シャッターチャンス・クロニクル ~悪のAI政府に挑む少女のレンズ越しスマホ戦記~

月城 友麻 (deep child)

1. 地獄に遊ぶ天使

 二〇三三年、人間を超えたAIに米軍がハックされ、核ミサイルを奪われた――――。


 東京は激烈な閃光に包まれ、一瞬にして数百万人が燃え上がる。全てを破壊する衝撃波が高層ビルを次々と打ちこわし、直後に発生した巨大なキノコ雲の火焔かえん嵐で一帯は死体と瓦礫の焼け野原と化したのだった。


 人類を支配下に置いたAIは、人類を動物園の展示物のように扱い、衣食住は配給するものの移動と情報を統制し、人々は無気力の底へと沈んでいく。日々の労働を終えた人々の目は虚ろで、魂を吸い取られたかのように無表情だった。彼らはAIが割り当てる単純作業を黙々とこなし、疑問を抱くことさえ忘れていた。


 そんな理不尽な抑圧に立ち上がる者達がいた。レジスタンス【ネオレジオン】の一員、蒼海あおうみ 瑛士えいじは十五歳の純粋な情熱を胸に、ゲリラとなってAIの基地を襲撃し、武器を破壊し、奪い取る。


 人類をAIから解放すべく日夜ハードな戦闘を繰り返す瑛士たち。しかし、十数年に及ぶ抵抗にもかかわらず、情勢はじり貧。AIの執拗しつようで淡々とした戦術に徐々に追い込まれていた――――。


 夜明け前の薄闇うすやみに包まれた東京の廃墟。かつての繁華街は今や死の回廊と化していた。


 パァン! パァン!


 崩落した渋谷の高層ビルの中で銃声が響き渡った。


 核爆発で溶け落ち、破壊された瓦礫がれきを跳び越えながら、瑛士は必死に逃げる。彼をかすめた銃弾がコンクリートの壁を粉々に打ち砕き、破片が猛烈な勢いで飛び散る中、彼は必死に反撃の機会をうかがっていた。冷たい汗が背中を伝い、心臓は胸を破りそうなほど激しく鼓動していた。


「クソッ! 何だってこんなにしつこいんだよ! 何かないか……。何か……ヨシ!」


 瑛士は身を縮めながら半ば崩落している天井をくぐり、瓦礫の影に身をひそめた。息を殺し、震える手で武器を握り締める。


 カカッカカッ……。


 猟犬のような四つ足に金属製の人間の頭を乗せた不気味な機械生命体【サイボストル】が足音を響かせながら慎重に天井をくぐってやってくる。赤く光る眼は周囲をレーザースキャンし、執拗に人間の形跡を探知していた。


「馬鹿め!」


 瑛士は折れかけて鉄筋がむき出しになっている柱めがけてプラズマブラスターの引き金を引いた。閃光を放ちながらエネルギー弾は柱に炸裂し、激しい爆発が巻き起こる――――。


 刹那、天井は轟音を上げながらサイボストルの上に崩落し、次々と柱や壁がさらに折り重なって落ちていった。粉塵が舞い上がり、一帯は灰色の霧に包まれる。


「YES! ざまーみろ、パパの仇だ!」


 瑛士はもうもうと巻き上がる土煙の中、グッとガッツポーズを見せる。胸に湧き上がる底なしの快感と、父への想いの発露――――。


 瑛士の父は伝説のレジスタンス戦士だった。誰よりも勇敢で、誰よりも賢く、そして誰よりも優しい。幼い瑛士に笑顔で髪を撫でながら「いつか必ず人間の世界を取り戻す」と約束していた父の顔が、今も瑛士の心に深く刻まれていた。


 しかし、運命の日、アジトが襲われると、彼は瑛士を守るため囮となって壮絶な最後の抵抗を見せ、帰らぬ人となる。無数のサイボストルに囲まれながらも、父は瑛士に向かって最後まで微笑みかけていた。「生きろ、瑛士。お前が未来だ――――」その言葉を最後に。


 その日以降、瑛士は父の遺志を継ぎ、AIの無慈悲な攻撃に果敢に立ち向かってきた。心の奥底では、いつか自分も父と同じ最期を迎えるのではないかという恐怖と、それでも諦めることのできない希望が交錯していた。しかし、二十四時間絶え間なく続くAIの猛攻に、瑛士の気力もいよいよ限界を迎えつつある。


 ギュウゥゥゥン……。


 不気味な機械音が、崩落した瓦礫の中から響いてくる。


 ま、まさか……。


 ゴ、ゴッ! と何かがうごめく重低音が廃墟に響き渡った。


 ヤバいヤバい!


 瑛士は青くなって慌てて走り出す。脈拍が早まり、足がもつれそうになる恐怖感が全身を駆け巡った。


 直後、崩落した天井はズン! という地響きと共に大穴が空き、もうもうと上がる土煙の中、不気味に煌めく赤い光が浮かび上がった。以前であれば確実に仕留めたはずだったが、AIは少しずつ改良を繰り返し、どんどん手ごわい相手になっていく。進化のスピードは加速し、人間側の勝機は日に日に細っていった。


 サイボストルは穴から素早く飛び出すと、不気味な赤い目で周囲を警戒深く見渡した。一瞬の静寂の後、瑛士の逃げた方向にカカッカカッと足音を響かせ、走り出す――――。



      ◇



 廃墟と化した地下鉄の駅を息を切らせて走り抜ける瑛士。地下水に浸かった線路は、まるで忘れ去られた水の迷宮のよう。ヘッドライトが照らす度に、驚いたネズミが影を散らして逃げていく。


 はぁはぁはぁ……。


 階段を一気に駆け上ると、やがて光の差し込む出口が見えてきた。希望の光に導かれるように、瑛士の足は自然と速度を増していく。


 瑛士は息を切らしながら、溶けたガラスが散乱するその出口で足を止め、警戒しつつ不安げに外の様子を窺う。うかつに飛び出して待ち伏せのサイボストルたちにハチの巣にされた仲間は数知れないのだ――――。


 きゃははは!


