第8話 完敗

 冷たい水滴が頭の上から時々落ちて来る。


 目が覚めてしまった私。


 家を出て少し歩いたところで、後ろから衝撃を受けた。


ーーーーこれは・・・、誘拐?


 空気がひんやりとしていて、遠くからヒューヒューという風の音も聞こえる。


 手首が痛い。結構、しっかりと後手で縛られている。痛さは感じないけど、多分、足首も・・・。


 幸い目隠しはされてなかった。私は薄暗い部屋をジーッと目を凝らして観察していく。


 壁や床は石造りでスペースは結構広い。大広間タイプではなくて、個室。部屋の入り口には堅牢な鉄格子とその先には覗き窓付きの鉄の扉がある。


 うん、素人でも分かる。


 これは簡単な牢ではない。ここは重罪を犯した人を入れる様な場所だ。そして、私はラグの様な布の上に横向きに転がされている。少し魔法の力を借りて、周辺の気配を探るも近くに見張りは居ない。


 そこまで確認してから、私は指輪に魔力を流した。ふわっと白い毛玉が宙から飛び出す。ピピはラグの上に音も立てず、ふわりと着地した。


「キャロル、呼びましたか?」


 キョロキョロ辺りを見回しながら、ピピが聞いて来る。


「見ての通り、誰かに捕まっちゃったみたいなの。あのね、私はいざとなったら魔法を使って逃げられるから、誰の犯行なのかをしばらく此処にいて確かめるつもりよ。ピピはマクスへ私がここに捕らえられていることを伝えてくれる?」


「分かりました。王太子に伝えます」


 金色の目で私を見つめながら、ピピは了承した。


「キャロル、手が痛そうです」


 ピピは私の背後にピョンと回って、手首の縄を切る。


 私は手を前に回し、状態を確認した。


 手首は縄で擦り切れて、出血した跡があった。その周りも赤紫色に変色している。見るからに痛々しい・・・。


 いや、実際にとっても痛いのだけど!!


