第三部
第七章
幕開5 出会い
「」
「」
誰も私の名前なんか呼ばなかった。
いや、もしかしたら呼んだのかもしれない。私の名前をつけた両親の声が。私は覚えていないけれど。物心ついた時には両親はいなくて、代わりに居たのは児童養護施設の職員だった。
あの人達は、職員として私に接した。父親面も母親面もせずに私達を育てたのだ。私は、最低限しか会話をしなかった。同世代からの遊びの誘いを断っていると、誰も私の名前を呼ばなくなった。私はそれで居心地が良かった。
「思い出」なんていらないと思っていた。
ローブの男から魔法バッジを貰った時、どんな言葉を交わしたのかも記憶していない。他に覚えているのは、その日雨だったことだけ。
何故戦う気になったのかも思い出せない。どんな敵と戦っていたのかも覚えていない。
強烈に残っているのは、あの出会いだけだ。
小路の真ん中で、私は地面に倒れ伏していた。痛みの中に、渦巻く心の闇があった。それがじわじわと心を蝕んで、起き上がる気力も失くして。私は漠然と、死を覚悟していた。目を閉じようとしたその時、視界に「手」が映った。
「ね、ドーナツ食べない?」
見上げると、赤色の髪で二つ結びの少女がいた。セーラー服を着て、その上にセーターを着た、同い年くらいの少女。それが、キラキラと目を輝かせながら私に手を差し伸べていたのだ。
「あのね、私達、この戦いが終わったらお茶会するんだ! いつもは四人でやってるんだけど、君がいたらもっと楽しいかなって!」
「いらない」
重たい身体を動かし、立ち上がろうとしながら答える。答える価値もないのに、なぜ答えたのだろうと疑問に思った。
「どいて」
二つ結びの背後に立っていたのは、敵の幹部の一人だ。身体的特徴すら覚えていない。ただ、その一人によって、辺りに咲いていた花々は吹き飛ばされていた。ぐしゃぐしゃになった花が地面に落ち、辺りを醜く彩っていた。だけど、そんなのはどうでもいい。私がやることは、敵を倒すことだ。こいつに関わっている時間はない。
「ね、名前なんていうの? さっき戦ってたよね? あ、もしかしてバッジ持ってる!?」
「どいて」
「この戦いが終わったら、一緒にカフェ行こうよ!」
「おいペルプ、それフラグだぞ」
別の方向からも声が聞こえてくる。うざったらしい。煩い。口を動かそうとして、また崩れ落ちる。駄目だ、もう魔力がない。
「……無理をしてはいけませんよ」
また別の方向から声がして、ふわりと風が吹いた。
「そうそう! だから、ここは任せて!」
「でも、僕達で勝てるのかなぁ……」
また、別の声が聞こえた。すると、二つ結びは笑った。その時初めて、私はまともに誰かの顔を見た気がした。そう思わされるくらい、弾けるように、楽しそうに笑っていた。
「大丈夫!」
「行動すれば、奇跡は起こる!」
その輝きが、私の胸の奥を妙に焦がした。
隣を飛び出していったのは、黄色い髪の少年。それから青い髪の少女が着いていく。その後ろに……もう一人、いたはずだ。その後を、二つ結びは追いかけていった。
それが、私とペキカセットが出会った日。
それが、初めての思い出。
もう一度、なんて望まない。ただ……この日を覚えていたかった。
覚えているのは、私だけでいいと思っていた。
だから……四人目の「 」を覚えていないのが、嫌だった。
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