第47話
車はホテルで借りられた。
軍の車と違い悪路は走れないが静かで綺麗なこともありシャロンは気に入ってくれた。
事前に連絡を取っていた新しい城に行くと一室を貸してくれた。比べるのはよくないがやはりこちらの方が設備が新しく部屋も広い。王に会わずに済んで私はホッとした。
レイブンという金髪碧眼で無表情の美男子が色々と説明してくれた。
「電話はこちらをご使用ください。王家の番号からかけていますからどこに繋げてもスムーズに話はできるはずです。ルイス少佐の情報については今提出するように命じています」
「話が早いわね。あなたみたい子は好きよ」
「ありがとうございます」
レイブンはやはり無表情でお礼を言った。
「では、他に御用があればなんなりと」
レイブンはそう言うと部屋から出て行った。
彼が退室する時に目が合ったが歓迎はされてなさそうだ。今更こんなことをしてどうなるのだと言いたいのだろう。私も同感だ。
シャロンは椅子に座ったままデルビル磁石式の卓上電話を見つめていた。そしてほんのりと頬を赤くして私に振り向く。
「使い方が分からないわ」
たしかに田舎ではこういう電話はまだ普及してないだろう。
「私がかけましょう」
私は腰を上げてシャロンの隣に座った。
ハンドルを回して発電し、交換手を呼び出す。
「はい。どちらにお繋ぎしますか?」
「グラスゴートの駐在所に」
「かしこまりました」
しばらくすると電話が繋がった。緊張した中年男のしゃがれた声が聞こえてくる。
「ええ、こちらダグラス二等兵であります。どういったご用件でしょうか?」
「こちらにいるご婦人が二、三聞きたいことがあるのだが」
「へえ。自分に答えられることがあればなんなりと」
「では代わる」
私はシャロンに受話器を渡した。シャロンは珍しく緊張しながらそろりと受け取った。
「……もしもし?」
私は受話器に耳を近づけると小さいが声が聞こえた。
「へえ。伺いたいことっていうのはなんでしょう?」
「そちらに有名な魔法使いがいると聞いたのだけど」
「魔法使い? ってえと『奇術師』の野郎ですか?」
「それがシモン・マグヌスを指すならそうよ」
「ああ。へえ。おります。いや、そう思います」
「思います?」
「ここ数年は会ってません。なんでも重要な研究があるから訪ねてくれるなと周囲の者には言っておりました」
「最後に会ったのは?」
「五年は昔でしょうなあ」
「そう」
「ですが業者は出入りしました。BBの奴いつもぼやいてましたよ。森の奥まで行ってるのにろくにチップもよこさないからイヤになると」
「それは最近も?」
「へえ。二週間ほど前にも来てました。大体月に一度くらい。食料と魔法の研究に使うという石やら草やらを運んでました」
「どんなものを運んでいたかは分かるかしら?」
「さあ? ……ああでも、一つは覚えてます」
「それは?」
「レトワトとか言ってましたかねえ。最近見た時には箱一杯持っていってましたよ」
レトワト? どこかで聞いたことがあるような……。
シャロンは静かに目を細めた。
「それはなにに使うと?」
「大事な実験に使っているそうですよ。よく使うから月に一度は持って行ってました。あとはパンとかそういう森では採れない食べ物が多かったですね」
「そう。他に訪ねてくる人はいなかったの? 家族とか」
「どうでしょうなあ。家族がいたなんて話は聞いたことがありません。かなり偏屈なじいさんでしたから。魔法の研究が人生の全てという奴ですよ。もしあれでしたら呼んできましょうか?」
どうやらこの男はシモン・マグヌスが王に呼ばれたということを知らないらしい。おそらく秘密裏に連れてこられたんだろう。
「結構よ。話が聞きたかっただけだから。じゃあ最初の男に代わるわ」
シャロンはそう言うと私に受話器を渡した。
私は「この話はなるべく他言無用で」と言っておいた。するとダグラス二等兵は小さく笑った。
「こんな片田舎に王様の関係者が連絡してきたなんて言っても誰も信じませんよ」
だろうな。それほどこれは例外だった。しかも電話の声は明らかに少女のものだ。
電話を切るとシャロンは黙り込んでいた。
なにか分かったのか。それともなにも分からなかったのか。できれば前者であってほしいが、少なくとも私にはなにも分からなかった。
するとそこに先ほどいたレイブンという従者がやってきた。手にはメモを持っている。
「ルイス少佐について今分かっていることをこちらにまとめておきました」
「そう。ありがとう」
シャロンがお礼を言ってメモを受け取るとレイブンは一礼して静かに出て行った。
シャロンは私にメモを渡した。
「読み上げて」
「え? あ、はい」
私はメモを受け取り、綺麗な字を読み上げた。
「ええと。ルイス少佐が指揮を執っていた部隊によると少佐は事前になんらかの情報を得て喜んでいたそうです」
「どんな情報?」
「そこまでは分からないと……」
「そう。続けて」
「準備があるからと言って予定より随分早く部隊から離れています。部下からの情報によると魔法をかなり毛嫌いしていて、魔法使いが軍に関わることを嫌っていたそうです。日頃から魔法使いを排除するためにはどうしたらいいかと聞いてきたと書いています」
私が恐る恐るシャロンを見た。怒っているかと思いきや、想定通りという顔をしている。
「でしょうね。でなればこんなことにはならなかったでしょうから。他には?」
「魔法を排除して発展したゴリガリを高く評価していたみたいです。我が国も見習わなければと。おそらく逃げたとしたら南でしょうね」
「そう。見つかるといいわね」
「どうでしょう……。ただイガヌよりは距離があるのでまだ国内にいる可能性はあります。ほとんどないでしょうが……」
「その人に会うのが一番手っ取り早いわ。見つかることはないでしょうけど」
シャロンもその辺りは分かっているらしく、ほとんど期待はしていないようだ。
「ここに書かれているのは以上です」
「そう。それはあなたが持っておいて」
「はあ……」
私はメモをポケットに入れた。だがシャロンはまだ動きそうにない。
他にもやることがあるのだろうか? もうなにもないように思えるが……。
なんとも空気が重い。そんな中、シャロンは私をチラリと見てからこう告げた。
「悪いけど席を外してくれるかしら?」
「え? えっと、紅茶でも持ってこさせますか?」
「あとでね。とりあえず一人になりたいの」
「はあ……」
私はよく分からないまま部屋から出ようとした。すると背中越しにシャロンが尋ねる。
「ねえ。最初にこのハンドルを回せばいいのよね?」
「え? ああ……。そうです」
「分かったわ。二十分後に紅茶を持ってきて」
「……分かりました」
一体どこにかけるつもりなのだろうか・
私は気になったが、なにも聞かずに部屋から出た。そしてすぐ近くで待っていたレイブンに告げた。
「紅茶の用意をしたいのですが……」
レイブンは静かに私を見つめたあと、シャロンのいる部屋を一瞥し、踵を返した。
「こっちだ」
私は言われるがままレイブンのあとについていった。
部屋の中でシャロンがなにをしているか気になったが、それよりも寂しさを感じて戸惑っている。
事件を解きさえすればいいと思っていたが、どうやらそれだけじゃ満足できなさそうだ。
すると前を歩くレイブンが舌打ちし、聞こえるかどうか分からない声でこう言った。
「魔女め……」
どうやら魔法使いを嫌っている者はどこにでもいるらしい。
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