・25-24 第511話:「皇后ルーシェの誕生」

 代皇帝、エドゥアルド・フォン・ノルトハーフェンの婚約は、タウゼント帝国の国内のみならず、国外にも大きな驚きを持って受け止められた。

 高位の貴族、それも、事実上の国家元首という地位にあるにも関わらず、その生涯の伴侶として選んだ相手が、ルーシェという、家名も持たない貧民出身の娘であったからだ。


 形式上として、ルーシェは国家宰相のルドルフ・フォン・エーアリヒの養女、ということになってから嫁ぐようにされはしたものの。

 結局は、その本質は変わらない。


 特に、貴族階級にある者たちの動揺、というよりも、憤りは大きかった。

 貴族たちの多くは婚姻を政略の一環として見なしており、実際に、自身もそのようにして伴侶を定めて来た。

 それはほとんどの場合、自らの意志ではなく、家の意向によって決定される。

 これが当たり前であり、貴族である以上は受け入れざるを得ない、と、そう信じて来たのに。

 貴族階級の代表とも言える立場にある人物が、この理(ことわり)を無視したのだ。


 大事な政略の機会を奪われた。

 さらには、神聖であるべき高貴な被選帝侯の血統に、卑(いや)しい貧民の血が混じることになる。

 そういった失望や懸念(けねん)の他に。

 自身の想い人と結ばれることができる。

 ———貴族たちの反発には、確実に、その羨望(せんぼう)、嫉妬(しっと)の感情が含まれていた。


 婚約は国家宰相のルドルフの手配により、帝国政府の公式発表として、新聞各社の記事を通じて大々的に報道され、帝国中に、そして国外にもあっと言う間に広まったが。

 それを何としてでも阻止しようとする貴族たちがツフリーデン宮殿には連日のように押しかけ、一時は緊迫した情勢が生まれた。


 だが、諸外国の中で、イーンスラ王国とオルリック王国が相次いで祝辞を発表し、「花嫁のために記念品を贈る」と宣言したことで、ひとまず貴族たちの反発は沈静化した。

 有力な同盟国の政府、そしてその王族が「認めた」だけでなく、「祝福する」とまで述べたのだ。

 自身を上回るほどの権威の公認というのは貴族たちを黙らせるのには非常に効果を発揮し、それは、サーベト帝国がどういう訳か続いて公認したことから、より一層強力な後押しとなった。


 平民たちの間でも、混乱は少なくなかった。

 貴族同士の婚姻というのは国政の安定にも大きく関与して来ることで、何のツテも力もない者が妻となるというのは、当時の常識からいって不安がられてしまう事柄だった。


 しかし、諸外国が相次いで公認したことと、相手が「ルーシェ」であった、ということから、徐々に受け入れられていった。

 事前にルドルフらが根回しをし、エドゥアルドの側近くで献身的に働き、少なくない功績さえあげて来たメイドの存在を人々に認知させていたのが奏功した形だ。


 戸惑いが消えると、平民たちの間には歓迎ムードが広まりを見せた。


 代皇帝・エドゥアルドは、これまでの貴族たちとは違う。

 国政を改革し、平民の権利を拡充し、国家をより豊かにするために働いている。

 そんな彼が作る、新しい世界。

 次の一千年を存続する、未来のタウゼント帝国。

 その出発点を象徴する、歴史的な転換として。

 平民の出身であるルーシェが嫁ぐことは、同じ平民である民衆からは、生まれ変わった帝国を象徴する、希望として見なされたのだ。


 そうして、タウゼント帝国の建国歴千百四十二年の六月。

 エドゥアルド・フォン・ノルトハーフェンと、ルーシェの結婚式は、帝都・トローンシュタットでもっとも巨大な大聖堂において、盛大に挙行された。


 歴代の皇帝たちが戴冠式(たいかんしき)を開いて来たその場所で式が開かれることとされたのには、強烈な政治的なメッセージが含まれていた。

 それはルーシェがエドゥアルドの正妃であり、これまでの皇后と同様の身分、立場を得る、という宣言だ。


 その意図に気づいた貴族たちはいい顔をせず、苦々しい表情を作り、中には罵倒(ばとう)の言葉を口にする者さえいたが。

 イーンスラ王国の王女・ユーフェミアから贈られたティアラ、オルリック王国の王女・アリツィアから贈られた白亜のウェディングドレスを身に着けた花嫁の姿を目の当たりにすると、沈黙する以外には無かった。


 それとなくあしらわれていた、それぞれの贈り主が属する、王家の紋章。

 その存在が、この婚姻に異議を唱えることは、エドゥアルドだけでなく強力な他国まで敵に回すことになるのだぞと、暗に痛烈な脅迫をかけていたからだ。


 ウェディング・ロードを、国家宰相のルドルフを付添人としてしずしずと進んでいく花嫁には、苦虫を噛みつぶしたような顔をしている貴族たちのことなど気にならない。

 彼らが手放しで喜びはしないというのは以前から分かりきっていたことであったし、———その上で、エドゥアルドは彼女を選んでくれたのだ。


 ルーシェの胸は、幸せで満ち溢(あふ)れていた。

 自分がこれほど満ち足りても良いのだろうかと、不安になってしまうほどだ。


(十年前の私に、こんな未来がある、なんて教えてあげても。

 絶対に、信じられなかったでしょうね)


 つくづく、自身のこれまでの歩みは、特別なものであったのだと実感せざるを得ない。


 ほどなく、ルドルフの下から送り出されたルーシェは、聖職者の前で正装を整え、厳かに待っていたエドゥアルドに迎え入れられ、その隣に立った。


 誓いの言葉が交わされていく。

 事前に何度も練習したので、淀みなく。


 そして、最後に、指輪の交換。


「これからも、一緒に」

「はい、エドゥアルドさま!

 これからもずっと、一緒に! 」


 左手の薬指にピッタリとフィットする、彼女のためだけに作られたリングが治まった瞬間。

 二人は微笑み合い、———すぐに、ルーシェの目からは喜びの涙が零(こぼ)れ落ちた。


 見つめ合い。

 手を取り合い。

 一人がそっと身体を寄せると、もう一人は少しだけ背伸びをしてそれを受け入れ。


 口づけを交わした二人は、ひとつになった。


「代皇帝エドゥアルド陛下、バンザイ!

 皇后ルーシェ殿下、バンザイ! 」


 最前列でその光景を見守っていたルドルフの感極まった歓声をきっかけとして。

 式場は拍手と、祝福の言葉で満ち。

 その輪は、この世紀の一大イベントを見逃すまいと集まった帝国の民衆へと広まった。


 こうして。

 皇后・ルーシェは誕生した。

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メイド・ルーシェの新帝国勃興記 ~Neu Reich erheben aufzeichnen~ 熊吉(モノカキグマ) @whbtcats

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