第11話 最恐の花


 次の瞬間、柳太郎りゅうたろうと呼ばれた少年は地を蹴った。

 早い。ひと呼吸後には牡丹ぼたんの横に立っている。


 右手を振り上げる。

 牡丹は左に身体を開きながら、わずかにり、屈んだ。戒めを解いた髪が舞う。女給風の白い前掛けが踊る。

 その鼻先を柳太郎の平手が掠める。

 と、彼は上半身の捻りを利用して腰を廻し、牡丹の左足を払おうとする。牡丹は飛んで避けたが、その背に柳太郎は手を当てた。

 牡丹が顔をしかめる。柳太郎は笑みを浮かべた。早口に言葉を吐く。


 「椿つばきが命じる、我が意思にしたが……」


 が、言葉が中途で断たれた。光の人影が彼の左から鉤爪を突き出したためである。柳太郎は背を撓めて避けざるを得ない。鉤爪は三度繰り出されたが、相手を捉えられない。互いに飛び退る。

 柳太郎は瑞香みづかのほうへ飛んだが、追った光の人影がわずかに早い。間に入り、下から掻き上げるように爪を走らせる。柳太郎は再び飛んで逃れた。

 牡丹はゆったりとそこに歩み寄り、眉をあげ、見下ろすような表情で声を出した。

 

 「椿の本質は、他人を使役する力。きこえはいけど、相手に直に触ってからじゃなきゃ効き目がないなんてね。相変わらず、花神巫はなかんなぎ中の最弱の座、誰にも譲る気がなさそうだ」

 「云っていればいいさ」


 柳太郎はふんと鼻を鳴らした。とんとんと、つま先で地面を叩く。


 「轟天丸ごうてんまるだって五分もその姿、保てない癖に。神獣しんじゅうっていっても、普段があんな、じゃあね」

 「あんたを仕留めるのに五分も要らないよ」

 「はっは。勇ましいなあ。一昨年だっけ、その調子で遊楽さんにも挑戦したんでしょ。ちょおっと強いからって、田舎で鬼狩りとかおだてられて、いい気になって。沈丁花の力、正闘とりあいで奪おうとして瞬殺されて、弟子にされてりゃ世話ないよね」

 「……うるさい」


 牡丹の表情から余裕が失せた。柳太郎は、へへ、と、少年らしい悪戯な表情を作って見せた。


 「はは。怒った」

 「なにが狙いさ。瑞香さんを攫ったところで自分のものにはできないよ。もう、先生の所有ものだ」

 「やめてよそんな、らしい云い方」

 「だいたいあんたの力じゃ、瑞香さんは捉えられない。匂い、嗅いだろう。その女性ひとは本物だ。椿ごときに使役つかえない」

 「……さて、どうかな」


 柳太郎の目がすがめられる。小さな紅の炎が宿る。

 と、牡丹の背後で何かが動いた。

 振り向くより先に、光の人影、轟天丸がその背に立つ。

 が、すぐに横合いに飛ばされた。わずかに姿がひしゃげている。なんらかの強い衝撃を受けたようだった。

 視線だけを先に後ろに向けた牡丹の前に、瑞香がゆらりと立っていた。

 薄く開けた目に、生気がない。しかし、蒼く昏く、光っている。


 「……!」

 

 牡丹は反応し、飛び退った。が、瑞香が詰める。頬をはたくような動作で、右の平手を振り上げる。かわしたが、耳の辺りを掠った。痛みとともに、血が滲む。牡丹はうめき声をあげ、身体を捻って距離をとった。


 「……瑞香さん」

 「あっはは。見たかい。あいにく僕も成長期なんでね。伸びるのさ。どんなつよいあやかしだって、意識がなければ操れるようになってるよ」


 柳太郎は楽しげに声を出す。

 両手を前に上げ、拍子をとるように左右に振る。その動きにあわせて、瑞香は立て続けに斬撃を放った。細く、薄い身体をそのままに、速度が通常の人間をおおきく上回っている。

 瑞香の右の拳が牡丹に迫る。寸前で轟天丸が間に入る。手の甲で相手の拳を跳ね上げ、手を滑らせて両手を拘束しようとする。が、瑞香は飛びすさり、後ろに足を張った。踏切り、跳ぶ。跳びながら立てた右膝は、轟天丸の胸にめり込んだ。

