第6話 あの日の背中に追いつくために

 エルナもロッタも、自分達では歯が立たないことはわかっている。

 それでも、命――ではないが、乙女として大切なものを散らす寸前の親友を、放っておける彼女達ではない。


 アリアを絡めとる蛸足を引き剥がそうと、エルナが飛びかかり、ロッタは魔術を放つ。



「だ、だめよ、2人とも……!」



 だが怪人は慌てることなく、先ずは2本の蛸足でロッタの魔術を散らす。

 その間にエルナが距離を詰めるが、その途中でガクンと動きを鈍らせた。




 これが、今は・・アリアが戦わざるを得ない理由だ。



 怪人に一定以上近付くと、体も魔力も思うように動かなくなり、致命的に弱体化してしまうのだ。

 今のところまともに戦えるのは、シャイニーティアを纏ったアリア唯1人。


 ロッタのように範囲外から撃った魔術は影響を受けないが、魔術が苦手で飛び込むしか無いエルナは、その影響をモロに受けてしまった。


 怪人は、ロッタの魔術を防いだ2本を振り回し、エルナに打ち付ける。



「がはっっ!!?」



 吹き飛ばされる先には、次の魔術の詠唱を始めていたロッタの姿。

 エルナは落下防止用の壁を突き破り、ロッタ諸共2階の壁に打ち付けられた。



「え、エルナ……っ! ロッタ……!」


(私は、何をやってるのっ……! こんな、情けないっ!)



 恐怖に縮こまり、刺激に悶えている間に、大切な2人に怪我を負わせてしまった。

 悔しさに、目から涙が溢れる。


 それを諦めと取ったか、タコ男は2本の触手を、ついに両脚の付け根に向けて動かした。



「ひっ!? や、やめっ……くっ!」


(違う! そうじゃないでしょっ!? 私がこんなだから、エルナとロッタに、あんな無茶をさせたのよ!?)



 恐怖を押し殺し、迫る蛸足をキッと睨みつける。



(負けないっ! こんな恐怖に、刺激に、負けたりなんか、しないっっ!!)


「このおおおぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!!」



 手脚にあらん限りの力を込め、なりふり構わず全力でもがく。




 アリアの脳裏に浮かぶのは、あの恐怖の日の記憶。



 濡れた下半身の生温かい感触と、広がる水溜まり。


 迫る触手と、その先端の悍ましい顎門。



 そして――






 ――そんな絶望を一撃で切り裂いた、強く鋭い、銀色の光。





(そうよっ! 私は……私は……!)




 光を纏った、同い年くらいの少年は、恐怖で脚が動かないアリアを背にしながらこう言ったのだ。



『頑張ったな。大丈夫、なんとかするさ』



 その瞬間、アリアは、自分の命全てを、その少年に預けた。




(私はっっ!!)



 心に小さな、だが強い火が灯る。

 僅かだが、手脚に力が戻ってくる。




(『彼』のように……誰かを救える、本物ヒーローになるんだからっっっ!!!)



「はあああああぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!」


「ナニィッッ!!?」




 アリアの叫びに呼応するように、その手脚が光を放ち、彼女を絡めとる蛸足を光の粒子に変えていく。

 戒めから解き放たれ宙に投げ出されたアリアは、そのまま床に落下。



「あぁぁっ!?」



 何とか着地するも踏ん張りが効かず、床に崩れ落ちてしまう。



「はぁっ! はぁっ! くっ、ああぁぁぁぁぁっっ!!」


(あと、少しだけでいいのっ! 動いてええぇぇぇっっ!!)



