遠征⑨ 一閃

(ソーン……)


 ガルムの炎と、ソーンの氷の衝突。

 その中心から押し寄せてくる高熱の蒸気を【剣の護りソード・バリア】で防ぎながら、ドーチェがソーンたちのいた場所を閉じかけの目で見つめていた。

 爆発で生じた蒸気は、熱波と共にその場を白一色に染め上げる。

 当然、剣の護りより先はなにも見えず、感じるのは肌へと吹き寄熱と、蒸気が冷やされて生じただけだった。


(これで、ガルムが倒れていてくれれば……)


 じっと蒸気の先を見据えながら、ドーチェが祈った。

 すると次第に蒸気が晴れ始め、その間からソーンの姿が見え隠れする。


「ソーン! よかった、無事だったのですね!」


 ドーチェが思わず剣の護りを解き、へと呼びかける。

 足をよろめかせ、荒い息をつきながらも上空を見据えているその立姿は、紛れもなくソーンだった。

 しかし……


「野郎、これでも落ちやがらねえか……」

「えっ……」


 ソーンが忌々し気に発した言葉を聞き、ドーチェは彼の視線の先を辿る。

 その先には、まだ蒸気が立ち込めていた。

 その間からわずかに『赤い光』が煌めいたかに見えた——次の瞬間だった。


 一瞬にして蒸気が吹き飛び、中から太陽のように光り輝く球体が一つ現れる。

 その球体に包まれた赤黒い影——それは、不敵に微笑むガルムだった。


「そ、そんな……」


 足元に出来た水たまりに、それまで膝をついていたドーチェが両手をつく。

 その手から伝わる波紋は、彼女がガルムの強大過ぎる力に打ちひしがれているようにも見えた。


「フフ……フハハ……フハハハハ! どうだ白雑巾、それに戦乙女よ! これが、この私から溢れるこの燃え立つ力こそが、母上の怒りと悲しみなのだ!」


 上空でガルムが高らかに宣言するのを、二人は俯きながら聞いている。

 当のガルムはというと、流石に消耗したのか彼の纏っていた【炎の気意ブレイズ・オーラ】は今にも消えかかっていた。

 とはいえ、その気意のおかげか、彼の身体には傷の一つついてはいなかった。


「白雑巾、いや【狼の王】の忌子いみごソーンよ! お前のような下賤な畜生に、母上の心中など決して察せられはしない! さあ、選ぶがいい! このままその相棒とやらと共に惨めに去るか——我が業火によって、その身を灰だけとするか!」


 眼下のソーンを見下ろしながら、ガルムが再び嘲り笑う。

 しかし対するソーンは、ふらつく四肢を奮い立たせてガルムを見上げていた。

 その顔は絶望に沈んでなどおらず、むしろこの状況を愉しんでいるようだった。


「その表情……どうやら灰になる覚悟はとうにできているようだな!」


 そうガルムが不機嫌そうに吐き捨てると、彼の両前足の爪が赤い光を帯びる。

 その光は爪から前足、腕、肩へと伝わり、大きな手甲のような形態を取った。

 その様はまるで、血液がガルムの身体を流れていくように見えた。


「さあ、これで終わりだ白雑巾!」


 ガルムの身体が、釣っていた糸が切れたようにソーン目掛けて落下する。

 そして手始めにと彼の右腕が振り上げられた——そのときだった。


「ギャハハハハ!」


 下卑た声でいきなり大笑いを始めたソーンに、ガルムも振り上げた爪を下ろして距離を取った。


「貴様、まさか今になって死ぬのが怖くなったのではあるまいな?」

「いーや、別に? だってよ、お前の言っていることがぜーんぶお前に跳ね返ってるのを聞いてたら、どうにも可笑しく思えちまってな! ギャハハハハ!」

「——、だと? なにを馬鹿な、そんなことあるはずがない! この期に及んで時間稼ぎなど、見苦しいにも程がある!」


 鼻筋に皺を寄せて、ガルムが憤慨する。

 そんな彼にもソーンは臆することなく、話を続けた。


「ガルムよぉ……お前、?」

「……なに?」


 ガルムはソーンが目で指し示した方向——ヘルがいたはずの場所をちらりと見た。

 そこで初めて、彼の目が驚きによって大きく見開かれる。

 なぜならそこには、姿があったからだ。


「は、は、母上ぇぇぇ!?」


 狼狽したガルムが、そのヘルへと駆け寄る。

 自分が振るった力で、敵よりも先に愛する母を殺してしまったと思ったからだ。

 そしてそれが——彼の視野が狭まる一瞬の『隙』だった。


「やああああああ!」

「——!?」


 抑えていた思いの丈を解き放つように、ドーチェがガルムとヘルとの間に割って入る。

 その頭上には、蒼い刀身を湛えた大剣が振りかぶられていた。


「くっ……!」


 突然ドーチェが現れたことで、戸惑ったガルムは爪を立ててブレーキをかける。

 しかしそれは、少々気づくのが遅かった。


 ——我流魔剣技、【壮麗たる波濤の一閃タイダル・ブレード】!


 彼女の大剣が、ガルムの頭蓋目掛けて降り下ろされる。

 その切っ先は、頭蓋を通り越して彼の身体まで一息に両断せしめた。


「ば、馬鹿な……お前の小剣では、私を斬ることなどできなかったはずだ……」

「その通りです。 ですがガルム、あなたが調子に乗って氷を溶かしてくれたおかげで、私はあなたを斬ることができた。【ミッドガルドにんげんかい】で言うところの『因果応報』、というやつです」

「な、に……?」


 自身を睨みつけてくるガルムに、ドーチェはつま先で地面を踏んでみせる。

 ぴちゃん、ぴちゃんと言う水音。

 氷が姿を変えた水が、水溜まりがそこにはあった。

 それを見たガルムの身体からフッと力が抜け、地面へと横倒しになる。


さえあれば、ここまでできる……流石はオーディン様が下さった剣、ですね……」


 そう呟くと、ドーチェもガルム同様地面へと倒れ伏す。

 それと同時に、彼らの近くに立っていたも音を立てて砕け散るのだった。

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