#11 考え方の変遷は
跳ね起きた。
なんの夢も見なかったから、その余韻はない。だが、その次に来たのは頭痛だった。魔力持ち特有の症状。睡眠でも回復しきれていない。
「おや、起きなすったか」
聞き覚えのない声が聞こえた。私は服のバッジに手を当てようとする――
「あんたの首輪の中には刃物が仕込まれている」
声は私に向かって鋭く刺さる。声の主がこちらに向かって歩いてくる。ずんぐりした身体。初老の男性。やっぱり見覚えがある。
「あっしのこと、覚えてらっしゃるかね。お嬢ちゃん」
思い出した。ここは
初老は、手に持っていたものを差し出した。グラタンだ。私が受け取らないのを見て、ベッド脇の小さなテーブルに置いた。
「食べんさい。ちなみに毒は入ってないべさ。目の前で毒見をしてやってもいい。ああ、あと、この喋り方は続けさせてもらいまっさあ。あんたが指摘した通り、どこの方言でもないがな。でも本当のあっしを急に晒されるのも
私が喋る隙すら与えず、初老は喋り続ける。
「あんたと戦った男はヨユングだな。鉤爪型のフックが『魔法アイテム』で、『魔法タイプ』は……なんだったか。何回聞いても忘れちまいまっさあ。ま、そのうち聞けばええんじゃなかろうか。それから、宇宙人が出たって聞いたが、あっしの見立てでは宇宙人ではないね」
グラタンを食べる道具は、スプーンとフォークだ。スプーンはともかく、フォークは武器として使えるかもしれない。ただ、それはこの初老も予想している手だろう。
「ただな、あっしとしちゃあ、出身や過去などはどっちでもいいと思うがな。所属させるかどうかはビユノム達に決めさせたら良いべさ。お嬢ちゃんも何も聞かれなかっただろう?」
――首元に何か、鋭いものが当たった。
「っ!」
強烈な痛みが、私の身体を支配する。
「そんじゃ、質問に答えてもらうべな」
初老は、恐ろしいほど微笑んでいる。口元が不自然に横に引き伸ばされている。気持ち悪い。私に対して作り笑顔を向けていることが、凄く気持ち悪い。
「早速だが……宇宙人騒ぎに対して、どう思った?」
今すぐにでも逃げ出したいが、圧倒的に私が不利だ。非常に面倒だが、話すしかなくなってしまった。少なくとも、今この場では。私は初老を睨みつける。
「別に私には関係ない。関係したくない」
「なるほどな。だが、たとえばもし、そこにあんたにとって有益な情報が隠れていたら、あんたはその情報を見逃すことになるな」
苛立ちが募る。先ほどから、何を言いたいのか分からない。かけられた布団をつかむが、厚すぎるために布の部分が手の中に入ってくる。気持ち悪い。気持ち悪さが増していく。初老は更に話し続ける。
「お嬢さんに尋ねよう。あの宇宙人が魔法を使えるよう、バッジを支給していいと思うかね。あんたには関係ないことかもしれないが」
宇宙人。本当に関係がない。私に対して何かを叫んでいたのは覚えているが、会ったのはその一瞬だけ。もう私は誰とも関係したくなかった。だが、答えないことには逃げる機会がない。少しでも落ち着くために、私はため息を吐いた。
「そもそもとして、勢力から支給できるものなの」
「お嬢さんはどうやって貰ったのか覚えているかね」
バッジ。人生の転換点のことくらいは覚えている。路地裏で佇む私の前にローブを着た男が現れて、バッジを差し出したのだ。ペルプ達に出会う、ずっと前のことだ。またその時も、雨の日だった。その男が誰だったのか、今なら言い当てることができる。
「まあ、知ってるから答えなくてもいいべな。あれは、あっしがビユノム経由で配っとるものだから」
「えっ」
声が出るのを止めることができなかった。そんなに前から、名も無き勢力との関わりを持ってしまっていたのか。
「それというのもね、元々『バッジ』は全世界に配られていたものだ。だが、ヤミリーズ・カンパニーはその流通経路を徐々に潰していった。ヤミリーズ・カンパニーは、闇の力で取り込んだ人間達を駆使して『魔法』の弾圧に乗り出した。現実味の無い話だが、本当のことだ」
初老は小さなテーブルに手を置き、私の方に身体を近づける。私は身体をのけぞらせる。