 光が失せる。轟天丸はわずかに揺れ、霧消した。

 立ち尽くす牡丹に、柳太郎は歩み寄る。


 「さすがだなあ。最恐さいきょうの花、沈丁花。僕もそんなに上手に操れていないけど、それでも轟天丸を圧倒だ。さあて……」


 牡丹は、背に迫る柳太郎に振り返りざまの平手を放つ。が、その腕をがっしと掴んで、柳太郎は嘲笑わらった。


 「これは、正闘とりあい、だったよね。なら、勝ったほうが相手の力を奪える。しきたり、忘れたとは云わさないよ」

 「……っ」


 牡丹は腕を掴み上げられたまま、顔を歪めた。柳太郎が空いている手を伸ばす。牡丹の口に、細くしろい指が近づく。


 「ああ……ぞくぞくするね。こうして花神巫の力を奪うの、たぶんここ何代かで僕が最初だよ。光栄だなあ。轟天丸、大事にするからね」

 「……轟天丸あのこは、あんたには、つかえない……」

 「ははは。さっきとおんなじ台詞だよ。云ったろう。僕はもう、牡丹さんも、遊楽さんも超えたのさ」


 云いながら、指を牡丹の唇に触れさせる。顔を逸らすが、その顎を掴んで、柳太郎はぐいと向き直させた。


 「宣言は……なんだったかな。ああ、そうか」

 「……」

 「花よ、来い。我が道を彩れ……その力で」


 再び、柳太郎の瞳が薄く発光する。牡丹の表情が怯えに歪む。それを愉しむように息を漏らし、いま自らが快楽のなかにあることを表明した。


 そのまま、時間が過ぎる。

 三十ほどを数えるころ、柳太郎は眉根を寄せた。


 「……そんなに時間、かかるのか?」

 

 指をなんどか離し、また牡丹の唇に押し当てる。


 と。彼の背になにかが当たった。

 左右を見るが、なにもない。

 再び牡丹に向き直り、同じ動作を続ける。また背に当たる。無視していると、今度は頭頂に、ぽん、という感触。


 「……なんだ」


 柳太郎は苛立った様子で顔を振る。やはりなにもない。

 が、今度は声が、降ってきた。


 「零点、だ」


 右手の商家の、屋根の上。

 振り返った柳太郎に、遊楽ゆうらは胡座をかいたまま、退屈そうになにかを放り投げた。柳太郎の額に命中する。

 額を抑えて、柳太郎は目を見開いた。


 「……なんで……眠らせたはず……」

 「効くわけがなかろう。君の力など」


 そう云い、手元の紙袋から何かを取り出し、ちぎって、また投げた。


 「そもそもだ。ずっと後ろで見ていた俺に気づかない時点で、君は落第だ。出直してこい。出直すついでに、向こうの角の店であんぱん、買ってきてれ。ちぎって放り投げ続けて、半分、無くなった」

 「……」


 遊楽は立ち上がり、ふわりと地面に跳んだ。わずかに膝を曲げただけで、そのまま、柳太郎に向かって歩く。

 牡丹の表情が歪む。目元に涙が浮いている。せんせい、と、口が動いた。

 

 「それと、俺の弟子から手を離せ。面白い風景ではない」

 「……ふん」


 ひるんだ表情を隠して、柳太郎は鼻を鳴らし、牡丹の腕を放して遊楽のほうへ向き直った。


 「遊楽さん。僕は、あなたを超えた」

 「そうか」

 「あなたのあやかしを、支配した。椿の力で。いまは僕が、花神巫の最強だ」

 「かったな」

 

 云いながら、遊楽の足は止まらない。柳太郎に迫る。わずかに後ずさった柳太郎は、鼓舞するように声を張った。


 「……自分のあやかしに、打たれればい」

 「打ってみせてれ」

 「云ったね。後悔しても知らないよ」


 手を上げ、踊るように振ってみせる。


 「沈丁花のあやかしよ。かたきの名は、綺燐堂きりんどう 遊楽。その力、見せつけてやれ」


 その声が聴こえないかのように、遊楽は柳太郎と牡丹の横を素通りし、瑞香の前に立った。瑞香は、動いていない。ぼうっとした表情のまま、瞳を蒼く燃やしたまま、立ちすくんでいる。

 柳太郎は振り向き、なんどか手を振ってみせた。瑞香は、やはり動かない。


 「……なんで、動かない……?」

 「はじめから君は動かせていない。さっき動かしてたのは、俺だ」

 「……なっ」

 「ちと、確認したくてな。瑞香くんの力と、発動の条件を。おかげでだいぶ、わかってきた。所有者おれでもやはり遠くから思念を送るだけでは、ほんとうには動かせぬらしい」


 小指をあげ、遊楽はその先端に歯を立てた。血が滲む。そのまま柳太郎のほうへ振り返る。瞳が銀を帯びつつある。浮かべている笑みは、凄惨と形容することが相応しかった。


 「折角だ。その身で味わってゆけ。沈丁花の、ほんとうの姿を」

 

 

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