#14 信じない関係

 着いてきて貰えるかい、そう言われて断らなかった私が馬鹿だったかもしれない。


 コー、という音が耳につく。横長の直方体は灰色のスーツを着た人で満ちていた。硫黄の臭いは鼻に入っていくばかりで、出ていく気配がない。曇り空とビルの数々が、雪崩るように後ろに流れていく。配信女などと話している時とは別の類の不快感が溜まっていく。あれは「気持ち悪い」が、今は「気色悪い」と感じる。電車に乗るのは始めてだが、私は既に嫌いになっていた。


「帰る」

「無茶を言ってはいけないよ。他に移動手段がなくて……」

 左隣でドーナツより少し細い輪を掴んでいる知り合いは完全にローブのフードで顔を隠している。そうでもしないといけない理由を、私は知らない。知る必要もない、と思っていた。しかし、推測しようとすればできる。知り合いは『奇跡の石』の造り手だ。セトラや私にあれほどの『奇跡』をもたらしたのだから、他の者にとって人的価値は高い。少なくとも『奇跡の石』の存在を知っている敵に……ヤミリーズ・カンパニーにとっては、狙わない理由がない。だから、顔を隠しておかないと――いや、敵側には既に知り合いの顔が割れているはずだ。

 知り合いを横目で見る。何か会話をして、情報を得なければならない。

「ん?」

の他にっているの?」

 あえて言葉を言い換える。雑音が会話に挟まってきて、やっぱり気色悪い。

「……『こちらに対する』ということだったら、いないね。正確には、うちをつぶそうと企んだ個人や少数なら存在するが、規模の小ささ或いは意思の不明瞭さからまったく対極に立つということができていない。だから、僕達が脅威だと感じていたのは君達五人ペキカセットくらいだったよ」

 知り合いのフードのしわが少し浅くなった。少し上を見上げたのだ、と分かる。

「君達が隣町から社員たちを一掃しつつあったことは、評価に値するよ」

 そんなことはない。私は逆に下を、前に座っている者の足元を見る。

 ペルプ達は、自分から敵を探しに行こうとすることはなかった。誰かが困っていたら助ける、という範疇に敵が含まれていたと言ったほうが正しかった。私達の戦闘にそれ以上の意味はなかった。

 しかし反論はしない。私は目線をそのままに、先を続けるように促す。

「君達に手段バッジを手配するように言った店長ナッサクからしても、一定の監視下におかなければならないと思っていたようだ。言ってしまえば、うちに取り込もうということだね」

「駄目」

「そうだろうね」

 私は顔を上げた。視界の端で、知り合いのフードのしわがまた濃くなったのを見た。まもなく電車がトンネルの中に入る。急に音が大きくなる。


「僕も分かっている。大切な人達に、自由でいて欲しいという気持ちは……」


 トンネルを出ると、窓の外に海が映った。

「いや、何でもない。とにかくその計画は白紙にしたから大丈夫だ。君達の動きを監視しつつ、いい意味で放っておくことにした。それ以外には、現状ライバルと呼べるものはいないよ。それに」

 腰に手が当たる。腕を広げようとしたのだろう。済まない、と短く謝ってから先を続けた。

「仮にこの先そのようなものが現れたとしても、君やみんな構成員達が何とかするだろうからね。僕は君を信じているから」


 知り合いは穏やかな声色で告げた。

 薄い。うすっぺらい。自分で「僕がいつから君を裏切るか分からない」と言ったのを忘れているのだろうか。フードに隠れて、目が見えない。本当のところかどう思っているのか分からない。過去に何があったのかも、何故私に対してお節介を焼くのかも、知らない。

「私は信じないけど」

「はは、そうだろうね。実際、僕達に縛られる必要性はない。どうするかは、君が自由に決めていいんだ」


 沈黙と共に、電車の音が戻ってきた。

 「名も無き勢力」に脅威が現れたとすれば、構成員達は迅速に対処にかかるだろう。私だったら、無視をする。戦いに余計なものはいらないから。ただ、敵を倒して、ペルプ達に「不幸」をもたらす類のものが降りかからないようにするまでだ。


 電車から降りるとき、複数の視線を感じた。意外にもそれは、殺意や悪意とは別の種のまなざしだった。羨望? 喜び? いや、ふたつとも違う。様々なものが混ざり合って、まとまって、背中に刺さる。しかしまもなく、視線は少しづつ消えていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る