第3話 犬猿関係

 相手が怖くないのか、俺が口を開く前に先に柳原の方へ向かう風雅は、俺の肩から柳原の肩へと手を置き替える。

 だが、柳原は俺の顔を見るや否や、明らかに嫌な顔を浮かべだす。


「げっ、なんであんたがいるのよ」


 そんな反応に、俺は思わず首を傾げてしまう。

 もしかして風雅、こいつに俺が来ることを言ってなかったのか?まぁ俺が来るってことを事前に報告していたら、来なかったかもしれないからいい判断と言えばいい判断か。


「いちゃ悪いかよ」


 セミロングのピンクベージュの髪をなびかせる美人に、いつもよりかはおとなしめに言葉を返す。

 先ほどの授業で宣言した通り、俺がこの女をカバーしていかないときっと寝取るのは無理だ。喧嘩ばかりで寝取れるわけがない。


「悪いわよ。さっさと帰って」

「そんな睨んでたらしわが増えるぞ」


 できる限り風雅には負担を掛けないように、俺が積極的に言葉を発する。


「まだ高校生だからしわのことは気にしなくていいです」

「そか」


 これ以上言い合いが発展しないように短く切った俺は、風雅と柳原の間に入るように移動する。

 どうやらそんな俺に疑問を抱いたらしく、柳原は首を傾げ、


「なに今日の柏野。気持ち悪い」


 俺に言っているのか風雅に言っているのか分からないことを口にする。

 気持ち悪いまで言わなくていいだろ、と言いそうになったが、大人の俺は我慢する。

 俺はどこかの女みたいに子供じゃないんでな。


「いつまでも言い合いをするようなガキじゃないんでな」

「……うっざ」


 未だに目を細めてくる柳原をスルーした俺たちは歩き出す。

 さて、どこに行こうか。

 いつもなら風雅と柳原が勝手にどこかに行くから、それについて行っているだけなのだが、今日は少し違うからな……。


 なるべく相手にいい所を見せて?ちょっとでも気にさせるようにする?

 ……むずくね?一応この2日間で色々小説を見て勉強したが、酒に溺れさせるか、相手の女も相当な男たらしじゃないと無理ということが判明したからな……。

 この女は残念ながら一途だし、俺たちは高校生だから酒なんて飲めないし――って、ほぼ積みじゃね?


 風雅をいじめるほどのクソ女が一途なのか?という疑問があるかもしれないが、なんやかんやでこの女は中1の頃から風雅のことが好きだったらしく、猛アタックの末中3で付き合い、今に至るほどの一途だ。

