♯24 大切な友達

 扉は、重々しくそこにあった。

 配信女と宇宙人は気を利かせて私と別れた。いや、私のことを配信しに行ったのだ。どうせ、止めても喋るに違いない。だからあの配信女には、「名前は出さないように」とだけ言っておいた。

 中から話し声は聞こえない。文学青年はこの中にいないのだろう。【創立者】の初老や船長がいるということもなさそうだ。

 私は、ドアノブに手をかけた。いつもは気にも留めないひやりとした感覚。少し動かしただけで、隙間から風が吹いてきたかのような錯覚を覚える。

 布団が擦れたような音がした。それがら、起き上がったような音も。部屋に踏み込む。

 カルモは、青色の目に私を映していた。

 時間が、流れた。流れたのが分かった。止まることなく、私とカルモの間を流れ続けていた。流れすぎていた。私のいない、カルモの時間は。

「あら」

 カルモは、私に向かって微笑みかけた。出会って直ぐのカルモに似ている。警戒心を隠した、取り繕った笑顔。

「……ごきげんよう。先日は失礼いたしました」

 上半身しか起こしていないにも関わらず、カルモのするお辞儀は優雅だった。

 何を話せばいいのか、私にはわからない。「どうも」とも、「鬱陶しい」とも言えない。目線を動かすと、机の横にティーポットが置かれているのが目に入った。

「紅茶」

「え?」

「入れてくれる?」

 カルモに掛かっている布団が少し動いた。私への警戒が高まっている。当たり前だ。理性を取り戻したカルモは、すべてを警戒して利己的に動く。探りあいでは、全力を出したカルモには勝てない。

