7.狂人の半魔 カルマ=ヴィアジェ=ヘルヘイム

 ノエルが腕を出すより先に、カルマの腕が伸びてきた。

 摑まえた腕に無遠慮にかぶり付く。


「いたっ…ぃっ」


 涙目になるほど痛い。

 牙が肌を抉って内側にめり込む様が見える。傷口から、血が溢れて滴り落ちた。


(採血って全然痛くなかったんだ。噛まれるのってこんなに痛いんだ)


 病院の採血とは比べ物にならない痛みに、歯を食い縛った。


「我慢しろよ。そのうち、好くなる」


 ドクン、と心臓が揺さぶられる感覚がした。

 全身をめぐる血が徐々に熱を増して、体が熱くなる。


(なんだ、これ。息が、苦しい)


 苦しいのに、体の奥から、得も言われぬ快楽がふつふつと湧いてくる。

 血を舐めるカルマが、ノエルを見上げてニヤリと笑んだ。


(そうか、傷口から瘴気が流れ込んできているから……)


 吸血する際、魔族は無意識で相手に瘴気を流し込む。

 獲物に幻覚術を掛けて快楽をもたらすことで、楽に捕食するためだ。


(でも、こんなの、想定外だ……)


 体の芯が痺れて、疼く。息が上がって、熱が浮いた顔が熱い。頭の中に霞が掛かって、思考が鈍る。真っ白に塗られていくような感覚に、恐怖が走る。


「は、はぁ……ぁ、はぁ」


 前に倒れ込んだ体を、カルマが受け止めた。


「気持ちよくなってきただろ。脈が上がってんのは、俺の魔力を流したからだ」


(心臓が馬鹿みたいにうるさい。脈が速くて、苦しい。瘴気だけじゃないから、こんなに辛いのか)


「なんで、そんな……契約、違反……」


 足が震えて、力が入らない。

 座り込んだノエルの背中を、カルマが木に押し付けた。


「魔力を流さないなんて契約は交わしていねェよ。違反じゃァねェ。魔族オレの魔力を流したら、魔石がどんな反応するのか、見てェだろ」


(魔石の反応? 魔石に働きかけているから、血が駆け巡って)


「ぁ……ぅ、ん……は、はぁ」


 言葉を発しようとしても、うまく発音できない。


「お前は今、魔石のせいで魔族寄りの魔力と体質になってんだろ。けど、魔族にはなれねェ。普通の人間でもねェ。魔石をもっと刺激したらどうなるか、見てみたいよ

なァ」


 声は聞こえるのに、ぼんやりしている頭のせいで、言葉の理解が追い付かない。

 カルマがノエルの襟元に手を掛ける。白いブラウスを引き千切った。

 抵抗しようと伸ばした手は空を彷徨い落ちた。


「知っているか? 核に近い場所から吸う魔術師の血は美味いんだぜ。こっから瘴気と魔力を流し込んだら、お前はどーなるだろうな。腕で、この有様だ。楽しみだな」


 カルマがノエルの胸元に噛み付いた。

 体がビクン、と跳ね上がる。


「いっ……、あ、ぃ、いたぃ……はぁ、ぁっ……ん」

「もう痛くねぇはずだ。むしろ、気持ち好くて、体が疼くだろ。ほら、もっと好くしてやる」


 カルマが強く吸うほど、瘴気が大量に流れ込んでくる。痺れと疼きが増して、体が悶え動く。

 動く左腕で、木枝を探し、自分の太腿を突いた。痛みで何とか覚醒を促そうとするも、それもカルマに奪われた。


「無駄な抵抗っていうんだぜ、そういうの。こんなに蕩けた顔して喘いでるくせに、まだ逃げようと頑張るのは、ひ弱な小動物みてぇで可愛いけどな」


 ノエルの顎を掴み上げて、カルマが顔を寄せてくる。視界が涙で潤んで、顔もよく見えない。唇の端を噛まれて、血が流れた。それすらも気持ちよく感じる。

 口端から流れたノエルの血を、カルマが舌を這わせて舐めあげた。


「お前の血は、予想以上に美味いな。俺まで酔いそうだ」


 艶を帯びるカルマの声も、遠くに聞こえる。溢れた涙が流れて、血と混ざり合い、草むらに落ちた。

 体に力が入らない。

 首筋からも血を貪って絡みつくカルマに体を預ける姿勢になる。頭の中が真っ白で、何も考えられない。襲ってくる快楽の波に、飲まれそうになる。


「もっと欲しいか? してくださいって言えたら、もっと好くしてやる」


 首に掛かる息が熱い。ノエルの腰に回ったカルマの腕が強く締まって、体が密着する。まるで、カルマの方がノエルを欲しがっているみたいだ。


「はな、し、て……」


 力の入らない手で、カルマの体を押し返す。

 あっさりと腕を掴み上げられた。


「へェ、まだ抗うのかァ、強情な女。いいぜ、だったら体中、犯してやるよ。感じてる女から吸う血は美味いんだ。お前なら格別だろうなァ」


 欲情したカルマの目が迫ってくる。唇から流れる血を吸い上げる。吸われるたびに、腹の奥から気持ち良さが込み上げて、下腹部が疼く。

 カルマの手がスカートを捲って、太腿に伸びた。体がビクン、と大きく跳ねる。


 突然、カルマが顔を上げた。

 後ろをじっと見詰めて、気配を探っている。次の瞬間、何かが飛んできた。


「なんだ、もう見付かったのか。これから、だったのになァ」


 ノエルの頬に手を添えて、流れる涙と血をなぞる。


「俺の瘴気と魔力で、お前はどー変わるだろうな。次は、お前に会いに来る。逃がさないぜ、ノエル」


 カルマの姿が、闇に溶けた。

 動けないまま、ノエルはそれを見送った。


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