 そう考えれば、なぜ一途の女がずっと好きだった彼氏をいじめているのか――


「なに。張り切ってる割に、どこに行くか決めてないわけ?」

「……るせーな」

「ふっ、これだから柏野は。ね?風雅」

「ほんとな。蒼生に場所を決めるのは無理なことだ。ということで澄玲が決めてやれ」

「命令形!?」


 2人揃って俺をいじめるのはやめてくれよ。てか、この2人本当に仲がいいな。裏で何かされているとは思えないほど仲がいい。

 けど、これもすべて演技なのだろう。


 うんと頷く風雅は歩きながら俺の右にいる柳原に目を向ける。

 その目にはどこか圧を感じるが、きっと気のせいだろう。


「えーじゃあ、ワクドナルドとかどう?私、お腹すいたし」

「ありきた――いや、いいね。そこ行こう」

「今なんて言おうとした?ありきたり?なに。喧嘩売ってるの?」

「言ってねーだろ。すぐ歯茎出そうとするのやめろ」


 いつもの癖で煽りそうになった言葉を口の中に止め、嫌々ながらも相手を上げるような言葉を口にしたのにこの仕打ち。

 確かに途中まで言いかけた俺も悪かったかもしれないが、この俺が言い直したのだから見過ごしてくれたっていいだろ。


「柏野が変な事言うからでしょ?」

「だから言ってねーって。耳ないのかバカ」

「いつも通り俺が真ん中に入った方がいいか……?」


 前を見ることなくお互いの目を睨みながら言い合う俺たちに、風雅は似合わない苦笑を浮かべて言ってくる。


「いやいいよ。犬のリードは握ってるつもりだから」

「猿にリードなんて握られたくない」

「んだと犬――いや、そうだな。握られたくないよな」


 危ない危ない。危うく言い合いが発展するところだった。

 意識してないとすぐ煽りそうになる癖直した方がいいな。まぁこいつだけにしか言わないだろうから、別にいい気もするけど。


「……気持ち悪」


 ボソッと呟かれた言葉はしっかりと俺の耳に入ったが、どこぞの犬とは違って歯茎は出さず、柳原のことなど無視して風雅に顔を向ける。


「この前の試合どうだった?」


 インターハイも終わり、3年が引退した今――俺の親友はなんとサッカー部のエース。

 顔も良くてサッカー部のエースともなればモテるモテる。現に、彼女が居るのにも関わらずこの1年で10人以上に告白されたとかなんだとか。


「勝ったぞ。割と圧勝でな」


 そしてうちのサッカー部は県で1位2位になるほどの強豪校。強い選手が集まる年には全国で優勝するレベル。

 言葉を短く切って言う風雅に、俺は素直に感嘆をあげる。


「すげー。もしかしてハットトリックとか決めた感じ?」

「そりゃな。エースなんだからそれぐらいのことはしないとな」


 坦々にかなり難しいことを言う風雅に、さらに小さく拍手をしながら感嘆をあげる。

 そんな俺の隣ではどこか自慢気に胸を張っている柳原。どーせ、なんで胸を張っているんだ?と聞けば絶対に風雅のすごかったところの自慢をしてくるのだろう。


 彼女という立場は守っているのか、風雅の試合の時は毎回見に行っている柳原は、自分のことかのように自慢してくる。

 そんな事を毎回されれば言われずとも予想はできるので無視する。


「1人で3点取るってすごいことだけどなぁ」

「だろ?けど、今回は相手が弱かったからな。次も油断しないよう頑張るわ」

「がんばれー。帰宅部ながら応援しとくー」


 ファイト〜という言葉も添えて言った俺は、未だに隣で胸を張る柳原のことなど無視して前を向く。

 風雅もあまり柳原に触れたくはないのか、俺同様に前を向き、うちの高校の生徒がよく集まる商店街のワクドナルドへと足を運ぶ。


「ねぇ。無視してる?」

「なにがだ?」

「なにがだ?じゃなくて、無視してるよね?柏野のくせに」

「構ってほしいのか?ならそう言ってくれないと困る」

「違う!」


 とうとうしびれを切らしたらしい柳原は胸を張ることをやめ、俺の袖を引っ張りながら言ってくる。

 よく彼氏が横にいるのにそんな勘違いさせるようなこと出来るな、という言葉は風雅にとって気まずいものになるだろうから言わないが、すぐ男の袖を握るんじゃない。


「ならなんだよ」

「なんで無視してるのか聞いてるの。私の言いたいこと分かるでしょ?」

「言葉にしてくれないとわからん」

「……頼りない男」

「うるせ」

「…………ほんと、頼りない」


 そんなに言うことか?いや別に頼りないってことは自分でわかってはいるが、そんな口を尖らせてまで、2度も言うことはないだろ。


「てか袖」


 未だに俺の袖を掴む柳原の手を振りほどくために右手をブンブンと振り回す。

 横目に風雅の様子を伺い、嫉妬のような眼差しはないかを確認してみるが、そんな様子は見られない。それどころか、俺たちのことなんて気にしていないかのように前を向いて歩いている。


「袖も掴まれたくないほど女子のこと嫌いなの?」

「お陰様でな」

「嫌な男。これだから柏野は」

「なんだよ。文句か?」

「文句しかないわ。心の狭い男。バカ」

「……美人の裏の顔はすっごいな」


 特定の人物に限るが、美人の裏の顔はこんなのだ。

 人のことを罵り、罵倒する。この世の男子よ。あまり美人の裏の顔を見るんじゃないぞ。絶対絶望するからな。


「あなたにしか言ってないし」

「俺はサンドバックですか。そうですか」

「別にそんなこと言ってないじゃん。自意識過剰」

「はいはいはいはい。ごめんなさいごめんなさい」


 このままじゃ切りがないと思い、目を前に向けて嫌々ながらも謝って会話を終わらす俺。

 1ヶ月前なら風雅が何かしら言ってきて止めてきたはずなんだけど、今はもうなにも言ってこないのだから、柳原への思いはもう冷めたのだろう。

 けど、少しぐらいは演技した方がいいんじゃないか?


「なんか……私が悪いみたい……」

「だな」

「うっざ」


 もうすぐで到着するワクドナルドに目を向けながら短い言葉で言い合う。

 今こうして柳原と言い合いをしているが、この先のビジョンなどなにも見えていない。


 どうやって関係を発展させようかとか、風雅からどうやって恋愛感情を俺に向けさせるかとか。先程も言った通り、風雅はイケメンでサッカー部のエースという、勝とうにも勝てないほどのスペックを持っている。


 ただの帰宅部の俺が勝てる人ではない。けど、人は顔だけではないと言う。

 だから性格を見直したいのだが……まぁこれまでの言い合いを見てもらって分かると思うが、ほぼ無理と言っても過言ではない。

 ならどうするか。……さて、どうしようか……。

 ワクドナルドに入りながらそんな事を考える俺は、絶好のチャンスが舞い降りてきたことで思考を停止させる。

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