 震える脚に鞭を打ち、タコ男に向けて駆け出すアリア。



「キサマアアアアァァァァァァァァァァッッッッ!!!!」



 タコ男も思わぬ抵抗に怒り浸透で、残り4本の蛸足を繰り出す。



「ふっ! はっ!」



 右のハイキックから、勢いのまま回転し、左の飛び回し蹴り。

 ヒットの瞬間、先ほどと同じ光が瞬き、2本の蛸足が足の形に大きく消し飛ぶ。


 着地と同時に迫る一本は、光を纏わせた腕でガード。



「ぐぅっ!」



 相手も無傷では無いが、アリアも衝撃に耐えきれずよろけてしまう。

 そこに迫る最後の1本。



「ふっ!」



 上半身を狙ったそれを、体をかがめて回避。

 そのまま床に手をつき、体を上下に反転させる。

 更に横の回転を加えての開脚蹴りで、最後の1本を弾き飛ばした。




「ヌオオオオオアアアァァァァァァァァッッッ!!!」



 全ての足を失ったタコ男は、残った人の腕でアリアに殴りかかる。

 下から抉り込む、腹を狙うコース。


 それに対しアリアは、敢えて更に下を行く。

 両脚を180°に広げ体勢を落とし、体を仰け反らせた開脚スライディングで、タコ男のボディブローを潜り抜ける。


 その手には、蛸足に捉われた時に手放してしまった光のリボン。

 タコ男の足元に落ちていたそれを、ボディブローを躱しながら回収したのだ。


 アリアは膝を曲げながら半回転し、しゃがんだ姿勢のまま、リボンをタコ男の全身に巻き付ける。



「ナッ!? ムグォォォォォッッ!!」


「今度こそ終わりよ! 浄化プリフィケイションッ!」



 リボンが強く発光し、タコ男の全身から光の粒子が立ち昇る。



「グワアアアアアァァァァァァァァァァッッッッ!!!!」



 やがて光が止み、怪人だった男は、ただのジョルジュに戻り倒れ伏した。




「はぁっ! はぁっ! はぁっ!」



 アリアも肩で息をしている。

 結局ダメージは負っていないし、それほど激しく動いたわけでもない。


 が、トラウマを掘り起こされ、大勢の前で晒し者にされ、身体は一度、絶頂寸前に追い込まれたのだ。

 心身を奮い立たせて持ち直したが、敵を倒したことで緊張の糸が切れてしまった。


 アリアの身体はフラフラと揺れ、今にも倒れる寸前だ。



(くっ……もう、これ以上は……!)






 ――パンッ、パンッ、パンッ、パンッ……。



「だ、誰っ!?」




 突如鳴り響く乾いた音。

 アリアは警戒を露わに音の出どころ――食堂の奥を睨みつける。


 ちょうど影になったそこから現れたのは、怪しげな仮面をした、まるで舞踏会にでも出るような服装の男。



「『美しい』……とは言えないが、見事な逆転劇だった」



 男はアリアの十数歩手前で足を止め、ダンスを申し込むかのように一礼した。



「私は『斬裂』のヴァルハイト。君達が言うところの『怪人』を生み出している結社、『アールヴァイス』の一員だ」


「なっ!?」



 それは、明確に『敵』であるという表明だ。

 ヴァルハイトと名乗った男に対し、アリアはリボンを構える。


 が――



「はぁっ……っ……はぁっ……! あっ、くぅっ!」



 アリアはもう、心身共に限界だ。

 膝はくの字に曲がりガクガクと震え、何度もよろけては、必死で踏ん張りを効かせる。



(ダメ……っ……立っていられない……! 今、こられたら……ま、負ける……!)



 それでも、最後に残った気力でヴァルハイトを睨みつけるが、ヴァルハイトは余裕の笑みを崩さない。



「そう警戒しないでくれないか? 今日はただの挨拶なんだ。君と雌雄を決するのは、今ではないらしい」



 そう言ってヴァルハイトは、右手側の窓に切り付ける。

 軽い魔術なら弾く強化ガラスが砕け散り、人1人分通れる程の穴が空いた。



「逃げるのっ!?」


「強がるのはやめたまえ。立っているのも辛いのだろう?」


「な、何を……っ!」


「では、さらばだ」



 ヴァルハイトが窓の穴から飛び出すと、程なく外から喧騒が届いてくる。

 外の警備員と戦闘になったのだろう。

 やがてそれも止むと、アリアの体がぐらりと大きく揺らぐ。




「あぁぁぁ……っ」



 今度こそ限界。アリアは膝を突き、前のめりに床に倒れ込む。

 リボンからは光が消え、カラカラと床に転がった。



(だ、だめ……まだ……ここから……離れなきゃ……)



 ここは学園。もう命の危険はないだろう。


 だが、アリアはただでさえ衆目にシャイニーティアを着た姿を晒した上、大股開きにされて喘ぐ姿まで見られたのだ。

 もしかすると、先日の酒場での痴態も広まっているかもしれない。


 これで正体まで知られてしまったら、明日からどんな顔をして外を歩けばいいのか。



(うごかなきゃ……うごいて……にげな……きゃ……)



 例え気絶しても、魔力がある限りシャイニーティアは勝手に解除されることはない。

 が、いかに認識阻害のバイザーがあっても、至近距離から中を覗き込まれれば、かなり効果は薄まってしまう。


 何とか体を動かそうとするが、完全に限界を超えた体はプルプルと震えるだけ。



(だめ……もう……いしきが……)



 最後に何かが弾ける音を耳にして、アリアの意識は闇に落ちた。

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