第39話 技術登録だって!
「あ、いたいた! ルルちゃん、やっと見つけたよー」
「あれ、カタリーナさん? どうしてここが?」
竈から焼き上がったパンを出したところで、こっちの大陸の最初の港町・コシークで別れたカタリーナさんがやってきた。
目的地はお互いここだったから、そのうち会えるだろうと思ってどうやって再会するかとか考えてなかったんだよね。
そしたら思ったより街が大きくてビビったんだけど。
「市場でエルフの女の子を見かけなかったか聞いて回ったら、ここにいるって教えてもらって」
「エルフ!? ほ、本当にエルフだ!」
「今まで気づいてなかったんですか!?」
カタリーナさんの言葉で、「あー、私は目立つからな」と思っていたらマティアスさんとユリアンさんは「今気づいた!」って驚いていた。
なるほど、好感度アップ! この親子は、私の肉狂いと同じレベルでパン馬鹿だ! いきなり「作ってもらいたいレシピがあります!」って言いながらパン屋へ入っちゃったから、私の耳を見てる余裕はなかったんだね。
「凄くいい匂いー、これ、パン?」
「そうなんです! 今焼き上がったところなんですよ、いいところに来ましたね」
私を見つけるという大仕事をこなして安心したのか、カタリーナさんが鼻をひくひくとさせた。
8個焼いた三日月パンは、綺麗な金色で表面も溶き卵を塗ったからつやっつや。
マティアスさんがまずひとつを取り上げて、それを半分にちぎろうとし、パラパラと破片がこぼれたのを見て焦っていた。ユリアンさんはナイフを持ってきてパンを切り、断面を見やすいようにしている。
「こんなに層が……」
「艶も美しいね」
「焼きたてのうちに食べてみてくださいよ!」
この、パン馬鹿親子! 断面の観察は冷めてからでもできるよ!
私もひとつ取り上げ、半分をカタリーナさんに渡した。ふたり揃って「いただきます」と言ってからパクリとかぶりつく。
んんんんんー! これだよこれ! 口の中に広がるバターの香りと、焼きたてならではの外側さっくり内側しっとりのW食感!
「なにこれー、パンじゃない! もはやお菓子だよ!」
「バターを贅沢に使っただけの味は出てるな。だが、これは売り出しても買える人間がいないぞ」
「え? 普通には売り出しませんよ? これは貴族とか特定のお金持ち向けにだけ売ればいいんです」
剥がれた層を精霊への御礼として置く。売る気のないパンを持ってきたのか! と思われても面倒なので、私はパンを食べながらバッヘム親子に計画を説明した。
すなわち!
この素晴らしく贅沢で美味しいパンを作り出した美食エルフとして貴族に名前を売り、あわよくばお近づきになり、間に何人挟んでもいいから肉牛を生産している領地の領主とお知り合いになって牛の改良をさせてもらい、最終的に美味しい牛肉を食べるという壮大かつ綿密な計画を!!
私の計画が人間スパンじゃないスケールのものだったので、バッヘム親子はポカンと口を開けて絶句し、カタリーナさんは「なんか、知ってた……」と遠い目で呟いた。あれ? カタリーナさんにこの計画を話したことはないんだけどな?
「肉が食べたいから? そういう理由で貴族に食い込むためにこのパンを作った? エルフの考えることはわからねえ……」
「それ以前に、肉を食べたいっていうエルフを初めて見た」
「えー、そっちで驚いたんですか?」
心外! エルフだって美味しい物が食べたいのに!
エイリンド様だって、さすがにこの三日月パンには屈したという過去を持つしね。
「とりあえず、うちで作るとしてもまずやらなきゃいけないことがある。この三日月パンの製法の中で一番大事なのは、バターを溶けないように層にするところだな?」
「そうですね、このサクサクした食感を出すにはそれが一番難しいところです」
マティアスさんに確認されたので私が頷くと、ユリアンさんがエプロンを脱ぎながら話を引き継いだ。
「じゃあ、商業ギルドに行ってその技術を登録しよう。そうすると、他の店でもその技術を使えるようになる代わりに君に使用料が入ってくる」
「なんと!」
それは前世で言うところの特許みたいなものかな。「バターを冷やしたまま」とか、文で読んだだけでは習得が難しい部分もあるけど、このパンが広まるのはいいことだ。しかも私の名前付きで。
「それは……ありがたい。作る人がいればの話ですけど。私としては、いくつかのお店を食べ比べした結果、ここが一番このパンに向いてると思ってお願いしたんですけどね」
「それは光栄だな、えーと、ルルティエーラ?」
「ルルエティーラです。ルルと呼んでください」
マティアスさんの呼び間違いを訂正し、あっさりと愛称で呼ぶことを許可したらまた驚かれた。確かにエルフは人間にあまり愛称呼びを許さないだろうね。長い名前に誇り持ってる変な種族だから。
「じゃあ、ルル。まずは、市長や議員に食べてもらったらいいんじゃないかな? 立場が上の人間は自然とオルレーデ国内の貴族とのつながりもある」
「おおおっ!」
「その時は俺たちが作って、是非うちの店の名前も売りたい」
「いいですね!」
私とユリアンさんは笑顔でがっしりと握手をした。今ここに、「三日月パン売名同盟」が成立したのである。
カタリーナさんとは住所を教えあい、意外に近くて笑ったりもし、ユリアンさんに付き合ってもらってその後はすぐ商業ギルドに直行した。
できるだけ詳細に手順を書いた「バターを挟み込むことで生地を層にする技術」を、窓口に提出して申請する。これが「製法を見なければ作れないような独自性がある」とみなされて認可されると、登録技術になるんだって。
ちなみに、同じく「バターを織り込む」という技術でパイ生地もデニッシュ生地も作れるから、「パン生地」とは明確に書かず「粉で作った生地」とぼかして書いた。
くっくっく、これでこの街にお菓子とパンの革命が起きて、私にがっぽがっぽとお金が入る――といいな!
私、肉食系エルフです! ~有り余る才能の全てを肉に捧げたエルフの食い倒れ道中記~ 加藤伊織@「帝都六家の隠し姫」発売中 @rokushou
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