第29話 事件
ここで詳しく神崎家の内情を説明して置かなければならない。
近藤家の嫁エリが追っ手から逃れて神崎次郎に助けを求めた。エリより3つ年上の次郎は既に神崎家の跡取り息子となって家族を支えていた。
実は…村の幼友達サダという女と、いつの間にか抜き差しならぬ関係になり貧乏ながら所帯を持っていた。
家には母と次郎に嫁のサダ、そして立て続けに子供が誕生していた。だが食うや食わずの生活の中、妻サダは若くして命を落としていた。
だから…現在は独り身である。次郎の長男は梨香子(ヤエ)の3歳年上で長女は梨香子と同い年であった。
★☆
近藤一家が非業の死を遂げて早5年、7歳に成長した梨香子(ヤエ)。そこに、あの母の想い人藤本省吾が現れた。
それは…エリが非業の死を遂げた事で、ただ1人の生き残りヤエを一目見たかったからだ。
1906年の春先のある日の夕暮れ時に、省吾はあの当時では珍しいお菓子を一杯袋に詰めて、今にも崩れ落ちそうな神崎家の戸を叩いた。
“トントン“ ”トントン”
「ごめん下さい」
「ハ——イどちらさんかね?」
そう言って出て来たのはこの家の当主次郎だった。
「あの~僕は生前エリさんとお友達関係だった藤本です。エリさんの忘れ形見梨香子さんに一目会いたくて参りました。エリさんに亡くなる少し前にお手紙を頂きました。そこには『梨香子をほんの少しの間預かって欲しい』と書かれてあったのです。エリさんが亡くなったとお聞きして……そこで……折角手紙を頂いたのに、忙しくて要望に応じてやれなかった無念の気持ちで一杯で、取るものも取り敢えず日露戦争が終結したので馳せ参じたのでございます」
「お前さんいい加減な事をお言いでないよ。他人の子を預かって苦労しているんだ。引き取ってくれるのかい?こちとら例え子供1人でも引き取って貰えるところがあれば引き取ってもらいたいぐらいだ。あっ!それから……梨香子という名前は良しとくれ。誰にバレるかも知れないからね。名前はヤエだからね!」
省吾は今現在32歳だが、優秀でとんとん拍子に出世して大尉となって居た。
(あの時エリの手紙にもっと耳を傾けておけば、近藤家の惨劇は食い止められていたかも知れない)後悔で一杯で飛んでやって来たのだ。
するとそこに、エリに瓜二つの女の子が、ボロボロの着物で現れた。
(そうだ。俺が今でも結婚しないのはエリの事が今尚忘れられないからだ。エリの供養の為にも、この娘を俺の養女として育てて行こう)
こうして…ヤエは省吾の養女となった。
★☆
次郎は考えた。自分の可愛い娘をこんな食うや食わずの家に置いて置くのは忍びない。
(そうだ!ヤエと我が娘ヤスを交換して渡せば、ヤスは一生幸せな人生を歩める)
こうして…ヤエではなくヤスを省吾の養女に向かい言入れて貰った。
名前がヤエとヤス似通っているが、年齢も同い年で顏もよく似ていたので渡す事ができた。
一方の近藤家では最近次郎が強気に出て来て裁判沙汰になりそうな勢いで、迫ってきている。それは…省吾から今までヤエを育てた報酬をタンマリ貰ったので正当な裁判を仰いでもらうために裁判所に訴えた。
だが、報酬のはした金では弁護士費用もバカにならず、折角もらった報酬も底を付き仕方なく諦めて手を引いた。こうして…極貧農家のヤエは11歳で芸者置屋に売られてしまった。
★☆
悲劇の連鎖が続いている根源、恵子の生い立ちを辿って行かないと事件の真実は見えて来ない。
実は恵子の父は恵子が中学3年生の時に交通事故でなくなっていた。だが、恵子の母は1人娘だったので夫が交通事故で死亡したのを皮切りに、里に帰って山口家の跡継ぎとなった。
それでは恵子は軍人藤本省吾とはどのような繋がりなのか?
実は…軍人藤本省吾は直系の藤本本家の長男だった。そして代が変わり恵子の母が嫁いだ先が藤本家だった。だが、父は交通事故で死亡してしまった。
こうして…1人娘だった母が実家に戻り山口姓を名乗ったので山口恵子となった。一方の恵子の夫茂の先祖を辿って行くと、神崎次郎が本家の直系家族となる。
★☆
恵子のご先祖様藤本省吾はエリと恋仲だったが、日清戦争に引き裂かれエリは近藤家の嫁となった。だが、大地主近藤家に嫁いだエリに思いも寄らない悲劇が起こった。近藤家の当主舅優作に犯されてしまい逃げて、逃げて、逃げて、次郎に娘梨香子(ヤエ)を託した。
こうして…最終的には、藤本省吾がエリの遺志を継ぎ、エリの娘ヤエと取り替えたヤスをエリの忘れ形見と信じて引き取った。
省吾はいつまでもエリが忘れられなく、エリによく似たヤスにエリを重ね合わっせていた。
昔から神崎家は器量筋と呼ばれていて……どうもロシアの血が流れているのではと言われている。だからヤエも混血児エリの娘で、ヤスもロシアの血が混じっているので2人が似ているのは当然だ。
こうして…いつの間にか省吾とヤスは男と女の関係になっていた。そして夫婦となった。何と……年齢差27歳それでもとても仲の良い夫婦だった。そして…省吾47歳でヤス20歳の時に誕生したのが娘のイトだった。
だが、年の離れた夫省吾が死んでしまって生活に困窮してしまった。母ヤスの実家という事も有って既に大地主になっていた神崎家に母ヤスと娘イトは奉公に行くようになった。まだ父次郎も健在だったので、可愛い娘と孫を手伝いと称してお金を奮発してくれたので生活も潤って来た。
そして…省吾とヤスの娘イトは嫁いで教員の奥さんとなった。やがて……赤ちゃんが誕生した。それが恵子の母百合子だった。だが一般家庭なので生活は決して楽ではなかった。百合子は代々お世話になっているお婆ちゃんヤスの実家神崎家に、またしても奉公に上がった。1949年の事だ。終戦直後で誰もかれも生きて行くのに必死な時代だった。
だが、もう代も変わり次郎はとっくの昔に死んでいるので、親せきというにははばかれる。遠い親戚で神崎家の「はとこ」と言う間柄だ。嫁に行った百合子は姓も山口に変わっている。もう親戚という感覚は神崎家には無い。
そんな時に事件は起きた。その家の跡継ぎ息子に、器量よしの百合子は強姦されてしまった。その跡継ぎ息子はすでに結婚していたが、妻が産後の休養で里に帰っていた。その時生れた赤ちゃんが亮だった。発情した跡継ぎ息子は欲求不満で我慢できなくなり、百合子を犯してしまった。だが、地主の息子がお手伝いの若い娘に手を出す事はよくあったらしい。
そして百合子も3カ月後に妊娠が分かった。
だから茂と亮と恵子は異母兄弟という事になる。神崎兄弟は苗字の違う恵子が親戚だったなんて全く知らずに付き合い出した。代が変われば縁戚関係は疎遠になるものだ。
こうして恐ろしい事件に突き進んでいく。
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