「誰の仕業か知らないけど、タダでは済まさないわ」


 メラメラと怒りの炎が湧いて来る。


「キャロル、とても痛そうです。ミーが治します」


 ピピは可愛い小さな前脚を翳して、私の手首を治そうとした。私は咄嗟にそれを止める。


「ピピ、ストーップ!!これはまだこのままで大丈夫よ。私は弱ったフリをしていたいの」


「でも、でも、、痛そうです」


 ピピに悲しそうな声で言われると申し訳ない気持ちになる。


「大丈夫、大丈夫よ!!治そうと思えば直ぐに治せるから心配しないで。それより、マクスへの伝言を宜しくね」


「分かりました。急いで伝えます」


 心配そうにしていたピピは私のお願いを優先する事にしたらしく、返事をして姿を消した。


 残された私は切ってもらった縄を魔法で元通りにして、再び横倒しの姿に戻る。ーーーー少し手首に回復魔法も掛けたので、痛みは引いた。



ーーーー


 王太子から書簡を受け取った。


『リューデンハイム男爵、約束は満たしました。貴殿の長女キャロライン嬢との婚姻をお許し下さい』


 わしはマクシミリアン王太子がまだ幼い頃、彼と口約束をした。


 我が妹の子供であるエレナ姫とヘレオス王子、そして我が娘キャロラインと息子ジャスティンは幼い頃から交流があった。


 そして、第一王子マクシミリアンも彼女らと一緒によく遊んでいた。


 ある日、彼はわしにこう言った。


「男爵、キャロルは魔法が使えるのだろう。このままでは魔塔に連れて行かれてしまう。おれの花嫁にすれば、連れて行かれない。どう思う?」


 少し生意気な発言だったが、彼のいう言葉は間違い無かった。


 だが、わしは娘が自ら愛する者と一緒になって幸せになって欲しいという想いもあった。


「殿下、わしはキャロルが貴方を選ぶか、貴方がキャロルを愛して婚約を申し込んで下さるなら考えます。ですが、仕方なくという理由では了承出来ませぬ」


 わしの答えに殿下は苦い表情を見せた。


 彼は恐らく、娘を好いていたのだろう。


「では、殿下が二十歳になるまで、婚約者が決まらず、いまと同じ様にキャロルを好んで下さるなら検討いたしましょう」


 わしのこの返答にはかなりの打算が含まれていた。


 まず、最初から男爵令嬢が第一王子の婚約者というのは悪手だ。何故なら、身分の釣り合いが取れていないという理由で上級貴族からの嫌がらせは必須。


 足の引っ張り合いと成れば、キャロルが魔法使いという秘密を暴かれる可能性も高くなる。また、この目の前の王子マクシミリアンの心も成長と共に変わるかもしれない。


 これから彼の周りには彼を射止めようとする女性が沢山現れるだろう。もし、その中で良き出会いが有れば彼はキャロルに遠慮せず、結婚すれば良い。


「男爵、おれは必ず二十歳になったら、キャロルに結婚を申し込む。覚悟して待ってろよ」


 生意気な王子はその場で、わしに啖呵を切った。


 そして、この書簡。


 わしは王太子マクシミリアンに完敗した。それにしても、婚約をすっ飛ばして婚姻とはな。


 二十歳までという条件は王太子を焦らし過ぎたか?


 ハッハッハ、つい、笑いが出てしまう。さて、返信を待ち焦がれている殿下に了承の手紙を書くとするか。


ーーーー書簡を書き終え、通信係に託そうとしたところで、我が息子ジャスティンが早馬で砦に駆け込んで来た。


「父上、急ぎの用で参りました!」


 砦の入り口で叫んでいる声がここまで響いて来る。


 部下たちはジャスティンをわしの居る砦の上まで最短で連れて来た。


「ジャスティン、何事だ?」


「父上、姉さんが行方不明になりました」


「はっ!?キャロルが行方不明、、、誘拐か?」


「まだ確認中です。ですが、家出をする理由がありません」


 確かに家出をする可能性はないだろう。


『最近は領地再生プロジェクトを頑張っている』と頻繁に近況報告の手紙が届いていた。


「殿下がお前を寄越したのか?」


「はい、殿下は元より、陛下からも各騎士団の精鋭を捜索に参加させよとの勅命を預かって参りました。母上の第3騎士団へも早馬の伝令が向かっています」


 陛下たちの動きは明らかにその辺の男爵令嬢に対するものではない。


 これは、王太子の妃が行方不明になったというレベルの捜査体制では無いか?


 と、言うことは・・・。


「まさか!?キャロルの行方不明は魔法絡みなのか?」


「はい、その可能性があります。既に殿下は単身でリューデンハイム領へ向かいました」


 何という事だ!!


 殿下の判断が遅ければ、キャロルは一生魔塔へ隔離されてしまうところだった。ーーーー背中に嫌な汗が流れる。


「ジャスティン、これを急いで王宮へ。殿下が不在ならば陛下へ直接渡してくれ」


 わしは婚姻了承の手紙をジャスティンに託す。


「分かりました父上」


「陛下にくれぐれもよろしくお願いしますと伝えてくれ。わしも精鋭部隊を直ぐに編成する」


「はい、詳しい知らせが入り次第、捜査地域などをお伝えします」


 ジャスティンは、わしの手紙を胸元にしっかりと押し込み、踵を返し去っていった。


 キャロルが仮に誘拐されたとしても、魔法の力がある。


 ゆえに命に関わることはまず無いだろう。しかし、後に何人(なんびと)からの追求も受けぬよう、キャロルが敵に対して暴れる前に婚姻の手続きは完了させた方がいい。


「殿下、キャロルどうか無事であってくれ」


 わしはゆっくりと祈る間もなく、精鋭部隊の結成を急ぐため第二騎士団団長の元へ向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る