ひとつだけ

 朧げな歌詞を口ずさみ 鍋底に焦げ付いたキャラメルを

 たっぷりのミルクで温め溶かす 休日の午後。


 木べらでゆっくりとかき回しながら

 ほろ苦いホットミルクを煮ている間にビスケットをひとつ。


 

「こら、おまえはだめ」


 昼寝に飽きた飼い猫が台所にやって来て

 ビスケットが詰まったガラス瓶の口を覗いていた。


 慌てて瓶の蓋を閉めると

 にゃあ、と ちょっぴり不満げな顔をしてみせる。


 

「おまえは こっちをひとつだけね」


 そう言って市販の猫用おやつを差し出せば

 たちまちご満悦の表情で瞳を輝かせ 指を舐めてきた。

 

 

 ぐらっと鍋底からミルクが盛り上がり

 焦がしキャラメルの香ばしい匂いが台所を包む。


 もうひとつだけ、と昼寝を再開した彼の目を盗んで

 私は静かにビスケットを頬張った。


  2023/04/03【ひとつだけ】

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