「あんたは、バッジを貰う以前、もしくはそのあとに『魔法』について詳しく考えたことはあるか? 出自も不明だった『魔法』の力を使い続けることに、不安はなかったか? そこまで考えが至ることが、ここまでにあったか?」
「……魔法を使うと、体力を消費する。食事を摂るなどして休むと回復するが、消費魔力によっては回復が遅くなる」
すべて、ペルプ達から教わったことがらだった。私と出会う前に、一度戦闘後にキロロが倒れ込んだことがあった。学校のテストの勉強で徹夜していたとのことだった。その時から、四人は「魔法を使った後は休息をとらなければならない」と考えるようになったそうだ。だから、頻繁におやつを食べに行っていたのだ。
「それ以外のことは知らなかった。知る必要性は……」
ないと思っていた。ペルプ、キロロ、カルモ、セトラ。幻影でも逢いたいと思ってしまった四人の顔が浮かぶ。あの四人を倒すために必要なこと以外は、知る必要はないと思っていた。
「では、改めて聞こう。お嬢さんはあの宇宙人に『バッジ』を渡すべきだと思うかい」
初老の質問が耳に届いた。答えないと首を切られることを思い出す。
「私だったら渡さない。戦闘のときに超能力らしいものを使っているのを見た。だから、魔法がなくても戦闘はできる。他の誰かに『バッジ』を渡した方が有効活用できる。流通がないんだったら」
「そうか。やっぱり賢いお嬢さんだ」
初老は満足したように頷いた。これで話が終わればいいとおもっていたが、初老は急に微笑みを崩した。目尻が下がる。それは、不必要な憐みか、もしくは蔑みか。
「なあ、あっしとの話からは有益な情報が得られただろう。だがそれは、あっしだったからじゃないべな。お嬢さん。あんたは、自分が守りたいものを優先するがあまり、それ以外のものを視界から外しておられる」
「……!」
余計なお世話だ。そう言おうとしたが、声が出ない。その通りだった。私は今の推理をどこから引き出した? 殆ど、この初老から聞いたことがらを組み合わせたものだ。
「ビユノム、ムクルレ、ミイナル、そしてヨユング。宇宙人もそうさね。また、敵からも得られる情報というのはあろう。そうして得た情報は、巡り巡ればあんた自身の守りたいものを守る手掛かりになる。ひいては、あんたの守りたいものに関する姿勢さえも変わっていくだろう。そのためには」
初老が指を鳴らす。首元の輪が、すとんと落ちる。
「あんたはまず、あんた自身の考え方を変える必要がある。多少無理やりにでも」
私は、何の反論もすることができなかった。
ここまで来て初めて、頭の中が真っ白になる。
どこから、どこまでを?
首の治療が必要かね、といいながら、初老はテーブルの下にある箱を漁っていた。もう逃げることができる。そう思ったが、私の頭からは逃げるという選択肢が消えていた。眠る前までに感じていた、感情の濁流も消え失せてしまっている。
考える。私が、今何をすべきか。情報を引き出す? 気持ち悪い時間を耐えてでも? 耐え難い。誰かと関係性を持つくらいなら、独りでいたほうがましなのに。でも、そうだ。みんなが幸せなら、私はどうなってもいいはずなのだ――
だとしたら、私には聞かなければならないことがある。
「一体何が目的?」
「ん? ああ、お嬢さんがもう少し『名も無き勢力』で頑張る理由を提供したい。それがあっしの目的さね」
「別に私じゃなくても、代わりはいくらでもいるでしょ」
少しだけ、間が開く。まもなく、初老はころころと笑い出した。消えかけていた苛立ちが再び募る。
「それというのもな、あっしはあんたに『魔法バッジ』を配るよう指示した覚えがない。だが、非正規のルートで手に入れた痕跡も見当たらなかった――それが、あんたを気に入っている理由だべな。強いて言うなら」
初老は顔をあげた。その目は深緑色で、顔には微笑みを称えている。
「……で、私はどうすればいいの。全部知ってるなら分かるはずでしょ。【創立者】」
「いや、決めるのはあんただ。これからどうする気だね。お嬢さん」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます