なんだか須磨子がかわいらしく見えてきました。
確かに使用人にごみ処分を依頼すると考えると、処分に困りますね。
「お嬢様、悪い方とのおつきあいが!?」と心配されそうですし・・・
ヴァージニア・ウルフのオーランドーがすでに昭和初期に翻訳されていたとは!
現代でも攻めた内容というか。フェミニズムでは片づけられない本質をついていて面白いのに戦前日本で読めたとは。
そうか、川端康成までが参戦しているということは、乙女小説の人気度がうかがえるというわけですね。
前衛映画の原作も手掛けるし、川端は時流に敏感だった!?
作者からの返信
綾森れん様(ポイント⑤🎉)
小さなゴミならそこら辺のドブに捨てれば済むような気もするけど、お嬢さんなので全く見当が付かない模様。
これとは関係なく、戦前のゴミ捨てルールが調べても全然分からなかった…屑屋さんがリヤカーで回ってたのか。そもそも現代と違ってゴミの量が極端に少なかったのか。
『伝奇小説オーランド』は重そうな単行本ですが、全訳ではなく、妙訳っぽい感じも。検閲を前提に、どの辺りを削ったのか。原書や現行版と比較したら、面白い考察ができるかも知れません。
川端参戦は、多分、出版社側の依頼だと思います。少女雑誌の売り上げが良かったので、大御所系に支払う原稿料も用意できたのかと。他にも男性作家が挑んだようですが、今ひとつだったらしい。
吉屋信子の後継者も現れず、乙女小説のスピリットは戦後の少女コミックに引き継がれた、と寺山修司が論じています。
「塵の捨て方がわからない」須磨子、本当にお嬢様ですね。こういう描写、好きです(*´▽`*)
この場合、物が物だけに……というのもあるのでしょうが……。
自分で扉を開けたことの無い方もいらっしゃったようで。襖の前で、開くまで突っ立っていたお嬢様のお話を、かつて伺った事を思い出しました。
作者からの返信
宵白蓮さま
ゴミを誰が始末して、どこで処分されているのか、全く関心がない感じです。高級住宅地こそ、大八車の回収屋が多く見掛けるような気もするけど、当時の実情はいまいち不明。
しかも、違法なものの処分。これは現在でも同じように悩むかな。
侍女が居るなんて御伽噺の世界ですけど、レベル違いの世間知らずなお嬢様は今もひっそりと何処かで暮らしているはず。電車の乗り方を知らないという例を聞いたことがあります。