「どうして、私が紅茶を入れられるとお分かりに?」

「……」

 真実を隠した瞬間、カルモには絶対に分かる。

「……敵になるかもしれない人のことを調べるのは、当然のことでしょ」

 だから、嘘を吐く。私は、カルモと距離をとる。時間の流れに隔てられた距離が縮まらないように。

「そう。貴女は私のお友達のことも知っているのね」

 沈黙を使って肯定した。

「……キロロがどこにいるかも、知っていらっしゃるの?」

「教えると思う?」

 私は、言い終わると同時に後ろを向いた。今度は、カルモが返事をしない番だった。きっと、後ろを向けば紅茶を手にしたカルモが座っている筈だ。

「そんなもの、何の役にもたたない」

 だって、私はもう既にカルモに魅了されていた。恋愛的な意味じゃなくて、その人柄に。だから、カルモの『魔法』を見て再び魅了されたところで、話すことには変わりがない。

 返答がないのをいいことに、私は言葉を紡いだ。

「あなたがナイフでも持っていて、私を脅したなら別だけど。ずっとお仲間と行動していたんだから、独りでは戦えないんでしょ」

「……っ!」

 そんな声を出させたいんじゃない。そんな、顔をさせたいんじゃない。でも、私はそうふるまっている。どうすればいいのか、分からないから。

「普通の紅茶にして。話すことと、聞きたいことがあるから」



 カルモがベッドから起き上がり、私はパイプ椅子に座る。もう、問題はなかった。私はカルモに魅了されていないし、カルモとの間には明確な壁があった。

「あなたが探しているキロロには、『ヤミリーズ・カンパニー』の本拠地で会った。あなたのことを探していたから、ここで捕えてるって話したけど」

「どうして」

「教える気はない」

 敵だと思われた方が都合が良かったから。そんな余計な情報をそぎ落とす。

「私達は……『名も無き勢力』は、数日後にあっちに乗り込む。その時に私が探して連れてくるから、ここで待っていて欲しい」

 私は、紅茶を一口飲んだ。熱い。入れたばかりの紅茶なんて、誰が飲めたものか。それでも表情は崩さない。

「私の認識だと、『ペキカセット』は相当強かったと思うけど。どうして離れたの?」

「私が教えると思いますか?」

 沈黙で肯定する。カルモは、情報を対価とすることを知っている。抵抗する手段がないことも、もう分かっているだろう。

「……ペルプちゃんが、転校したんです」

 私が動揺しなければ、の話だが。私はカップを机に置いた。その音がやけに大きく感じられる。

「ペルプちゃんは、私のもうひとりの仲間です。明るくて元気で、勇気を与えてくれて、とっても素直なお友達です。だけど、転校することは教えてくれていなくて……私もキロロも学校で聞いて……ふたりで探しに行ったんですけど、家にも、どこにもいなくて。そうしたら、帰り道でキロロが『本当は敵に捕まったんじゃないか』って。助けに行くって言って、車になって走って行って……そのまま、行方不明になったんです」

 キロロだけではなく、ペルプまでもが行方不明だとは思っていなかった。

「……そんなことが」

 口ごもりながら、相槌を打った。

「キロロは、元気でしたか」

「元気ではあったんじゃない」

 元気だった、と思う。顔色はローブで見えなかったし、声でも判断はできなかったけど。カルモのことを心配するだけの元気はあったと思う。

「お願いがあります」

「何?」

「貴女に着いていかせてください」


 ドーナツを取ろうとした先には何もない。代わりに、カルモが明瞭に見える。微笑んでいる。


「私は邪魔だと思います。貴女の仰る通り、私は戦闘をサポートすることしかできません。ですから、本拠地の入り口まで――」

「嫌だ」

 私は、瞬間的にそう答えていた。殆ど反射のようなものだった。

「それなら、私はここを出てひとりで本拠地に向かいます。そうしたら、貴女は困るのでしょう? あなたの目的は、私達を制御することなのでしょうから」

 違う。違う、違う。

「貴女が私を力と技術で脅すなら、私は言葉で貴女を脅します。どうか、私に着いていかせてください」

 違う。

 目の前にいるのは、いつものカルモだった。違うのは私だ。ペキカセットを制御する気はない。ただ、私は。皆のことを守りたくて。皆に、幸せになって欲しくて。だから、カルモが少しでも傷つくようなことはさせたくなかった。ああ、やっぱり私はカルモに会いに来るべきではなかった。私のせいで、またカルモが傷ついてしまったら。

「…………」

 息を吸って、吐く。平常な声を、絞り出す。

「分かった。じゃあ、当日呼びに来るから」

「いいえ。それまでの間に、私に、独りでの戦い方を教えてください」

「図々しい」

「よく言われます。でも、それが私のやり方ですから」

「鬱陶しい」

「私はカルモと申します。貴女のお名前は?」

 名前を教えるべきなのだろうか。ここで、偽名を使っても。

「……ケト」

「ケトちゃん」

 息を呑んだ。カルモが、微笑んでいたからだ。今度は、打算抜きで。私に。微笑んでいる。

「先程はああ言いましたが、そこまで無理は言いません。貴女の時間を奪いたいわけではないから。だから、せめて……私と、仲良くして頂けませんか。私、ケトちゃんとも友達になってみたいんです」

 カルモは、傷ついた顔をしていなかった。それは嘘だ。カルモは、ペルプ達がいなくなったことに傷ついていて、私の言動には傷ついていない。気づいてもいない。私との間にあった壁も、いつの間にか取り払ってしまっている。

「どうして」

 限界だった。涙を流さないように。声が、震えないように。そう聞くだけで、精一杯だった。

「ペルプちゃんが、教えてくれたんです。行動さえ起こせば、奇跡も起きる、って。だから、私は皆を取り戻すために最善なことならどんな行動だってするわ。キロロのことを助けて、ペルプちゃんのことも、早く見つけないといけないから……」


いないと『ペキカセット』ではないもの」


 私とカルモの間に、奇妙な間が開いた。それは、今までの沈黙ではない。私が、重大なことに気がついたからだ。

「もう一人」

 本当に私のものか疑うようなか細い声が口から零れ落ちる。


 もう一人。

 それは、私ではない。

 ペルプ、キロロ、カルモ。

 ペキカセットは『三人』ではない。


 ――四人目の名前が、思い出せない。

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