その3 巨犬と軽トラ

 ウチには巨犬がいる。


 コイツは、とにかくぐうたらで、動こうとしない。客人でも来れば別だが、見慣れた家族が帰宅したところで、腹を上にしてヘソ天状態で寝てるわけだ。だって面白くないんだもん、そんなコイツの心の声が聞こえてきそうだ。そして、びくとも動かない。まるで、茶色い毛の固まりが転がってるみたいだ。


 散歩、普通の犬は好きだと思うが、コイツは排泄のために外に出はするが、ことをすますとそそくさと家人を引っ張って家に帰ろうとする。子犬のころはともかく、怠惰な生活をつづけてすでに六年、太りに太って標準体重三十キロとされるところ、四十五キロである。さすがにデブり過ぎで、獣医から飼い方指導までされる始末である。アタマは悪い方ではなく、自分でドアを開けたりするものだから、ドアの蝶番が体重で曲がってしまう始末である。


 実は軽トラを買った理由の一つには、コイツを快適と思える河川敷に連れ出す作戦も含まれている。数回ほど荷台に乗せ、ロープでハーネスを固定したところうまく安全に運搬できることが判明した。また、荷台で風に吹かれるのが大変気持ちよいらしく、ウットリとした表情で風になびかれている。


 ド田舎で軽トラに犬を載せている光景はよく見ることであるし、法律的に「犬は荷物」であるから、安全さえ確保していれば、違法でもなんでもないのではあるが、間の抜けたウットリ顔してるコイツの表情は人の目を惹き付けるらしく、ずいぶんと注目を浴びてしまった。それを喜んでしまうのがこの犬がお調子者たる理由でもある。


 コイツは新しい軽トラをすっかり気に入ってしまった。ついにはわたしが荷台のアオリを開けようとすると、真っ先に荷台に駆け上がってくる始末である。鈍重な普段の動きからはまったく信じがたい。そして、さっさと荷台に上がるとリアガラスから、いつ動くのだろうかと運転席をかぶりつきで覗き見るありさまだ。


 だが、当初の「河原に連れていく」という目的には見事に合致し、なんのこともなく河原まで犬を運搬できるようになった。そういうところに連れて行くと、気分も変わるのか、むやみやたらと虫だの動く草だのを追って走り回ってくれる。


 そんなことをしてるうちに、軽トラの荷台はなかば犬の所有物となってしまい、どこに行くにも軽トラに乗ってくるようになった。まあ、いいだろう、しょうがない、私はそう思った。


 時間がたつうちに、いつでもどこにいくのでも軽トラに乗せるようになってしまい、思えばこれがいけなかったのだが、ある日とんでもない事態になったわけである。


 購入した軽トラは四駆であり、田舎の険しい未舗装路を登坂していくのにも使う。ごろた石が転がる山道をぐいぐいと登っていくわけである。このあたりの性能はさすが日本のド田舎悪路で鍛え上げられた軽トラであり、本格クロカンSUVにも負けない。車体がどんなに揺れようが、転がることもなく進むのである。


 そうして悲劇はやってきた。


 うちの近くに石灰石を採集する山があり、そこを通ったときである。もちろん犬はおかまいなく乗ってきたし、私もさして気にすることなくリードで犬を固定した。固定したといったところで、首でもしまってしまったら大変なので適度にゆるく、かつ安全にである。


 道に転がるごろごろとした石灰石に乗り上げ、また乗り上げ、そうしたところでいつもの通りぐいぐいと軽トラは進む。これは大したものだ。


 そうしてこの日の揺れは犬にとっての極限状態を迎えてしまったわけである。ホント、なんの悪意もなくやってしまったことで、犬には申し訳ないとしか言いようがないのだが、コイツが子犬のころはたいそう車酔いしやすい奴だったことに、あとから気がついた。べつに虐待しようなんて、そんな大それた気持ちじゃあなかったってことは本当だ。


 私が意気揚々と悪路を上るなか、犬は後部の荷台でげろげろと吐きまくり、うらめしげな目で運転席の方を見ているなんて、自分には気が付かなかったからだ。私は30分ほど運転して坂の上に出たところで車を止めた。


 そうしたら、エンジンとごろた石のきしむ音で聞こえなかった犬のゴエゴエという嗚咽と、後ろ窓から見える、さらに恨みがましい犬の視線に気が付いてしまったのである。


「ああーっ」


 しまったと思って助手席からペットボトルの水を取り出して、荷台にまわり、犬用折り畳みカップを置いて水を注いでやった。そうして恨み爆発の犬にそーっと差し出した。その瞬間の目が合った時はホントにバツが悪かった。ジーっと私をにらみながら、そしてゴエゴエやりながら、水もがぶがぶと飲んでるわけである。


「あー、ゴメン、すまなかったよ、気がつかなかった。悪い、ホントだいじょぶか」


 水を飲み終わると、犬はわざとらしそうに、クシャンクシャンとくしゃみをした。そこはクシャミするとこじゃないよな、と思ったが犬なりの表現手法として抗議してるのである。そこに突っ込みを入れるほど自分は非道な人間ではない。そして、もう一度謝罪した。


「あー、わるかったな。ごめん、帰りは、おまえ、助手席にのれ。ゆっくり行くから。帰ったら大好きな鹿の骨やるから」


 なーにが鹿の骨だよ、と自分でも取ってつけたいいぐさに呆れたがそれくらいしかなだめる言葉が出てこなかった自分が情けない。悪いと思ってるときに限って、そんな言葉しか出てこないのだ。たとえ場違いだとしても、あるいは相手が食いしん坊な犬だとしても。


 そうして登った時間の何倍もかけて、犬に謝罪を入れ、背中をなでまわし、心配でもあったので病院に連れていく算段までしはじめた。とはいったって、ここからなんとか帰らなくてはならない。


 もう犬は荷台には上がろうとしない。しょうがないので、積んであった貨物保護用の古毛布に包んで助手席に押し込んだ。犬はぷるぷると震えながらじーっと見てる。この震えは恐怖体験からきているのか、さきほどまでの怒りで震えてるのかわからなかった。いつもはふてぶてしくどこかあさっての方を見てるのに、今日ばかりは冷たい視線が痛い。


 帰りゆるゆると坂をくだり、たびたび助手席にむかって何度も謝罪の言葉をかけたが、恨みがましい視線が注がれる車中で、たいそう反省した。


 家に着くと、犬はそそくさと助手席から脱出し、家の中に入り込んでしまった。それから病院に連れ出すまでがまた一苦労であった。軽トラには乗ろうとしないので、乗用車で病院につれていった。幸いなことにどうということもなかったのではあるが。


 それから犬は絶対に軽トラには乗らなくなった。当たり前だけど。わるかった、反省してるよ、言葉で済むとはおもわないが何度でもいう。

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もしトラ ーもし会社員が軽トラを買ったらー いわのふ @IVANOV

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