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私が分蜂した巣箱を使う、AI画家やAIクリエイターを名乗る人々が現れ始めた。彼らは言った。
「フェロモンを調合して絵画を出力する過程は、実際は想像されるほどラクではない創造的作業であり、そうして出来た作品にも著作権が認められるべきだ。これからの絵画は、描くものから選択するものになったのだ」
彼らの主張も芸術家からは同意されず、画家ではなくフェロモン調合師と呼ぶべきではないかという声があがった。
インドミツバチを使ったことを隠して評価を得る隠れAI画家の作品の前には、筆を使って描かれていないことへの軽蔑を意味する、折られた筆が投げ入れられることが増えた。
誰かにAI使用疑惑をかけることは、AI推進派や一般人によって愚かな魔女狩りとして非難されることもあった。たしかに素人による識別は的外れなこともあったが、画家たちは不正に対しては古くからそのような相互監視を続けてきたので、画家の目による監視を続けるべきだと言った。私はエステラの言った絵画の競技性について思い出した。
どうやら彼らが行うスポーツの中で、我々のAIはいつまで経っても優秀な道具としてではなく、単なる不正として受け止められるのだった。
そういった反AIとAIユーザーの間の小競り合いは絶え間なく発生し、すべてを追うことは不可能だった。
また、通常の取引や納税のための記録、抗議の手紙を読む時間、AIを推進するための政府への働きかけを書く時間が私の負担になり、研究の時間を奪った。
なぜ画家をAIで代替できたのに、このような事務仕事はまだ人間がやっているのだろう?
そうでなくとも、研究は滞っている。最初の一年の爆発的な進化を終えて、生成物の質の向上曲線は穏やかになっているように見えた。
例外的に向上するように見えるのは、新しいデータセットが謎の支援者から届いたときのみだ。もはやモデルの種類やプロンプトではなく、学習させる作品の単純な数こそが、もっとも重要な要素であることに私は気づき始めていた。
私はそれらのことについて信頼する数学者の助言を求めるために再び、ウォルワースの城を訪れた。
しかし部屋では彼の婚約者であるイライザという娘が一人で、奇妙な機械の操作に没頭しているだけだった。
その機械の形状を単純化するなら、巣箱の上に寝かせた円筒が、さらにその上に半球が乗っているというものだった。半球からはアルファベットが刻印された鍵盤が放射状につきだしていた。巣箱は庭の巨大な本体と連結していた。
イライザは私を見て詫びた。
「あらフィル、お久しぶり。蜂さん達のお手紙を読むのに夢中で、ご来訪に気づきませんでしたわ」
「何ですって?蜂の手紙?」
机には、印字された文字で文法的には正しいが脈絡が不明な文の書かれた手紙が散らばっていた。イライザは言い訳がましく言った。
「ウェミックは、蜂は言葉を確率的に並べているだけだと言うのだけれど、私には彼らが語りかけてくるようにしか思えませんの。あまりにも自然で、人が書いた言葉のようなのですから」
驚きが雷となって私の背筋を不意打ちしたようだった。ウェミックは、絵画AIではなく言語AIを作り出してしまったのか?原理は想像がつく。わからないのは目的だ。
「彼は、なんのためにこんな機械を?」
私は、それが事務仕事の軽減のためだという答えを期待していた。
イライザは肩をすくめた。
「さあ?でも、わからないことは蜂さんに訊いてみましょう。何でも教えてくれるのよ」
彼女は疑問文を入力しはじめた。
一八六五年にライティングボールとして発明されたものを入力装置として、寝かせた円筒状の金属に巻かれた紙の上に文字をタイプする。紙送りレバーを下げると、円筒は回転して、紙を巣箱の中に滑り落とす。紙はキャンバスの表面にセットされ、蜂達がそれを読む。そのような仕組みのようだ。
しばらくして巣箱の反対側の隙間から返答文が吐き出された。
〝何のため?こうなるためなのだ、汝の父親が手段を選ばず必死で、時には外国まで手を伸ばし、けがれた黄金の山を築くのは。働き蜂と同じだ。花から花へと飛び回り、徴税吏のように蜜や花粉をかき集め、脚には蜜蝋をつけ、口には蜜を含んで巣に戻る。そして彼らは、もっとも機械的な汚れた手で、汝に復讐を果たすだろう。それがなすこと、それが何かはまだわからないが、地上の恐怖となるだろう〟
「『ヘンリー四世』の、第二部、第四幕」私は言った。「この手紙の前半部分は、シェイクスピアからのほぼ原文どおりの引用です」
「まあ、よくご存知なのね」
イライザは感心の声をあげた。紳士を偽装するための教養として、本を読み漁った成果だった。
「他にもあります。〝もっとも機械的な汚れた手〟は同じ作品の第五幕から、〝復讐〟以降は『リア王』の第二幕からですね」
「道理で!この子たちの言葉遣い、やたら古風だと思っていたの」
「学習素材に著作権切れのものを使ったからでしょうね」
私はそう分析したが、イライザは意味の解釈にこだわった。
「でも、とても意味ありげで、予言的よ。〝父親が手段を選ばず〟〝外国まで手を伸ばし、汚れた黄金の山を築く〟あなた、心当たりがなくって?」
「ありませんよ。でたらめです」
私の心は全く理由もなくざわついた。脳裏にはなぜか故郷の沼地の教会と墓地が現れたが、そもそも私の父親はこの世にいない。この代物は占い機としても質が悪いということだ。〝復讐〟という言葉も、縁起が悪い。そして何より、〝機械的(mechanical)〟ときたか!十五世紀のころその単語は、労働者階級への侮蔑語としての意味合いが強かった。思考の欠如という意味合いも持つようになり、我々が思うような仕掛けのある道具としての意味に限定されるようになったのは、つい最近のことだ。
「そう、でたらめだ」戸口に立っていたウェミックが言った。「今のところは」
ウェミックは借りてきたと思われる古びた本の山を置いて続けた。
「今は返答が不自然だし、原文をそのまま複製することもある。文体も三百年古い。だが、図書館からのさらなる公共文書の提供を募れば、改善されるだろう」
彼の婚約者に向かってはこう言った。
「ところでイライザ、蜂との文通はそれくらいにするんだ。彼らを擬人化するな。そうでなければ、AIを人間だと思いこんでしまう錯覚現象に、君の名前をつけて発表してしまうぞ。〝イライザ効果〟と」
「あら。でしたら私も、AIがこちらが訊いた質問に答える際に、まるで陰気な研究者が聞いてもいない蘊蓄を気の済むまでまくしてたるように並べ立てる現象を、〝ウェミック現象〟と名付けて論文で発表しますわ」
ウェミックは計算不能な問題に直面したときにするように、天を仰いで言った。
「イライザ、君は台所にいるだけですべてを理解しているなら、我々の研究に何か助言してくれればよかったんじゃないか?」
私は彼らの微笑ましいやり取りが終わるのを待ってから言った。
「ウェミック……こんな画期的な発明を、なぜもっと早く僕に教えてくれなかったんです?」
「いずれ教えようと思っていたんだが、不完全な形のものを君に見せたくなかったのでね。
見ての通り、でたらめを書きなぐるだけだよ」
「原理を説明してくれないのですか?以前のように饒舌に。ロンドンの煙霧について語った、あの屋上でのように」
「君に教えるべきことはすべて教えた。説明する必要はないだろう」
私達の間に気まずい沈黙が流れた。
「では、当てて差し上げましょう。これは文法や、語と意味の辞書的対応を教えたものではない。そうですね?絵画AIと同じで、ただひたすらに文章を与え、パターンを自ら発見させた」
「そうだ」
ウェミックは諦めたように認めた。私は続けた。
「そしてそのパターンはやはり、〝蜜源への道標〟の形で記憶される。蜂は今いる花から、次にどの花に行けば多くの蜜があるか、その確率だけを考えながら、語から語へ飛び回るのですね」
「そのとおり」
「それは人間に生得的に備わる統語的能力を否定することで、言語学の予想をも覆すものですね」
「そうとは限らない。アプローチに二種類あるというだけのことかもしれない。演繹的なものと、帰納的なものと」
秘密の城での知的遊戯は、かつてのような喜びをもたらさなかった。私の説明が正解を導き出すたびに、彼の目は悲しげに彷徨うようだった。
私は核心に踏み込むことにした。
「私には、原理以上のこともわかります。この言語蜂の精度を確実に上げる方法のことも。その唯一のあり方を。あなたがすでに、それが何かに気づいているということも」
ウェミックははぐらかしてみせた。
「わからないな」
私は答えを言った。
「あらゆる文章を読ませること。現在流通している小説、新聞、手紙、すべて。著作権の失効していないものも含めて」
「君ならそう言うということはわかっていた。だからあえて呼ばなかったんだ」
ウェミックは白状した。
「今更ですよ。心配いりません。学習は違法ではないと我々が政府に約束させたではないですか?」
「絵画においては、組織立っていない画家たちの批判を躱すことは出来ている。今のところは。だが今度は、出版社や著作権管理団体を敵に回すことになりかねない。国際的な組織だ」
「味方もいます。AIアートを装画に使いたい出版社は、私達の側につくでしょう。人件費を節約したい企業はすべて」
彼の無関心な表情が変わらなかったのを見て、私は付け足した。
「それより、これがあなたにとってはもっとも強力な誘惑になるはずです。好奇心は?どこへ置いてきたのです?どうなるか見たくないのですか?」
ウェミックはついに私に向き直った。
「見たいさ。しかし、科学者にとって重要なことは、単に技術を実装することではない。それを理解することだ。夢想家にとって重要なことは、技術を使いこなすことではない。それのもたらす影響を予想することだ」
彼はジェスチャーのために使っていた両手を机と彼の額との間の支柱にして言った。
「何より……ずいぶん前から私には、これが倫理的に許されると思えなくなっているんだ」
私はそれを見下ろして思った。
ウェミックも、彼もそうなのか?ミス・ハヴィシャム、エステラ、そしてジョー。私が師事した、あるいは敬愛する、賢く善良な彼ら。彼らは私にこの世界の秘密を一つ一つ手ほどきし、教えてくれた。しかし皆、最後には決まって私を止めるのだ。それ以上進むなと。
今更なぜ後退できる?どこに戻れと言うのだ?もし私が止まっても、遅かれ早かれ、世界のどこかで誰かが同じことをするだろう。それは明日かもしれない。それは私より何倍も悪辣な目的を持ってなされるかもしれない。
〝理解〟だって?世界は、私が何かを十分に理解することを、待ってくれたためしなどないのだ。
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