解放
「拐われた人たちはここにいるようだな」
「多分ね……ちょっと待って」
僕は魔力供給のために口に入れていた魔晶石を新しいのと替えた。
「済みましたよ。……せーの!」
簡素な錠のついた扉を二人で叩き壊した。
魔力を持つ人たちがおとなしく閉じ込められていたのが不思議に思えるほど、呆気なく木っ端微塵に。
中の人たちから警戒の視線が一斉に注がれる。
「さあ、これで自由だ!」
ラケルの声に、そのうち幾人かが笑顔を見せた。
「助かったのか、わしらは……」
「もちろんだとも!」
ラケルが感謝の言葉を浴びて取り巻かれている間に、僕は隅でうずくまっている子供を見つけた。
痩せた身体、泥と埃にまみれた服、目元が隠れるほど前髪が伸び、しかし後ろ髪は襟首にかからない短さに、不揃いに切られている。
僕の依頼人から聞いたとおり……。
「帰ろう。アニタも家の人も待ってる。送っていくよ」
右手を差し伸べると、ビリッと痺れる感覚が走った。そういう能力を持つ子なのだ。
「さわるな! アニタなんて……オレを置いて逃げたくせに……!」
「まあそう言わずに。逃げ切れたから僕を呼んだ。これも立派に友達を助けたうちじゃないか」
「……それは……そうだけど……とにかく家には帰らない!」
「アニタ泣いてたぞ。それに家出なんかしたってまた似たようなヤツに狙われるのがオチだ」
このところ北都の治安が悪化しているらしく、争いの痕跡で街並みが荒れているのを見かける。
魔人狩りを厳しく取り締まったという北都王の死から後のことだ。
不意にラケルが耳打ちしてきた。
「頼む……例のブツは両方ともこちらに預けてくれないか。賞金首の賞金は山分けでどうだ……? お前のことだ、そっちの依頼人からはろくに貰えないんだろ」
子供の前なのでぼかした言い方をする。じつを言うと僕にも有難い話だ。
アニタは年端もいかぬ女の子で、たとえば冒険者ギルドに依頼するような資金も人脈もない。すれ違っただけの僕のことを「魔力」で見抜き、駆けてきて縋りついた。
「お兄さん、魔人狩りが憎いんだよね。わたし分かるの。殺したいほど憎いものがある人を……そういう魔力があるの。お兄さんみたいな人にしか頼めないの。お願いだから……」
魔人狩りに拐われた友達を助けて、との頼みを義憤に駆られて引き受けたものの、金品を受け取るあてもなかった。もちろん彼女に首実検をさせるわけにもいかない。
魔人狩りを憎む理由は想い人のローラの存在が大きいが、その憎しみはローラを探すことと無関係な用事を増やしているような気もする。
「僕の取り分をどうやって寄越すつもりです?」
「『酔猿亭』の奥のテーブルで待ってる。いなければ店主に『ハンスに貸しがある』と伝えてくれ」
追放王子は地元では偽名が要るらしい。紙片を僕の手に潜り込ませ、麻袋と封筒を持って人の輪のほうへ行ってしまった。
「みんな、気をつけて帰れよ。帰り道の分からない人、帰る場所のない人はついておいで!」
さっきの紙片を広げてみると酒場「酔猿亭」への地図だ。「中央広場」を起点に描いてあるのだな……と思っていたらまたビリッと来た。目の前で痩せた子供が僕の地図をヒラヒラさせている。
「返してくれないか」
「この地図をくれるなら、アニタに会いに行く」
「わかった、約束だ」
アニタの話ではこの子とは家が近所だそうで、家族に反抗心はあるものの帰る気になったと僕は受け取った。
地図はとっくに覚えており、紙の実物は安心材料にすぎない。奴隷商人の取引先リストも同様だ。穿月塔の資料室で貸出禁止の見取り図を頭に叩きこむうちに鍛えられたらしい。
ローラの居場所を分かった気になっていたころのことだ。記憶力はあるのに記憶の一部がないという我ながらおかしな話だ。
早くこの子をアニタの家まで連れて行こう。それが済んだら賞金の分け前を受け取り、僕の故郷のはずの廃坑の街を目指すのだ。
(続く)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます