第17話 誤解
ステルス飛行船内の食堂は、黒一色に塗られた船外とは裏腹に高級レストランかと見間違うほどで、シンメトリーとバランスが重視された全体的に凝りすぎずシンプルで合理的な造りのルネサンス調にまとめられていた。
壮麗でいて見るものに落ち着きを齎す部屋の窓際の一等席にあって、あおいは両手両足に手枷が嵌められ椅子に拘束されていて、そこだけ切り抜けば魔女狩り時代の拷問室のようであった。
両脇には黒服のウェイターが控え、あおいの眼の前のテーブルにはシミ一つない純白のテーブルクロスが敷かれ同じくルネサンス調の皿の上に美しく料理盛り付けられ並べられていた。そして更に視線を伸ばせばビセンが優雅に着席していた。其のビセンをあおいは拘束されながらも睨み付けていた。
「君の其の強い意志が込められた瞳は美しいな」
言葉通りビセンはあおいの瞳を肴にワインを味わっていた。
「変態」
「言葉には気を付けたほうがいい。寛大な私でも手が出ることがある」
「やってみなさいよ」
「荒ぶる姫は猛々しいな。そこが魅力かもしれないが、まずは君と私の間の悲しい誤解を解くこととしよう」
「誤解?」
あおいは思わず疑問を投げかける。あおいにしてみれば気絶させられ誘拐された。そして今もこうして椅子に拘束され自由を奪われている。誤解も何もあったものではないという心境だろう。
「そう悲しい誤解だ」
「誤解を解きたいのなら、まずはこの拘束を外してくれないかしら」
「勿論だよ。だがそれは誤解を解いてからだ。今の君を解き放ったら猛獣の如く暴れだしそうなんでね。ここの品は気に入っているんだ、壊されてはたまらない」
「では何が誤解なのかしら?」
あおいは芝居掛かって気取るビセンに苛立ち付き合いきれない心境で、皮肉げに聞くのはしょうがない。
「私は君に儀式を全うして欲しいと思っている。そう思って見守っていた。介入したのは怪しい連中が君に手を出したからだ」
「何も皆殺しにする必要はなかった」
「なぜだ? 奴らは徒党を組んで君に襲い掛かっていた。殺されても文句が言える立場ではないと思うが」
「それでも命を軽々しく扱っていいはずがない」
こればかりはビセンの言う事の方が正論である。その正論を前にしてあおいは人をあんなふうに虫螻の如く殺していいとは思えない感情で答える。
「私は職務を遂行しただけだがね」
「警察なら捕まえて罪を償わせるべきでしょう」
「仮に私が手心を加え国際警察連合に連行したとしても、彼等はテロ罪で死刑は免れないと思うがね。まあこの件に関しては見解の相違水掛け論だろ。
分かって欲しいのは私はあなたの邪魔をする気はないどころか、儀式を達成して欲しいと願っているということです」
「其の言葉を信じましょう」
あおいは覚悟を決め毒杯を飲み干すように言った。
ビセンの言っていることは一見筋が通っているようでいて、ぐちゃぐちゃに絡まった糸玉としかあおいは感じられなかった。ただ裏にどんな意図が隠されているか分からないが、最後の言葉だけは本当だと感じられた。
「誤解が解けたようで喜ばしいよ」
「なら私を今すぐ開放して。望み通り儀式に戻らせて貰います」
「勿論だとも。今度は私自ら護衛もし、二度と不逞の輩に手出しさせない。
認めて貰えるよね」
ビセンはその端正な顔立ちから女を蕩けさせる極上の笑みを浮かべお願いしている。だがその顔を見るあおいの表情は厳しい。
ビセンの余裕のある表層の裏に秘められた己を拒否することは許さない狭量なナルシストの本質をあおいは本能で見抜いていた。
だが承諾するまでそれこそ飲まず食わずで思考が麻痺するまで何時間でも拘束されつづけることは明白であった。
「お願いします」
あおいは素直に頭を下げてお願いした。
暴力に屈することになろうともあおいにとって葦原の姫として儀式を完遂することこそ優先である。それ以外は二の次と考える。例えそれで自分が泥沼に嵌るとしても。それに危機にこそ脱出のチャンスも巡ってくる。
あおいは今このとき少しだけ臨時従者の顔が浮かんだ。
「任せ給え」
パチンッとビセンが指を鳴らすと控えていたウェイターがさっとあおいに近寄り拘束具を外していく。あおいはこのチャンスにとビセンを見たがビセンは笑みを浮かべたままにその目は獲物を待ち伏せる虎の如く隙はなかった。
「では行きましょう」
拘束が解かれ立ち上がったあおいはビセンを急かす。
「食事はいいのかい?」
「女の子なので食事は制限しているので」
「なるほど。ではエアバイクを用意させよう」
ふっと笑ったビセンもまた立ち上がり、言葉通り出発の準備を始めるのであった。
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