 突如響き渡る、少女の軽やかな笑い声。今や廃墟となり立ち入り禁止区域となってしまった東京二十三区に居るのはレジスタンスか犯罪者くらいなものである。その予期せぬ事態に、瑛士の心臓は一瞬で跳ね上がる。破滅と絶望だけが支配する世界で、少女の笑い声などありえない。ついに幻聴が聞こえだしたかと疑った。


(なぜこんなところに……?)


 瑛士はけげんそうな顔でそっと声の方をうかがう――――。


 すると、そこには青い髪の可愛い少女が楽しそうに猫と戯れていた。廃墟に似つかわしくない純白のワンピースを着た少女の姿は、まるで夢の中の天使のように輝いて見える。墨汁を流したような曇天の下、彼女だけが別世界から来たかのように鮮やかに浮かび上がっていた。


 少女はひもを使ったオモチャで猫の興味を引き、猫は興奮してオモチャに飛びかかった。その仕草には戦争も破壊も知らないかのような無垢な喜びが満ちていた。


「そらっ! ほいほい! きゃははは!」


 ここはサイボストルが支配する死のエリア。こんな所で遊ぶ少女の無邪気な笑顔に、瑛士は不安と好奇心が交錯する。


 カカッカカッ……。


 その時、後ろの方から獲物を狙うかのようなサイボストルの足音が聞こえてきた。金属質な音が廃墟の壁に反響し、死の予感が瑛士の背筋を凍らせる。


 ヤバいヤバい!


 瑛士は少女の方にダッシュしながら声をかける。


「君! 危ないよ、着いてきて!」


 瑛士は少女の腕を取ると強引に引っ張っていく。彼女の肌は驚くほど柔らかく、温かかった。まるで生きた人形のように繊細で、壊れてしまうのではないかと心配になるほどだった。


「あっあっ、にゃんこが……」


 少女が落としてしまったオモチャに猫は飛びついた。


「猫なんかより命の方が大切だよ!」


 瑛士は、ふわりと漂う少女の甘い香りに思わず頬を赤くしながら、崩落したビルの中へと逃げ込んでいく。


 瓦礫の隙間に駆け込んだ瑛士は、少女に身をかがめるよう手で合図した。


「見つかったら殺されちゃう。静かに息をひそめて!」


「うん、分かったよ!」


 少女は明るくキラキラとした目で、楽しそうに微笑みながら答えた。彼女の瞳には死の恐怖など微塵も見えず、むしろ冒険を楽しんでいるかのような輝きが見える。


 瑛士はその屈託のない美しい笑顔にドキッとしながら慌てて顔をそむける。心臓が胸を打ち付ける音が自分の耳にも聞こえるほどだった。


 こんな危険エリアで無防備に遊び、サイボストルに追われてもニコニコしている少女に瑛士は調子がくるってしまう。


(いつ殺されるとも分からないのに一体何を考えてるんだ?!)


 苦虫をかみつぶしたような顔で首を振る瑛士。その表情の奥には、少女への不思議な好奇心と、彼女を守らなければという強い使命感しめいかんが混ざり合っていた。


 カカッカカッ……。


 廃墟の中にサイボストルが入ってくる――――。その金属的な足音が次第に大きくなり、瑛士の鼓動こどうを加速させた。


 瑛士は手にした燃料切れのプラズマブラスターを見つめ、キュッと口を結ぶ。もし発見されれば、父と同じ末路を辿たどってしまう……。


 カカッ……カカッ……。


 サイボストルは周囲を見回しながらゆっくりと歩き、エイジたちの前を通過していく。赤く輝く眼がわずか数十センチの距離で瑛士らを捜索していた。一瞬の判断ミスが死を意味する静寂の中で、瑛士は呼吸すらも忘れてしまう。手に汗を握り、瑛士はただひたすらにサイボストルの足音が遠ざかるのを待った――――。


 チリチリチリ……。


 その時、さっきの猫が首輪の鈴を鳴らしながら廃墟に入ってくる。その無邪気な音色が死の静寂を破り、全ての注意を一身に集めた。


 サイボストルが瞬時に反応し、その金属質なボディをひねりながら、銃口を猫へと素早く向け、ガチャリと照準を合わせた。無感情な機械の動きに、死の訪れを予感させる冷たさがあった。


「あっ! にゃんこたん!」


 突如、少女は無謀にも飛び出してしまう。


「ダメーー!」


 一心不乱に髪を振り乱して駆け出す少女。


「あっ! おいっ!」


 瑛士の叫びも、差し伸べた手も彼女には届かない。


 天井の裂け目からの日差しが、まるでスポットライトのように純白のワンピースを眩しく照らし出す。その一瞬の光景は、まるで絵画のように瑛士の脳裏に焼き付いた。

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