険しい貌の従者の過去 十八日目 (二十三の日)
親愛なる我が従弟殿。
オーリチが香草茶を淹れてくれるという話は以前にしたと思う。よくよく観察すると、彼はやたらに足繁く厨房に通っているように見えた。
少しでも私が心身に変調を
どうも、薬草の調合が趣味なようなんだ。つまり私は
彼が名門ラングワートの出身ということを考えると、その趣味は少し奇異な気もしたけれど、生家はすでに爵位とも遠く、騎士家に格が近いという話を聞いて納得した。
ただ、だとするとこのケンプフェリアの僧院に籍を置くことも、本来難しいことだったのではないかと思った。大陸で最も権威がある、ということは入るための寄進の額も莫大だからね。
「もちろん、宗主エールコスト侯の援助あってのことです。私は侯の子息の代わりにここに入っていますので」
「代わり?」
「ラングワートは代々、一族の男子を王宮とケンプフェリアに送り出してきました。これはうちに限った話ではありませんが」
各界に権力基盤を築くため、宮廷と教会に縁者を出すというのは、確かに有力貴族ならごく普通のことだ。
ラングワートもその例に漏れなかったけれど、僧院に入ったエールコスト侯の三男は早くに亡くなられ、先年、王宮で陛下の側近をされていた次男も亡くなってしまわれたのだそうだ。
「その次男の代わりに今度は四男が王宮に出仕したのですが、若くして騎士団の団長に登り詰めた人物でして、内向きの宮仕えが全く性に合わず……早々に陛下から
エールコスト侯の四男って、確か「黒衣の騎士」と異名をとる方だよね。私の耳にも噂が入ってくるくらいには著名な騎士だ。
「それでオーリチが代わりに? でもそれなら宮廷に出仕しているはずでは?」
私が問うと、オーリチは苦虫を噛み潰したような顔になった。……元々の顔つきと大差はないのだけれどね。
「私も、宮仕えなど到底務まりません……」
うっかり私もああ、と相槌を打ちそうになってしまったよ。
宮廷か僧院か、どちらかに行ってくれと宗家から頼まれたオーリチは、僧院を選んだわけだ。
「幸い、大主教猊下のお妹君がエールコスト侯の後妻に入られておいでで、つまり
「……皆が幸せになったのなら良い話だけれど、貴方は僧籍に入ってしまって良かったのですか?」
聖職者は妻帯も禁じられているし、何かと人生での制約は多いと思う。よくあることとはいえ、彼ひとりが犠牲になっているのではないかと、私は気になってしまったんだ。
「構いませんでした。僧院で薬草の勉強に明け暮れるのも悪くないと思いましたし、ちょうど婚約者を病気で亡くしたところでしたので」
「……それは、他の女性と結婚したくないと思うほどの相手だったということ?」
少し意外な方面の話が出てきて、私は突っ込んで訊いてしまった。するとオーリチは視線を泳がせて、更に険しい顔になったんだ。正直、怖かった。
「……まあ、そうとも言えますが、それより……。両親が、こんな顔つきの息子と結婚してくれそうなのは彼女だけだったのに! と派手に嘆くものですから、なんだか腹が立って」
「……そう」
私は言葉少なに頷くことしかできなかった。
人にはそれぞれ、事情がある。
ただ、その表情で香草茶の調合ばかりしていたら、ラングワートの目的――権力基盤を築く――は、果たせない気がするのだけれど、いいのだろうか。
まあ、そこは私の心配することではない……のかな。君はどう思う?
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