なことを聞かされた」

「厄介?」

「ここでは言えない。誰に聞かれるかわからないからな。家で話す」


 家までの魔法タクシーの中で、俺たちは一言も話さなかった。

 イリハはずっと何かを考えこんでいるし、美法もぼんやりしている。俺も疲れて喋る気にならなかった。


 俺たちの家に帰ってきて、休憩を入れた。俺は部屋で菓子を食べたあと、食堂に向かった。

 しばらく経つと、美法とイリハもやってきた。二人とも、疲れは少し取れたようだ。

 俺は二人に飲み物を入れると、すぐ本題に入った。


「それで、何を聞かされたって?」

「厄介なことだ。口外禁止と念を押されたが、楯太郎にだけは話す許可をもぎ取った」

「わざわざ許可を取ってくれたのか?」

「聞きたがるだろうと思ってな」


 美法は俺の考えを見透かしているらしかった。


「色々と聞かされたが、良い話と悪い話がある。まずは良い話だが、魔王の攻撃方法がわかった」

「攻撃方法?」

「魔王が人類を滅ぼそうとした方法だ」


 以前、イリハから聞いた話では、魔王は大昔の大魔法使いということだった。そのあまりの魔力のせいで周囲に恐れられ、迫害された魔王は、人類を滅ぼそうとした。そのせいで封印されたのだと、イリハは言っていた。

 だがたしかに、人類を滅ぼす具体的な方法について、俺は何も聞いていなかった。魔法を使えば可能なのだろう、とあまり深く考えていなかった。


「魔王は本を書いたそうだ。『神は存在しない』と主張する本を。そしてその本を魔法で増やし、世界中にばらまいた」

「…………?」


 意味がわからない。


「どうしてそれが、人類を滅ぼすことになるんだ? 本を書いただけなんだろ?」

「忘れたのか? この世界には魔法があるが、魔法は神の力を借りて行う奇跡だ。使うためには、神を信じ、神を愛する必要がある。なのに、もし世界中の人間が『神などいない』と思い込んでしまったら、どうなる?」

「……誰も、魔法を使えなくなる?」

「そうだ。そしてこの世界にとって、魔法は文明の礎。電気みたいなものだ」


 もし俺たちの世界から、電気がなくなったら?

 工業も農業も、あらゆる産業はストップするだろう。鉄もプラスチックもなくなり、ほとんどの病気が治せなくなって、大勢が飢えて死ぬ。

 それで人類が絶滅する……とまではいかなくても、何億、何十億という命が失われるのは間違いない。

 まどろっこしい攻撃方法だが、この世界においては強力な攻撃なんだろう。下手に武力行使(魔力行使)に出るより、安全で確実な方法なのかもしれない。


「その本は、今は?」

「当然、一冊も残っていない。当時の人々がすべて焼き払ったそうだ」


 世界中にばらまいたのなら、一冊ぐらい偶然残っていてもよさそうだが……。何百年も昔の話だし、仮に残っていても見つけるのは至難の業か。


「……で、なんでそれが、良い話なんだ?」

「この攻撃方法は、準備に時間がかかるからだ。本を書かなきゃいけないからな。復活した魔王がいつ攻撃を始めるかわからないが、何か月かは猶予があるということだ」


 魔王は大昔の人間だ。現代人が読める言語と文字で文章を書かなければ、この方法で人類を滅ぼすことはできない。


「なるほどな。たしかに良い話だ。……で、悪い話ってのは?」

「魔王の素性だ」

「素性?」


 俺が聞き返すと、イリハが唇を噛みしめた。


「大昔の大魔法使い……なんだよな?」

「その通りだ。だが王家に残された史料には、魔王についてさらに詳しいことが書かれているそうだ」

 王家の史料?

「その史料によれば、魔王は、クユリ人らしい」

「えっ」


 イリハが思いつめている理由が、察せられた。


「じゃあまさか、クユリ人差別の原因って」

「ああ。クユリ人が人類を滅ぼそうとしたからだ」


 イリハの人生は、クユリ人差別への抵抗とともにあった。差別へ抵抗するために数学を学び、常にトップに立ち続けた。その苦労も、プレッシャーも、魔王のせいだったってことか?


「国王は、この事実をずっと隠していた」

「クユリ人差別をなくすために?」

「そうだ。本来なら、魔王討伐隊メンバーにも話すつもりはなかったらしい。しかしイリハがいたからな」

「クユリ人のイリハには真実を告げておこうと、配慮したわけか」


 俺がそう言うと、美法とイリハが目配せした。

 どうやら、まだ秘密があるらしい。


「それだけではないんです」

 イリハが説明を引き継いだ。

「国王様は、魔王についてより詳細に調べていました。そして、魔王の名前を突き止めました」

「名前?」


 そりゃ、ただの人間なんだから、名前があっても不思議はない。今まで考えもしなかったけど。


「魔王の名は、オルセーア・アブサード」

「え……アブサード?」


 俺は聞き返した。

 アブサード。俺がこの世界で知っている、数少ない苗字のひとつ。

 イリハ・アブサードと、同じ苗字だ。


「単なる偶然かもしれません。しかし、魔王の時代には苗字を名乗る人物はまだ少なかった。そして私は、この苗字がかなり古い苗字だと聞いたことがあります。国王様も、私の家系を遡れるだけ遡って調べたそうで……その結果、確度は高いと仰っていました」


 なんの確度かは、聞くまでもない。


「つまり魔王は、私の先祖らしいのです」

「……」


 まさか、そんな偶然があるだなんて。


「それじゃ、イリハは……やるのか? 魔王の討伐を?」


 自分の先祖を、封印することにためらいはないのか?


「国王様にも同じことを聞かれました。色々思うところはありますが、遠い先祖なんて、ほとんど他人みたいなものです」


 イリハは気の強そうな目で、俺を見た。


「私は、魔王を倒します」


 まるで、人生の悲願かのように、そう言った。

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